第31話 四等星とトイプードル

 振り返った先に現れたのは、やたらと体格の良い男子学生だった。見た所、どうやら他校の生徒らしい。


 しかし、そんなことよりも体がでかい、とにかくでかい、ひょっとするとクマか何かの生まれ変わりなんじゃないかと思えるほどでかい。

 そんな、巨漢という名にふさわしい男は俺たちを見下ろしながら不敵にほほ笑んでいた。


「哲心、知り合いか?」


「バッジホルダーのチンピラだ、見ればわかるだろう」


「バッジホルダーって、あの超能力をバンバン使えるようになってる奴らってことだろ」


「そうだ、まぁ、見たところ四等星に違いない」


「ってことは、俺たちより二つ上ってことか」


「そうだな」


 哲心の言葉のすぐ後にクマの様な男は口をはさんできた。


「おいおい、なめてもらっちゃ困るぜ、ここじゃ四等星と三等星は同格扱いなのを知らないわけじゃないよな?

 お前らろくでなしからしたら、俺は上の上の上の存在だ、リスペクトが足らねぇぞ、ろくでなしっ」


「そうなのか哲心?」


 そんな疑問をぶつけると、哲心は呆れた様子で首を横に振った。


「知らないね、大体そうだとしても格付け社会のここで四等星が三等星と同格なわけがないだろ、つまるところこいつは見栄をはって、臭い息をまき散らす馬鹿だってことだ」


「な、なにおうっ」


 あきれた様子でとげのあることを言う哲心に対して、巨漢は腹を立てた様子で顔をしかめた。


「それで、君はいったい何しに来たんだ?」


「俺か、俺はお前をぶっ殺しに来たんだよ、六巳哲心」


 どうやら巨漢は哲心のことをわかってやってきたようだ。


「おい、哲心お前名前知られてるぞ、有名人だな」


「知らないな、名前を知られたところで僕のやるべきことに変わりはない」


「ほぉ、いい度胸じゃねえか、俺たちに名前を割られることがどれだけ怖いことか教えてやらねぇとな」


「君は空繰の構成員か」


「あぁそうさ、ビビっちまったか六巳哲心?」


「いいや、恐れるなんて感情とうの昔に忘れたよ」


「そうか、じゃあ思い出させてやるよ俺たちには向かうと怖いってことをなっ」


 クマのような男は大きく振りかぶり、哲心めがけて殴りかかってきた。


 大ぶりな攻撃に哲心はいともたやすくかわして見せると、少し距離をとってトレードマークであるメガネを少し上げた。

 しかし、四等星だって聞いたもんだから何か超能力を使ってくれるのかと思ってたが、普通に殴り掛かるだけなのか。


 そして、攻撃をかわされたクマのような男はいらいらとした様子で舌打ちし、再び哲心の方へと殴りかかろうとしていると、哲心は何を思ったのか、突然手を前に突き出した。


 まるで今にも魔法攻撃でも放ちそうな雰囲気に俺はもちろんクマのような男さえも神妙な面持ちで息をのんでいた。そして今まさに呪文でも唱えんとするのか哲心は口を動かした。


「トイプードル」


 呪文でも詠唱するのかと思われるその口からはかわいらしい動物の名前が飛び出した。


「お、おい哲心トイプードルがどうした?」

「ルシオ、黙っててくれ今大事なところなんだ」


 もしや本当に魔法の詠唱?しかしその詠唱の始まりがトイプードルとはこれいかに?


「よく聞け、トイプードルの名はチョコ、茶色い毛がチョコレートに酷似しているのと、イヌのくせにオッチョコチョイ所から名付けたその犬は、標準のトイプードルよりもはるかに太っていて、ハートの飾りがついた首輪をしている」


「お、お前」


 何をいいだしたのかわからないが、クマのような男は哲心の言葉にとても動揺しているように思えた。


「どうした、今すぐにでも僕をつぶすんじゃないのかい?」


「お、お前、なんで俺の飼い犬のことを知っていやがる」


「さぁ」


「ふざけるな、答えろ六巳哲心」


「なぁに、今君の大切にしているトイプードルのチョコちゃんとやらは僕の仲間が確保している、この通り写真だってある」


 哲心は、ポケットから携帯端末を取り出し、巨漢に画面を見せつけた。そしておそらくそこには先ほどから名前の挙がっているトイプードルのチョコちゃんとやらが移っていたらしく、巨漢はわなわなと震え始めた。


「お、お前っ、チョコちゃんをどうするつもりだ」


「お前の大事なペットがひどい目にあわされたくないなら素直に降伏しろ、そうすれば、チョコちゃんは自由の身だ」


「わ、分かった、降伏するから許してくれ、頼むチョコちゃんには何もしないでくれ」


「・・・・・・あぁ、その代わり僕の質問に答えてくれるかい?」


 すっかり主導権を握った様子の哲心は、相変わらず冷静な様子でため息をついた。


「な、なんだよ」


「君たちの親玉、空繰のボスはどこにいる?」


 核心に迫る質問に、巨漢はぽかんとした様子で立っていた。


「どうした、早く答えないとお前の犬が」


「ま、待ってくれ、分からないんだっ」


「わからない?」


「あぁ、俺もいろんな奴から経由されてきた情報に従ってやってるだけで、ボスの事とか空繰の事とか、ちゃんとしたことはわからないんだ」


 巨漢は、心配そうな顔をしながら少し腰を引かせていた。その様子に哲心は追い打ちをかけるかのように口を開いた。


「そうか、使えないやつだな君は、なんだか腹が立ってきたよ」


 そういうと、哲心はまるで誰かに連絡を取るかのようなそぶりを見せた。そして誰かとつながったのか、通話をし始めた。


「あぁ、例のトイプードルはどうしてる」


「お、おい、まさか」


「どうもその犬の主人が僕の質問にちゃんと答えてくれなくてね、その犬の悲痛な声でも聞かせてやろうかと思ってね」


「や、やめてくれっ」


 これでは、どちらが悪者なのかわからない、そう思える状況の中、巨漢の男はついに膝をついて頭を下げ始めた。


「本屋哲心、俺は本当に何も知らないんだ、俺はただ兄貴からの指示で、それを実行しただけなんだ」


「兄貴?」


「あぁ、ドラゴンフライの頭、御手洗みたらいの兄貴だ」


「ドラゴンフライの御手洗」


「そうだ、俺は兄貴に言われるがままお前を、本屋哲心をつぶしに来ただけで、空繰の事とか、詳しい事とかは本当に知らないんだ」


「・・・・・・そうか」


 そういうと、哲心は巨漢の態度に納得できたのか、すこし表情を緩めた。それは安堵するかのような表情であり、何かから解放されたかのように見えた。


「そうか」


「あぁ、だからチョコちゃんにひどいことしないでやってくれ」


「そうだな、動物愛護団体からクレームも来そうだからそろそろ話してやることにしようか」


「ほ、本当か」


「あぁ、この近くに公園があるだろう、そこにお前の犬を解放しておいてやる、とっとと迎えに行ったらどうだ?」


 哲心の言葉を聞いた巨漢は、その大きな体をのっしのっしと動かしながらこの場から去っていった。


 そして、哲心は一仕事終えたかのように座り込んだ。


 喧嘩ばかりやっているとはいえ、あくまで文学男子、体力はそれほど持たないといったようすだ。

 しかし、それよりも俺は哲心の見事な交渉術に惚れこんでいた。あの状況で度胸のある言動を、よくもまぁできるものだ。


「哲心」


「ん、なんだい?」


「今の話本当か?」


「さぁ、どう思う?」


「・・・・・・嘘だろ」


「どうしてそう思うんだい?」


「勘だ」


「勘?」


 確かに、いくつか不審な点はあったが、それでも確証がない。だが、それでも俺の勘は嘘だという判断に至った。


「あぁ」

「ぷっははっ、君の勘は怖いね、そう、さっきの犬の件は嘘だよ、全部僕の自作自演さ」


 笑いながらそう言った哲心に、俺は少なからず俳優としての才能を感じた。いや、本当にこんなけんかに明け暮れてないで、その容姿と演技力で人気若手俳優にでもなれそうな勢いだ。


「もしかして、そうやって人の隙をついてこれまでの喧嘩をやってきたのか?」


「そうさ、ちょっとした手段を使って集めた情報で、人を欺き油断させ、その隙をつく、そうでもしないと僕一人であれだけの人数相手にできるわけないだろ」


「でも、もしそんなのが通用しない相手だったら」


「ぼこぼこにされる、今日はまだうまくいっている方で自分でもびっくりしている、いつもならひどい目にあって家で療養しているところだ・・・・・・あぁだめだ、視界がぼやけてきたな」


 疲れ果てたのか、哲心はそんな言葉を残してその場に寝そべってしまった。唐突な気絶に、よもやこんなことを毎日続けているのではなかろうかと心配した。

 そして、俺はそんな哲心をおぶり、療養とこれからの彼の行いについて詳しく知るため、哲心を自宅に連れ帰ることにした。

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