第33話 他愛ないやり取り

 たまらず安心していると、目の前の哲心はなんどもコーヒーカップを傾けた。言葉通り好きであるのならいいにこしたことはないが、そんな中、哲心は小さく笑った。

 

「な、なんだ、どうした?」


「いや、なんだかルシオが不安そうな顔をしていたから、何を心配していたんだ?」


「いや、安物のコーヒーだったから、笑われたのかと思って」


「違うよ、コーヒーに値段は関係ないのさ、それにこのコーヒーを出している会社は、とても歴史のある会社でね、昔から安価でコーヒーを売っていて、しかも味もおいしいんだ」


「そうだったのか」


「あぁ、僕はこれがお気に入りなんだ」


「けど、このあたりじゃコーヒーが人気なんだな、俺のいたところじゃお茶ばっかりだったからなんか新鮮だ」


「俺のいたところ?」


「え、あ、いや何でもない、それより哲心お前もよくやるよな」


「やる?何の話?」


 まるで喧嘩が日常の一部みたいになってるのだろうか、哲心はとぼけた様子を見せた。


「いや喧嘩だよ、いつもやってるのか?」


「あぁ、本当は暴力的なことはしたくないけど、事情が事情だから」


「喧嘩しなきゃいけない事情があるのか」


「そうさ、やりたくもないこれを、僕はやめるわけにはいかないんだ」


 その顔は先ほどまでの緩んだ顔ではなく、厳しく強い意志の感じられる顔であり、俺はどことなくそんな顔に惹かれた。


「それはつまり、空繰ってやつをどうにかするまでってことか?」


「そういうことになるね」


 空繰というものがいったいどれほどのものかはわからないが、組織というものをたった一人で壊滅させるってのには、あまりに無理があるとしか思えない。いや、できるかもしれないが、ポジティブにも限界があるし、無謀という事にもつながりかねない。


「なぁ哲心」


「なんだい?」


「やめといたほういい、このままじゃ空繰とかいうのを倒す前におまえの体がもたない」


「気をつかってもらって嬉しいけど、何を言われようとこれをやめるわけにはいかないのさ」


「違う、そういうことじゃなくて、哲心一人じゃどうにもならないってことが言いたいんだ、それくらいはわかるだろ?」


「わからない」


 なんとなくわかってはいたが、哲心は相当頑固者らしい。


「そうか、なら一つ提案していいか?」


「提案?」


「そうだ、聞いてくれるか?」


「なんだい?」


「俺と友達にならないか?」


 俺の一言に哲心はむせた。少しばかりコーヒーのしずくが飛んできたような気がしたが、胸をとんとんと叩きながら平静を取り戻そうとしている哲心は涙目で俺を見つめてきた。


「と、突然何を言いだすんだ君はっ」


「何って、友達になろうって言ったんだ」


「どうして突然そんな話になるんだ、全く意味が分からない」


「だめか?」


「だ、だめではないけど、そんな話をしていなかっただろ」


「いいや、俺はそういうつもりで話してたんだけど」


「そのつもりって、大体どうして僕なんかと友達なりたいんだっ」


「いや、だって哲心ってなんか危なっかしいし、そばにいてやりたいっていうか、ほら俺が友達だったらいつ喧嘩でぶっ倒れても、またこうやって安全な場所に運んでやれるぞ?」


「き、君はおかしなやつだな」


「おかしくない、俺はいたって普通の人間だっ」


「そういう意味じゃない、僕みたいなやつを友達になるっていうのがおかしいって言ってるのさ」


「あぁ、なるほど」


「確かに、君みたいな人と友達になったらさぞ楽しい日常を送れるかもしれない、だけど、残念ながらその申し出は断らせてもらう」


「な、なんでっ?」


「僕は変なことに首を突っ込んでるからね、君のようないい人を危ない目に合わせたくない、だから君とは友達にはなれない」


「・・・・・・」


 なんだそんな事か、そんな事、友達になるうえで大したことでもないのに。


 これを良い風にとらえるなら哲心は超絶友達思いのいいやつだってことだ。


 だからこんなことを言って俺みたいなやつを面倒ごとから遠ざけようとしているわけだ。


「わかってくれたかいルシオ?」


「わかった、要するに俺たちは友達でいいってことだな」


「な、なにをいってるんだ君は、僕の話を聞いていなかったのかい?」


「いや、でも俺友達欲しいんだよ、マジで」


「そ、そういう問題ではなく、僕は君のためをと思って言ってるんだ」


「いいだろ、ここにきて俺はろくに友達ができてないんだ」


「なんだその不幸自慢は、人なら僕以外にもたくさんいるんだ、そこから作ればいいじゃないか」


「友達になってくれてもいいだろ、なぁ?」


「子どものお願いみたいなことを言わないでくれ、無理だと言ったら無理だ、君には世話になってるしなおさら変なことに巻き込みたくない」


「そんなこと言うなよ、友達になるくらいいいだろ」


「ど、どうして僕なんだ、他にもいろんな奴はいると言ってるだろう、君だったらもっといい友達を作れるはずだ」


「なんでそう思うんだ?」


「そ、それは、君は僕みたいなやつを助けてくれたり、わざわざ家で休ませてくれたり、コーヒー入れてくれる。

 とにかくいい人じゃないか、君みたいな人なら友達がたくさん出来るはずだ、それに見た目も男らしくてカッコイイし、女性からの人気も高いだろう?」


「・・・・・・」


 俺は哲心が紡ぎだす言葉の数々にただただ感動した。「いいやつ」「友達がたくさんできるはず」さらには「男らしくてカッコイイ」、もはや目の前にいる六巳哲心という男に俺は陶酔していた。

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