第32話 コーヒーブレイク

 自宅に戻ると、幸子が俺の部屋にいて彼女は俺に背中を向けてだらだら寝っ転がっていた。

 これはもう見慣れた光景だから驚くこともないんだが、客観的に見ればギフトガーデンに来た当日から女の子が入り浸っているのは、相当おかしな話なのだろう。


 だが、そんな状況は俺によって作られたわけではなく、彼女のせいであり、俺がやましい奴でも何でもないということを心に置きながら、だらける幸子を眺めた。


 すると、幸子は俺が帰ってきたのを察知したのか、その体を転がして体を向けてきた。

 相変わらず無表情彼女、そして口にはお決まりの棒付き飴、よくもまぁ飽きずにそんなものをなめられるものだと思いつつ、あたりまえのように居座る幸子は口をもごもごと動かした。


「おはえりルシオ」


「あぁ、ただいま」


「なにをおぶってるの?」


「不良文学男子」


「そのおかしな単語はルシオが作ったの?」


「あぁ、いいネーミングだろ」


「うん、それで、おぶっているのはルシオのお客さん?それとも誘拐?」


「誘拐なんてするか、普通にお客さんだ」


 まぁ、実際誘拐まがいな気もするが顔見知りだからいいだろう。


「でもお客さんをおぶって家に招待するなんて初めて見た」


「そ、それは、まぁとにかく客なんだよ」


「そう」


「そうだ」


「じゃあ私帰る」


「え?」


 そうして、すっくと立ちあがり、すぐさま帰り支度を始める幸子。


 今日はずいぶんとあっさり帰っていくものだと彼女を見ていると、幸子はおぶっている哲心を横目にさっさと出て行ってしまった。


 幸子が出て行ったあと、ベッドに哲心を寝かせると、彼は相変わらず寝息を立てており、まだまだ起きる気配が感じられなかった。

 そんな様子を見届けた後、俺はこないだの買い出しで手に入れたコーヒーを入れることにした。


 何でも、ガーデンではコーヒーが大人気らしく、買い出しに行った時に、ありとあらゆる数のコーヒーが販売されていたことに驚いたものだ。


 しかし、大した知識のない俺は、大量に並んだコーヒーを目の前に、最も目を引いたコーヒーである「カブラフ・コーヒー」というのを買うことに決めたのだった。 


 まぁ、そんなことはさておき、とりあえず自宅に備え付けられていたコーヒーメーカーでコーヒーを入れた。


 徐々に、香りだつコーヒーの匂いを堪能していると、その匂いにでもつられたのか、哲心がもぞもぞと体を起こした。

 彼はここがどこか確かめているのか、きょろきょろとあたりを見渡した後、ようやく俺へと目を向けた。


「コーヒーの匂いだ」


「開口一番がそれか」


 あきれた目覚めにそんな一言を投げかけると、哲心は恥ずかしそうに顔をうつむけた。


「す、すまない」


「いや、いいけどさ」


「それよりもここはどこだ、どうして僕はルシオとここにいるんだ?」


「そりゃ、目の前で倒れてるお前をほっとけるわけないだろ、俺がおぶってここまで連れてきたんだよ」


「あぁそうか、そうだったね、僕は気を失っていたのか」


「まぁな、それより体は大丈夫か」


「これくらいのことは慣れてる」


「慣れてるって、まさかいつもあんな風にぶっ倒れてるのか?」


「そうだね、基本的にコンクリート上で目覚めるか、病院のベッドで目覚めるかのどっちかだけど、今日のようなパターンは初めてだ、助かったよルシオ」


 そういうと、哲心は少し照れた様子で顔をうつむけた。


「お前も大変だな」


「それでここは?」


 哲心は不思議そうに部屋の中をキョロキョロ見渡していた。


「俺ん家だ」


「なるほど、どうりで見覚えがある間取りだと思ったよ」


「そうか?」


「あぁ」


「まぁ、今コーヒー入れてるから、よかったら飲んでいってくれ」


「いや、いいよ」


 予想外の返答に俺は思わず、持っていたカップを落としかけた。


「えっ、なんで?」


「ここしばらくは君にお世話になってばかりだ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない」


「いや、せっかく入れたんだから、一杯だけでも、なっ」


 勝手な事をしているのはわかってる、だが、ここで哲心を逃してしまえばこの先哲心と仲良くなれないようなそんな気がする。

 何しろ哲心は生まれて初めて会話が成立した男友達だ、このチャンスは絶対に逃せない。


 それこそ、このまま哲心という男友達を見逃すようなことがあれば、この先男友達ができるかどうかわからない。


 だから、なんとしても逃がすわけにはいかない。


「じゃ、じゃあいただこうかな」

「あぁ、いただいてくれ、ゆっくりしていってくれ」


 そうして俺たちはリビングで二人仲良くコーヒーを飲みあうことになった。コーヒーを手渡すと哲心はすぐにコーヒーカップを傾けた。


 そして少し笑顔で何度かうなづいてくれた。お口に合ったのか、それとも安物だとわかって笑われているのか、出来ることなら前者であってほしい。


「これ、カブラフコーヒーだろ」


「え、なんでわかったんだ?」


 一発で当てた哲心はどこか笑顔になり、楽し気にコーヒーをもう一口飲んだ。


「わかるさ」


「なんで?」


「これは僕がいつも飲んでるやつだからね、とてもおいしいよ」


「う、うまいか?」


「あぁ」


「そうか、そりゃよかった」

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