第36話 第六地区

 哲心を介抱した翌日、俺は哲心がいるという2組の教室を訪れていた。


 2組の教室では俺のことをじろじろと見てくる視線と共に、ひそひそ声ばかりだったが、そんなものにも怖気ず哲心のためあらばと、はせ参じた所存である。

 

 そうして、2組のクラスを眺めていると、たった一人で席に座る哲心の姿があり、彼はつまらなさそうな顔をしながら本を読んでいた。


 そんな、絵になる哲心の姿を見ていると、確かに女子からの人気が高いのもうなづける美男子ぶりで、どことなくクラスメートたちとは一味違うオーラをまとっているように思えた。


 こんな奴が、まさか町中を歩き回りガラの悪い奴らとひと悶着もふた悶着もやってるなんてことは到底思われないだろう。

 それこそ俺みたいなやつは別として、あいつにはこんなこと向いているようには思えない。


 そんな事を思いながら、まるで芸能人か何かのような哲心のもとへと向かうと、哲心は俺に気づきでもしたのか、突然顔を上げて俺を見つめてきた。

 キョトンとした顔で、メガネを上げる哲心はさっきまでの退屈そうな顔とは違い、気の抜けたかわいらしい顔をしていた。


「よぉ、哲心」


「ルシオ?」


「おはよう哲心」


「おはようじゃない」


「なんだ引きつった顔して、気分でも悪いのか?」


「そうじゃない、どうして君がここにいるんだ?」


「いや、ここは学校だし俺はいるよ」


「そうじゃない、どうして君が僕のクラスに来ているかということを言っているんだ」


「それはあれだ、お前と話したいから」


「話?」


「何の話だ?」

「空く・・・・・・」


 空繰、そう言おうとしたのだが哲心が俺の口をふさいできた。そして、いそいそと俺をの手を引いて廊下へと連れ出してきた。


 哲心の手からは本特有の心地よい紙の匂いがしており、そんな匂いはすぐに引きはがされて、今度は俺に顔をくっ付けるつもりかと思うほど顔を寄せてきた。


「君はなんて事を言うんだっ」


 ひそひそ声でそんなことを言う哲心はいつになく焦っているように思えた。


「なんて事って、空繰のことについて語りあおうかと思って」


「あんな場所で、そんな話をしたらダメなことくらいわからないのか君はっ」


「どうして?」


「どうしてって、空繰はいつどこにいるかもわからない集団なんだよ、もしもあの場所に空繰の構成員でもいたら僕はもちろん君にまで大きな被害が出るんだ」


「六等星にもそういうやつらはいるのか?」


「いや、たぶんいないと思うけど」


「じゃあ、いいじゃないか」


「いや、でも油断はできないっ」


「なるほど」


「なるほどって、君はつくづくのんきだな、そんなんじゃ空繰に狙われるのも時間の問題だ」


「悪い、でも心配するなよ哲心」


「は?」


「もしもさ、その空繰ってやつに襲われたらお前と一緒だろ」


「な、なにを言ってるんだ、意味が分からないっ」


「わかるさ、一緒ってなんかいいだろ?」


「なっ、なんなんだ君は一体っ」

 

「で、空繰のことについてなんだけどさ」


「何だ?」


「次はいつ特攻しに行くんだ?」


「どうして君に、そんなことを言わなくちゃいけないんだ」


「いや、だってまたぶっ倒れるかもしれないから、介抱しようかと思って」


「誰も頼んでいないし、もう君に迷惑かけるつもりもない」


「そういわずに教えてくれてもいいだろ、な、話だけ、話だけだよ」


「だめだ、君にもしものことがあったら困る」


「大丈夫だ、逃げ足には自信がある」


「その能天気な頭はどうやって形成されたんだ、逃げ足でどうにかなる相手じゃない」


 あきれた様子の哲心は頭抱えながらため息をついた。


「俺って能天気?」


「そうさ、普通空繰の話なんて聞きたくないものだよ、しかも僕たちのような六等星ならなおさらね」


「そう言うものなのか?」


「そうさ、まぁ君が変わってるのはとっくにわかってることだし、いまさらどうこう言わないけど、まぁ、とにかく空繰の話でもしようか」


「おぉ、聞かせてくれるのか?」


「そうでもしないと君は満足しなさそうだからね」


 そういうと、哲心はより一層声を小さくした。そして、俺のことを多少なりともわかってくれているような言葉に、少しうれしくなった。


 そうして、まるで友達のような関係が出来そうな展開に俺はもうにやけ面が止まらなくなった。

 しかし、そんな様子を悟られたのか、哲心は眉をひそめて俺を見つめてきた。


「ルシオ」


「なんだ?」


 じろじろと見られながらも、哲心は何か言いたそうにしていたが、それをやめて小さく息を吐いた。


「まぁ、いい、とにかく今日、空繰の中心人物に会いに行くつもりなのさ」


「え、もうそんなクライマックスな展開なのか?」


「クライマックスも何もないさ、ただこのあたりを占めてる奴に会いに行くって話さ、何も空繰の根源を潰しに行けるわけじゃない」


「へぇー、それって誰なんだ?」


月形つきがたキラミという奴だ」


「月形キラミ、女か」


「あぁ、奴は三等星で第六地区のとある店を営業しているそうだ」


「三等星って、めちゃくちゃ強いんじゃないのか?」


「そうだな、少なくとも僕たちが絶対にかなう相手じゃない」


「そんな奴のところに行くのか?」


「もちろんさ」


 どうやら今度こそ、とんでもない超能力者に会えるかもしれない。期待で胸がドキドキしてきた。


「そんな所に行って大丈夫なのか?」


「なんだ、今更心配かい?」


「いや、まぁ」


「悪いけど止めても意味がないからね、僕は何が何でも月形キラミのもとに行って、奴を見せしめの一人にする」


「い、いや止めるっていうか、チンピラにぼこぼこにされてるお前が、Cランクなんてものに挑んだらとんでもないことになりそうだなって思ったんだが」


「関係ない、たとえ相手が高ランカーであろうと僕は行く」


 相変わらず無謀というか、後先考えないというか、見た目通りにもう少し思慮深くなったらいいのだろうけど、哲心は生れた時からそういうやつなのかもしれない。


「そうかぁ」


「そうさ」


「良し、じゃあ行くか、放課後すぐ行くのか?」


「あぁ・・・・・・って、どうして君がついてくるはなしになってるんだ」


「いや、だって哲心がぶっ倒れたらだれが助けるんだよ」


「だから、そんなことは頼んでいないし、僕は一人でいいんだ」


「でも、別にこそこそ潜入するわけでもないんだから一人よりも二人のほうがいいと思うけどな」


「君に迷惑を・・・・・・」


 そうして哲心は言葉に詰まった。心のどこかに俺を巻き込みたくない気持ちがあるのか、それとも本当に一人で何とかしたいのか。


「なぁ、別に俺は何かしようってわけじゃないんだ、同じ学園の仲間としてお前のそばにいたいだけだ」


「そうか、なら好きにすればいい、僕は君を助ける力はないから、もしもの時は君の言う得意の逃げ足で何とかしてくれよ」


「あぁ」


 学校も終わり、今日もまた哲心に付き合うため舞子先生の授業をすっぽかし、哲心とともに第六地区とやらを歩き回っていた。


「そういえば哲心」


「なんだい?」


「第六地区ってなんなんだ?」


「・・・・・・君はどうしてそんなにとぼけるんだ、ここに住んでたらそれくらいのことわかるだろ」


「いや、今更だけど俺は最近ここにきたばっかりで何も知らないんだ」


「最近ここに来た?」


「あぁ、だから何なんだろうと思ってさ」


「君は本当におかしなやつだ」


「おかしくない、どうしてお前らは俺を見るたびにおかしいおかしい言ってくるんだよ」


「別に悪い意味じゃない、そうか、ここに来たのはつい最近なのか、ふっ」


「何がおかしいんだよ」


「いや、いいよ、少し説明しよう」


「あぁ」


 そうして、何故か楽しそうに話し始める哲心の話によると、ここギフトガーデンは格付けごとに地区分けされているらしい。

 俺たち六等星が拠点とするのは第六地区であり、ガーデンの中でも最も盛んな所だそうだ。


 ギフテッドの能力は低いが一番賑やかで、娯楽やサービスが高水準、まさに矛盾とはこの事とは思うが、どうにも治安維持にはこれくらいがちょうどいいと言われているらしい。


 だが、それによって第六地区というものは、あらゆるギフテッドが集まるまさに激戦区、六等星の人間なんてのは自らのランク名が入っているにもかかわらず、外を出歩けない状態、それを哲心は嫌な顔一つせず語っていた。


 そして第六地区以外にも特徴的なのが第一地区らしく、研究、教育、開発といったギフトガーデンを支える三つの巨塔が立ち並んだ場所であり、ギフトガーデンの核であると哲心は語る。


 難しい話だったが、研究機関っていうのがシンボルギフトの研究と格付けなどを行っているらしく、実質ガーデンのトップ機関ということ。


 そして、教育機関というのはシンボルギフトの使い方から一般教養と、俺がいたところと何ら変わらぬ教育機関。


 最期に開発機関というのが、ギフテッドの力をいろんなものに応用するらしく、ガーデン内のあらゆるところにその恩恵が見られるらしい。

 

 そんなガーデン内トップに拠点を置く一等星は、まさに別次元の生き物らしく、それこそ一等星より下はドングリの背比べなんて言われ方もされているくらいらしい。

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