第43話 廃ビルと餌
その手にはおととい同様、おしゃれなシルバーナイフが握られており、彼女はあたりをキョロキョロ見渡しながら安全確認していた。しかし、その姿はどこかホラー映画に出てくる殺人鬼のようだった。
「ど、どうしたキラミ、そんなに慌てて」
「い、いや、やっぱり猫のお客さんが気になって」
「大丈夫だよ、この通りこいつは道案内してくれるそうだ」
「そ、そうなのか?」
「あぁ」
「で、でも心配だ」
そういうと、キラミは持っていたナイフを変形させて、いともたやすく手錠を作ってみせた。そしてそのままグラサン男に手錠をはめると、安心した様子でため息をついた。
「こ、これで安心、お客さんが襲われることはない、ない」
「おぉ、やっぱりすごいなキラミは、こいつら全然そういう力使ってこなかったぞ?」
「このお客さんたちは、制服からしてたぶん五等星だと思う」
「でも、五等星ってのはシンボルを持ってるんだろ?」
「違う、ガーデン内での能力使用は原則禁止されている、許可がなければ使えない」
なるほど、しかし、いかにも悪そうなこいつらがそんな規則を守っているとなると、よほどの罰則でもあるのだろうか?
「ところでキラミは力を使っていいのか?」
「私の場合店内でのみ自由に使うことができる」
「そうなのか」
「五等星は能力をうまく制御できなかったり、まだまだ小さな力しか出せなかったり、逆に暴走したりする人が多いから、力を使うことを躊躇しているって話も聞いたことがある」
「へぇ、そういうもんなのか」
「それで、猫のお客さんは廃ビルに向かうのか?」
「そうだな・・・・・・あとさキラミ」
「ん、なんだ?」
「俺は、猫宮ルシオってんだ、いつまでも猫のお客さんじゃ、なんか変だろ?」
「・・・・・・猫宮、ルシオ?」
「あぁ」
「猫のお客さん」
「いや、だからルシオでいいから」
「猫宮だから猫のお客さん」
意地でもその呼び方を変えないらしい。こういう頑固なところも職人由来なのかと思うと少しほっこりした。
「まぁ、呼び方は何でもいいや、それよりありがとな、いろいろ終わったら絶対ここに買い物しに来る」
「うん、気をつけて」
そんなこんなで、最初にあった時とは別人のような弱気なグラサン学生は、しぶしぶ道案内を引き受けてくれた。
手錠をつけたまま道案内してくれるグラサン学生に、周りの人間からじろじろと見られているような気もしたが。
さながら衛星さんに連行される不良だとでも思ってもらえたのか、視線は集まるが、すぐに目を背けてくれた。
そんなこんなで、本物の衛星さんに見つかることもなく、目的地である廃ビルにたどり着いた。
グラサン学生のことだから違う場所にでも案内されるかと思ったが、簡単に道案内してくれたグラサン学生の手錠を外してやると、彼は一目散に俺の元から逃げて行った。
俺はそんなグラサン男の背中が見えなくなるまで見つめた後、廃工場へ入ると、夕暮れ迫る廃ビルには誰一人いなかった。
もちろんそれはあたりまえのことなのだが、哲心がとらわれているとなったら別の話のはずだ。
それこそ、見張りの連中やらなんやらがたくさんいて、俺を盛大に出迎えてくれると思ったが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。
ただ、逆に不安の感じる奇妙な静けさに警戒しつつ廃工場を探索を始めると、とある場所へとたどりついた。
廃工場なだけに何もない場所だったが、それゆえに人の姿があることに敏感に気づくことができた。
身を隠しつつ、その人を確認していると、それは手錠をかけられ、傷だらけの顔をした哲心の姿があった。
「あーあー、きれいな文系顔が台無しだな」
哲心は動くことがなく、ぐったりとしていた。
あたりに人がいないことを確認しつつ、簡単に哲心のもとに駆け寄ることに成功すると、うなだれていた哲心が顔を上げた。
やつれた顔に青あざがついており、相当な目にあった様子の哲心は俺を見るなり驚いた顔をした。
「ルシオ、どうして君がっ」
「おいおい、どうしてもこうしてもないだろ、お前が学校に来てないから心配したんだ」
「心配?」
「まったく、後先考えずにこんなことになるんだよ、忠告したのにこれだもんなぁ」
「そんなことよりルシオ、見張りの人間はどうした?」
「ん、なにいってんだ、そんなもんいなかったぞ」
ここに来るまで、警戒しながら進んではいたが見張りをしているよな奴は一人もいなかった。それこそ、ちょうど休憩時間でみんなで昼飯を食いにいってるのかと思うくらい静かだった。
「何を言ってるんだ、ここにはたくさんの見張りが・・・・・・」
「いや、誰もいなかったぞ、ほら今のうちに逃げるぞ哲心」
そうして哲心を抱え、逃げようとしていると、哲心が耳元でつぶやいた。
「やられたなルシオ」
「え、何がやられたんだ?」
「野生動物だってもう少し賢い、まんまと僕という餌に引っかかったな」
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