第48話 治療と平穏の決意

 そうして、ぐっすりと眠る哲心の姿を見つめていると、クルリが俺の名を呼んだ。彼女は、なぜか真剣な顔で俺に向かって手招きしてきた。


 その姿がちょっと招き猫に見えなくもなく、俺はそんな彼女に引き寄せられるかのように、クルリのもとへと歩み寄った。


「ちょっとルーシー、六巳の寝顔ばっか見てないで早くこっちにきてくださいっす」


「何だよ?」


 クルリのもとまで行くと、彼女はまるで抱えるようにして持っていた救急箱を開き、消毒液やら包帯やらを取り出しておれにみせつけてきた。


「いや、俺の治療とか本当に大丈夫だから、これはつばつけとけば直るやつだから」


「ゾンビみたいに血だらけの人が何言ってんすか?」


「いや、でも血は止まってるし、ふらふらとかしないんだよ、大丈夫だ」


「ダメっす、これはお決まりなんすよ」


「お決まり?」


「そうっすよ、ほらじっとしてくださいっす」


 クルリは俺を無理やり椅子に座らせてきた。


「な、なんだよ、乱暴だな」


「ほらいきますよ」


「いく?」


「はい、じっとしててくださいっす」


「まぁ、じっとしとけってんならするけど、なにするつもりだ」


 すると、クルリはじっと俺を見つめてきていたかと思うと、手に持っていた消毒薬を俺の顔面に向かって吹きかけてきた。そして顔面から感じる激痛に俺は叫ばざるを得なかった。


「うがーーーっ」


「ちょっとルーシー、じっとしてくださいっす」


「馬鹿野郎、なにすんだお前っ」


「手当っす」


「ふざけんなっ、拷問だろ」


「ふざけてないっす、手当のときはまず消毒薬をぶっかけて、それからガーゼをくっつけるんす」


「くっつけるんす、じゃねぇ、いらないって言ってるだろ」


「いいっすねルーシー、その反応も治療のお決まりセリフぽいっす」


「別にセリフのつもりじゃないっ」


「いいからいいから」


 そうしてクルリは俺の言葉を耳にも入れず、まるで治療になってない手当をつづけた、それはまともなものではなく、けがのしてないところに包帯を巻いたり。


 なぜか鼻に絆創膏を張られたりと、手当というにはほど遠い行為をさんざんされ続けた後、クルリはようやく満足したのか、額の汗をぬぐうしぐさをして見せた後、満足げに息を吐いた。


「ふーーー、手当完了っす」


「完了じゃない、手当になってないだろこれ」


「まぁまぁ」


「まぁまぁじゃない、何のためにこんなことしたんだよ」


「いいじゃないっすか、お決まっすよ」


 クルリはニヤニヤしながらほぼ空になっているであろう消毒液の容器をシュポシュポさせていた。


「さっきからお決まりお決まりってなんなんだ」


「うーん、しかしそれにしてもルーシーは手当しがいのない人っすね」


「さんざんやっておいて文句まで言うつもりか?」


「だって、まるで平気じゃないっすか、それだけ血まみれなんですから、もっと重症かと思ってましたけど、それは返り血ってやつっすか、赤鬼って奴っすか?」


「正真正銘俺の血だよ」


「それにしては元気っすね、あり得ないっすよ・・・・・・」


「だから、つばつけときゃ治るって言っただろ、かすり傷だよ」


「そうっすか、まぁ個人的には満足したんで、別に何でもいいですけど」


「何でもいいって、まぁありがとなクルリ」


「いえいえ、それよりルーシーはやっぱ変わってるっすね」


「なにが?」


「空繰に喧嘩売るなんて、びっくりっす」


「別に喧嘩したくてやったわけじゃない、哲心を助けたかったからだ」


「いやいや、それが喧嘩を売ったことになるんすよ」


「なんで?」


「なんでも何もそうなるんすよ、しかもあたしたち六等星が空繰に歯向かったんすよ、こりゃ何か起こること間違いなしです」


「別に俺は哲心がさらわれたから助けただけであって、なにも悪いことしてない」


「まぁそうですけど、それでも、これからはなるべく穏便に事を済ませた方がいいっすよ」


「え?」


「なんてったって、あたしたちはギフトガーデン最弱の六等星です、だからその辺をちゃんとわかってもらいたいっすね」


「なんだ急に」


「忠告っす、六等星は六等星らしく、楽しくこの場所での生活を満喫しようってことです」


「楽しく・・・・・・か」


「はい、格付けがなんであろうと楽しんだもん勝ちですよ、だから、なるべく楽しいことをしましょうね、ルーシー」


 なんだか普段からは感じられないような言葉を言ったクルリは、俺に満面の笑みを見せた。そして、大事そうに救急箱を抱えながらマスターと同じく店の奥へと走っていった。


 とんでもない治療を受けたものだと、自らにまかれた包帯やら無造作に張り付けられた絆創膏を眺めつつ、俺はクルリの言葉を思い返していた。

 

 確かに、俺はここに来たばかりなのに、変なことに首を突っ込み、結構なことをやらかしてしまったのかもしれない。

 けど、これは哲心を思っての事であり後悔はしていない、だが、何かしらの影響が今後の生活の中で出てくるかもしれない。

 

 それは、俺がここにきて決意した平和に過ごすという目標から大いに外れてしまっており、いくら友達である哲心を助けられたとはいえ、この状況だとこれまでの俺と何ら変わりがないことになってしまう。


 これは実に見過ごせない、ここは何とかして平和な世界へと戻すべく、おとなしいやつになるしかない、そう心に決めて俺は疲れた体を癒すべく自宅へと帰った。

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