プロローグ─②

 被害を受けた四名はそれぞれ事情聴取に応じた。

 彼らの事情聴取は、比較的年齢が近い警官の方が話しやすいだろうという配慮の末、二十一歳の杉下が担当した。

 ベテランの塚田もすべての事情聴取に同席し見守る。


 桐坂健吾、須藤凌也は被害に遭ったあと自力で家まで帰り、翌日保護者とともに被害届けを提出しに警察署に来た。

 塾から出たところを襲われた亘修一は、迎えに行っていた母親が警察に通報した。

 被害者のうち唯一の女子生徒である木部あかねは、犯人との接触後すぐに父親に連絡。

 娘からのSOSを受け取った父親はすぐさまあかね迎えに行き、その足で警察署にやって来た。


 一.桐坂健吾

「ここまでの話をまとめると、桐坂君は昨日夏祭りからの帰り道、一人になったところで犯人に声を掛けられた。音楽を聴いていたから最初に声を掛けられた地点がどこかは定かじゃない。街灯が途切れる暗がりで犯人に肩を叩かれ呼び止められる。桐坂君は犯人にアザミと名乗られ、同じ高校の人かと思い明るい方に誘ったが犯人はそれを断り、直後に腹部を二発殴ってきた。ここまで間違いないかな?」

「はい、間違いありません」

「繰り返しになって申し訳ないけど、襲撃されるようなことに身に覚えは?」

「ありません。ほんとに……」

「犯人は桐坂君よりも背が高くて一〇代後半から二〇代前半くらいの印象、上下黒の服で帽子を目深に被っていた。顔は暗くて見えなかった、か」

「すみません……」

「いやいや! 事件に巻き込まれた人の中にはショックやパニックで記憶が曖昧になる人が多い。突然の事で驚いただろうに、しっかりとした受け答えをしてもらえて感謝しているよ」

「……うす」

「一日も早い犯人逮捕に尽力するけど、念のため引き続き注意して。なるべく一人にならないようにね」

「はい」

「何か思い出したことや気になることがあれば、いつでも連絡して」


 二.須藤凌也

「事件の事を思い出させるのは申し訳ないんだけど、話を聞かせてもらえるかな?」

「はい。昨日は雨が降ってたんでバスでバイトに行ったんです。だから帰りはバス停から家まで歩きで……。帰る頃には雨は止んでたんで、スマホを見ながら家に向かって歩いてたら声を掛けられました」

「犯人はなんて声を掛けてきた?」

「『須藤凌也くんだよね?』って……。俺、健吾から事件の話聞いてたんで、マジかよ……って思って。振り向いたら男が立ってて、でも帽子で顔見えないから知り合いか分かんないし。……アザミなんじゃないかって、その瞬間思って……」

「須藤くんは犯人になんて答えたの?」

「俺、ビビって固まっちゃって、声も出なくて……。そしたら向こうが『その反応は肯定ってことでいいんだよね?』って」

「犯人の声に聞き覚えは?」

「多分ない……と思います、自信はないけど……」

「そうか、分かった。ごめん、続けて」

「はい。俺健吾が殴られたの知ってたから怖くなって……確か『なんで?』って聞いた気がします。ハッキリ覚えてないけど。そしたら『今君が痛い目を見るのは君自身のせいだ』って言われたと思います……」

「君自身のせい、か。その言葉をそのまま受け取ると、犯人は須藤くんに恨みを持っていると考えるのが自然なんだけど……心当たりはあるかい?」

「ないですよ! そりゃ、気付かないうちに誰かから嫌われてるとかはあるかもしれないですけど、狙って殴られるほど恨まれる覚えは……ないです」

「分かった。犯人との会話はそれで終わりでいいのかな?」

「いや。俺が蹲ってたら去り際に『警察に行くならアザミにやられたって言いな』って言ってました。まぁ、俺は声掛けられた瞬間からアザミだって思ってたんで、何を今さらって感じだったんすけど……」


 三.亘修一

「殴られた箇所はどうだい?」

「大丈夫です。一発だけだったし、多分加減してたと思うから」

「加減? どうして?」

「アザミが『君はこれくらいでいいか』って言ってから殴ったから。多分桐坂君たちより弱めにしたんじゃないかなって。実際、非力な僕がこうして普通に動けるまでに回復してますし」

「なるほど。犯人は自分をアザミだと名乗っていた?」

「はい。一番最初に」

「そうか、それじゃあさっき起きたこと、順を追って教えてくれるかな?」

「今週は夏期講習で二〇時まで授業があるんです。授業のあと質問したかったんで母には一時間後に迎えに来てって連絡しました。でも少し遅くなっちゃって……。二十一時半過ぎにスマホを見たら『遅くなるようなので近くのコンビニの駐車場で待ってます』ってメッセージが入ってて。だからそこまで向かおうとしたら襲われました」

「大通りじゃなく中道を通ったのはどうして?」

「大通りだと遠回りになるので。あまり待たせるのも悪いし、暗いのは分かってたんですけど、すぐだし! と思って中道を通ってコンビニに向かいました」

「跡をつけられてた感じはなかった?」

「気付きませんでした。ぶっ通しで勉強してたから気が抜けてたせいもあるかもしれませんけど」

「犯人はどうやって声を掛けてきたのかな?」

「名前を呼ばれました。『亘君』って。疑問形じゃなかったから塾の誰かに声を掛けられたと思って。でもそこに立ってたのは知らない男でした。暗くて顔は見えなかったけど服装と背格好的に塾の人じゃないなって」

「覚えてる範囲で構わないから、犯人の外見について具体的に教えてもらえるかい?」

「上下黒い服で、帽子をかぶってました。背は僕より一〇センチ…いやもっとかな、一五センチ位大きかったと思います」

「ありがとう、続けて」

「怪しい人だと思ったから一瞬逃げようと思いました。でも僕が全力で走ったところで逃げ切れる自信がありませんでした。それで動けなくなってたら『俺の事知ってる? アザミっていうんだけど』って」

「犯人とはほかにも会話はした?」

「桐坂君たちがアザミって男に襲われたって話は聞いてたので『知ってる』って答えました。そしたら『俺が来た理由分かる?』って。アザミは緑山中の卒業生を狙ってるって話だったから『僕が緑山中の卒業生だから?』って聞きました」

「そしたら犯人は何て?」

「その答えじゃマルはあげられないって。あと確か『君にもう少し勇気があればこんなことにならなかったのに』みたいなこと言ってたと思います。理解出来なくて固まってたら殴られました。でもさっき言ったみたいに、アザミは加減して僕を殴ったと思います。それと、えっと……」

「大丈夫、焦らずゆっくりでいいよ」

「アザミは帰って行くとき僕に『君には少しだけ感謝してる、ありがとう』って言ったんです」

「アザミがお礼を?」

「はい、意味は分からないけど……でも確かにそう言ってました」


 4.木部あかね

「ぐすっ……うぅぅ……」

「怖い思いをしたね、もう大丈夫だからね」

「はい……」

「思い出させるのは申し訳ないんだけど、何が起きたか話せるかな?」

「友達と花火大会に行ってて……ぐすっ……帰り道に襲われました。『あかねちゃんだよね?』って、言わ、れて……すぐアザミだって思いました。同中の……友達の中で話題になってたし……。でも、まさか私がっ、ぐす……襲われる、なんて、思ってなかったからっ……」

「犯人は殴る前何か言ってた?」

「『……あなたアザミ?』って聞いたら『そうだ』って」

「ほかには?」

「……『大きい声、出すな』って、言ってたと思います……、ぐすっ。でも私、それどころじゃなくてっ……! アザミに『助けて』って、お願い、したんですけど……うぅぅ……」

「殴られてしまった、と?」

「はい……。怖かった……ぐすっ、ぐすっ」

「つらいことを思い出させてすまなかった、今日はもう終わりにしよう。協力してくれてありがとう。また何か思い出したり話せるようになったりしたら、連絡してもらえるかな?」

「……はい」

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