第34話 友達
こんなにも俺のことをよく言ってくれる人が今までいただろうか?いや、いない、俺は生まれて初めて褒められるという奇跡体験をしている。
「ど、どうしたルシオ?」
「哲心、俺っていいやつなのか?」
「どうみたっていい奴だ、こうして僕を助けてくれて、おまけにコーヒーまで出してくれる、こんな事されたの初めてだ」
「本当かっ」
「本当だよ、嘘を言う必要がないだろう」
「そうか、じゃあ哲心今すぐ俺と友達になろう」
「だ、だから無理だといってるだろ、どうしてそうなるんだ」
「いや、だって俺のこといいやつとか言ってくれる哲心はめちゃくちゃいいやつなんだよ、だから俺はお前と友達になりたいっ」
「それとこれとは話が別だ」
「違くない」
「違うんだよ」
「違くないっ」
バカみたいと思われるかもしれないが、個人的には重要なやり取りを数分続けたころ、俺ともちろん哲心も喋りつかれたのだろうか、部屋には静寂が訪れた。
そして、哲心はどことなく疲れた顔でコーヒーカップをなでた。
しかしだ、六巳哲心という男は俺にあまり否定的な印象を持たない、いつもなら俺に初めて会ったやつらはチンピラだとか目つきが悪いとか、不良にしか見えない、とかさんざん言ってくる。
だが、哲心は俺の事をいい奴というし、身なりについてもこれといって言ってくることもない。
こんな事を言われれば、何が何でも哲心とは友達になりたい。まぁ、もともと男友達がほしかったっていうのもあるし、ここにきて男と会話が成立したのも哲心くらいだ。
何とかしてこの関係をいい方向にもっていきたいところだが。現時点ではかなり難しいようだ。
「哲心」
「なんだい、まだ友達になってくれと言いたいのかい?」
「いや、それはそうなんだけど、とりあえずこの話は保留にする」
「そうかい」
「あぁ、悪かったなしつこく迫って」
「いや、いいさ、それでまだ何か話でもあるのかい?」
「いや、実は」
そう言葉にしようとしたとき、突如として電子音が鳴り響いた。何事かとあたりを見渡していると、哲心がごそごそと自らのポケットをあさり、携帯電話を取り出した。
電話ではないのか、携帯電話をしばらく眺めていたかと思うと、コーヒーを一気に飲み干し勢いよく立ち上がった。
「どうした哲心」
「ルシオ、介抱してくれてありがとう、それからコーヒーも」
「あ、あぁ」
「少し用事ができたから帰るよ」
「え?」
そうして哲心は足早に立ち去り、玄関の扉が閉まるむなしい音が室内に鳴り響いた。
用事、それがまた空繰関係のものではないことを願いつつ、俺は哲心が飲み終えたコーヒーカップを片付けようとしていると、再び玄関の開閉する音が聞こえてきた。
俺はすかさず玄関に目を向けた。するとそこには靴を脱ごうとしている幸子の姿があった。
「幸子、お前はおれたちのことを監視していたのか?」
「どういう意味?」
「哲心と入れ違いで入ってくるなよ」
「そうなんだ」
白々しく薄っぺらい言葉に聞こえたが、無表情な幸子からはその真意が見いだせなかった。
「そうだよ」
「それは知らなかった」
嘘だ、明らかに見計らってたに違いない、それこそ壁に耳でもくっつけたりしながら俺たちの様子をうかがっていたのだろう。
しかし、そこまでして俺の部屋に来たいものなのだろうか?
そんな疑問の中、幸子はというと当たり前のように部屋に入ってきて、リビングにペタンと座った。
家電はそろっているが、家具に関していえばまるっきりないこの部屋は少し殺風景だ。
唯一座れるのはベッドくらいだが、さすがの幸子もそこには立ち入ろうとはしない、だからまるで人形のようにぽつんと座る幸子はどこか奇妙だった。
「幸子、何しに来たんだ?」
「遊びに来た」
「遊びって、何して遊ぶんだよ」
「わからない、でも誰かの家に行くのは遊びに行くって聞いたことがあるから」
「あぁ、それは俺も聞いたことがあるな」
「だから遊びに来た、何するかは決めてない」
「あぁ、見てたらわかる、ただ座ってるだけだもんな」
「うん」
幸子を横目に俺はコーヒーカップを洗い行くことにした。
簡単にカップを洗い終え、こっちとしてもやることがない俺は、ここ最近よく耳にするようになった空繰ということについて幸子にも聞いてみることにした。
「なぁ幸子、空繰って知ってるか?」
「・・・・・・あっ」
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