第29話 嵐の前の平穏
翌日、俺は自分のクラスでいつものようにクルリと昼食をとっていた。
今日の彼女の昼食は小魚が大量に入った袋のようで、少し物悲しい顔でぽりぽりと昼食をとっていた。
そんな、クルリの様子を見かねた俺は無言で弁当箱を差し出してやると、彼女は目を輝かせながら俺と弁当を交互に見てきた。
「いいんすか、いいんすかルーシー?」
「そんな悲しい顔した奴と飯食っても全然うまくねぇよ」
「全部っ、お弁当を全部くれるんすかっ?」
「あぁ、その代わりに購買部がどこにあるか教えてくれ、俺はそこで昼飯を調達してくる」
「ももも、もちろんっす」
そうしてクルリに購買部の場所を教えてもらい、いざ購買部へと向かうと、そこでは多くの人たちが各々に昼食を買い求めていた。
購買部の近くには食堂もあり、食堂の中はほぼ満席状態であることがうかがえた。
そんな中、俺は一刻も早く昼食にありつくために購買部で適当におにぎり数個を買って購買部を後にしようとしていると、俺はふとどこかで見たことのある顔を見かけた。
そこには、六巳哲心の姿があった。
哲心は本を右手に、左手には菓子パンを持っており、その姿を見ただけでは昨日の暴走ぶりが信じられないほどであった。
だが、その顔に張られたばんそうこうや、治りかけの傷跡が彼を知的な存在から遠ざけているようにみせていた。
そして俺はすぐさま哲心に声をかけると、哲心は突然立ち止まり俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「ルシオ?」
「あぁ覚えててくれたのか」
「勿論だよ、昨日は世話になったね、それから、君をずいぶんと悪者扱いした、ごめん」
なんだか、昨日とは打って変わって随分としおらしい対応に思わず笑いが込み上げてきた。
「ぷっ、はははははっ」
とんでもないギャップにたまらず笑いを上げてしまった。
「なんだ突然?」
「いや、昨日とは全然キャラが違うと思ってさ」
「そ、それは」
「いやいや、それより哲心って何年だ?」
「僕は一年だよ、見たらわかるだろ?」
「見たらわかる?」
そうしてどこを見れば学年が分かるのだろうと首をかしげていると哲心は足元を指さした。刺した先には哲心の足があるだけで、これといっておかしな点は見つからなかった。
「足がどうした?」
「上靴が緑だ、これは一年である証拠だ」
「そうだったのか」
「そう、二年は黄、三年は赤さ、ちゃんと覚えておいた方がいいよ、さもない
と先輩にすぐ目をつけられる」
「そうなのか」
「そうだよ、じゃあ僕はもう行くから」
「もう行くのか?」
「そうだよ、今読んでる本がすごく面白いからね、早く続きを読みたいんだ」
こういうところはちゃんと文学男子って感じだが、その生々しい傷跡は本当にどうにかすべきだろう。
「そ、そうか」
「そうだよ、じゃあね」
本が読みたいからと、早々に立ち去っていく哲心の姿はやはりただの文学男子にしか見えず、俺は昨日の出来事が夢でも見ていたんじゃないかと思えるほどだった。
そうして、すっかり頭が哲心のことばかりになっている俺は、特に寄り道することなく自分の教室へと帰ってくると、教室内で気になるものを見つけた。
それは、クルリの周りに数人の女性生徒が集まっていて、それらはクルリを中心に楽しそうな様子を見せていたのだ。
その、あまりにも楽しげな様子に教室に入るのを躊躇していると、クルリの方が俺を見つけて手を振ってきた。
空気が読めないというか、なんというか、クルリはどうしてそんなに俺に構ってくれるのだろう、あれか、餌付けまがいのことをしてしまったからなのか?
「おかえりルーシー、なに突っ立ってるんすか?」
そう声を上げると、周りにいた女子生徒たちはまるで化け物でも見たかのような反応をしたかと思うと、そそくさとクルリから離れて行った。
目を覆いたくなるような現実を目の前に、くじけそうになりながら自分の席に座ると、クルリは空になった弁当箱をうれしそうに見せつけてきた。
「ルーシーごちそうさまっす、めちゃくちゃおいしかったっす」
「そうか、そりゃよかったな」
「はい、このお礼は必ず返すっす」
「俺が勝手にやったことだから気にするなよ」
「いえ、そういうわけにもいかないっす、だから何か困ったことがあったら何でも言ってくださいっす、ルーシーのためなら何でもするっすよ」
「何でもするっすか?」
「はい、するっす」
「・・・・・・そうか、ならこれからは俺と昼めし食わずに、さっき話してたクラスメートと一緒に取ることだな」
「え、どうしてっすか?」
「そりゃ俺みたいなやつといるよりも彼女らといたほうがいいだろう」
「どうしてっすか?」
「どうしてって」
「あたしはルーシーと昼ご飯食べるの好きっすよ」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてだな」
「なんすかルーシー?」
「普通に考えてお前みたいな普通に元気で明るい女子は、俺みたいな不愛想な男よりも、さっきみたいな人たちと一緒にいる方がいいだろ」
「そりゃそうっすけど、ルーシーといるほうがもっと楽しいっすよ」
「え?」
満面の笑み、こんなにも笑顔で「俺といる方がいい」と言ってくれる。
その理由がなんとなくわかったり、わからなかったりするが、ギフトガーデンに来てから、よくそんな事を言われるような気がする。
それは主に幸子とか、目の前のクルリだったりと、ハニートラップの匂いがしそうな面々だが、一人でこんな所に来た俺にとって、それらの出会いは嬉しいことだ。
「どうしたんすか?」
「いや、まさかとは思うが、俺の弁当目当てとかじゃないだろうな」
そういうとクルリは少し焦った様子を見せた。
「え、あ、違うっすよ、違うに決まってるじゃないっすか」
「怪しいな」
「怪しくないっす、今日のお昼ご飯はたまたまじゃこだっただけっす、普段はちゃんと用意してるんすよ」
「ふーん、じゃあいいけど、無理して俺といることはないからな」
「なんすかそれ、今日のルーシーは変っすねぇ」
「変なのはお前だろ、今時小魚が昼飯なんて女子高生いないだろ」
「いるっすよ、ここに」
「だからお前だけだよ、お前は特別だ」
「うーん、嬉しくない特別っすね」
「そうか、それよりもクルリに話したいことを今思い出した」
「あたしに話っすか?」
「あぁ、六等星狩りの事についてちょっとな」
「あぁ、昨日言ってたやつっすね、それがどうかしたんすか?」
「実は六等星狩りにでくわした」
俺の言葉にクルリはあきれた様子で頬杖をついた。
「全くもう、あれほど言ったじゃないっすか気を付けてくださいって、なんで言ったその日に出会っちゃうんすかねぇ」
「ま、まぁ話を聞いてくれ」
「なんすか、見たところどこもケガしてないところを見ると、もしかして相手をぶっ飛ばしちゃったとか、そんな粋なことしちゃったんですか?」
「いやだから聞けってっ」
昨日同様俺の声がこだまする教室にはやはり静寂が訪れた。
どうにもこの短気を直す術はないだろうかと思いながら、目の前ではクスクス笑うクルリの姿が目に入り、なんとも腹立たしかった。
「ヤンキー、極道ときたらの次は一体何になるんすかねぇ、魔王とかっすか?」
「お前本当やめろ」
「それで、話の続きは?」
「あぁ、でも六等星狩りってのは「カラクリ?」とかいう奴らがやってて、そのカラクリとかいうのを懲らしめてたやつがいた」
「なんすかそれ、本当の話っすかそれ?」
「あたりまえだ」
「じゃあその六等星狩りのカラクリを懲らしめてたヒーローは誰だったんすか?」
「なんか、俺たちと同じ学校で六巳哲心っていうやつらしい」
「六巳哲心?」
「あぁ」
「えぇーーーっ!」
こんどはクルリの驚嘆の声が響き渡った。しかしそんな声に教室内はさほど静まり返ることなく、むしろクルリのことを見ながらくすくすと笑っているようにも思えた。
そしてクルリも後頭部をぽりぽりと書きながらあたりに謝っており、間違いなく俺とは真逆の人間であることがはっきりと分かった。
そして謝り終えたクルリは俺に顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「ルーシー、それ本当っすか?」
「あぁ、そう言ってたぞ」
「六巳君って、そんな人だったんすか?」
「なんだ知ってるのか?」
「そりゃそうっすよ、六等星はそんなに人が多くないっすからみんな幼馴染みたいなもんで見知った人は多いっす」
「そうなのか」
「それで六巳君のことなんすけど、彼は学校ではとてもおとなしくて、女子にも人気がある人っすよ、あたしにはそんな人とは思えないっす」
「いや、でもそう言ってたし、なんなら今から聞きに行くか?」
「もちろん聞きにっ・・・・・・」
といったところで、学園内には昼休みを終えるベルが鳴り響いた。そのベルの音にクルリと互いに見つめあった後、昼食のためにくっつけた机を静かに元の位置に直した。
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