第28話 六巳 哲心《むつみ てっしん》

 だがあきらめるな、こういうやつらは意外と素直でいいやつらばかりなんだ。そう、こういうやつらはちょっと生意気したいスリルが大好きなお年頃ってわけだ。

 ほら見ろ、そう考えるとかわいいじゃないか、だからここは下手に出て何とか穏便に穏便に・・・・・・


 と、いいたいところだったが、俺の視界には今にもぶつかりそうな拳が迫っていて俺はすかさずかわした。


「あぶねー、何すんだっ」


「何するって、てめぇが横やり入れてきたから、邪魔者はつぶしてやろうってんだよ」


「なるほど」


「なぁにがなるほどだてめぇ、この大河様の勝手によけてんじゃねぇぞ」


「殴られそうになったらよけるのは当り前だろっ」


「はぁ?俺ならよけないね、なぜなら俺はこの地区で喧嘩最強の男、縞村 大河しまむら たいがだからな」


「シマウマライダー?」


「し、縞村大河だって言ってんだろ、誰がそんなバカみたいな名前してるって言った」


「あぁ、縞村大我ね」


「いいか、とにかく天上天下唯我独尊、大我という名前を与えられた俺は絶対に拳はよけねぇ、つまりどんなに殴られようとその場で耐えぬく事こそ俺の美学、男の生きざまってもんなんだよっ」


 そんな迷信めいた言葉に興味を持った俺は、すぐさま喧嘩最強を名乗るシマウマライダーとやらに殴りかかってみると、彼は確かによけることなく俺の拳を受け止めた。


 だが、受け止めたのはよかったのだが、大河はその場で耐え抜くどころか、その場に膝をついて崩れ落ちた。


「あっ・・・・・・」


 自分でも気持ちよく入ってしまったパンチに自らの拳を眺めていると、シマウマライダーの連れがシマウマタイガーに駆け寄り、そして俺をにらみつけてきた。


「ば、馬鹿野郎、大河さんに何てことすんだよっ」


「い、いや、よけないって言うから試してみたくなって」


「馬鹿野郎、マジで殴るやつがいるかよ、くそ、大丈夫ですか大河さんっ」


 そうして地区最強と自称していたシマウマタイガーこと縞村大河を神輿のように担ぎ上げたAとBは逃げるようにこの場を後にしていった。

 そして、俺はいまだしりもちをついているメガネ男子に目を向けた。彼は力の限り立ち上がろうとしていたが、それがかなわず力尽きているようだった。


「おい、大丈夫か」

「あぁ、助かったよ・・・・・・って君はさっきの」


 そうして俺の顔を見た途端、メガネ男子は俺を突き飛ばし、今にも倒れそうな体を無理やり動かし倒れまいとしていた。


「おいおい、待てって」


「なぜ僕を助ける」


 どうやら助けたところでメガネ男子の妄想の中で俺は悪者に見えているようだ。というより、ここまで人を疑うやつも珍しい、よほどのことがない限りこんなに人を疑ったりしないだろう。


「なんでってそりゃ、同じ学校のやつがぼこぼこにされてたら普通助けるだろ」


「同じ学校?」


「あぁ、制服みりゃわかるだろ、俺も六根学園の生徒で猫宮ルシオっていうんだ」


 メガネをかけているってのに、そんなこともわからない様子のメガネ男子は相当、冷静さを欠いているように見えた。


「少し、落ち着いた方がいいかもしれないな」


「そうだ、とりあえず落ち着いてくれ、俺は別にお前に何かしようってわけじゃない」


 俺の言葉にメガネ男子は少し落ち着いた様子を見せた。


「す、すまない」


 ようやくわかってくれたのかメガネ男子はため息をついて安心した様子を見せた。だが、それと同時に力が抜けたのか、その場で今にも倒れそうになっていた。

 そんな様子に俺はすかさずメガネ男子を支えてやると「すまない」と細い声でつぶやいた。


「気にするな、あとルシオでいい」


「そうかルシオ、それと、さっきは突然喧嘩をふっかけてすまなかったな、頭に血が上るとつい冷静さを失ってしまうんだ」


「そうか、見た目と違ってずいぶんと熱血なんだな」


「見た目?」


「いやぁ、一見冷静でかしこそうに見えるから」


「あぁ、僕は幼いころから目が悪くてね、これがないとやってけないんだよ」


「そうなのか、で、お前はなんで三人がかりでタコ殴りされてたんだ」


「あぁ、あれは」


「もしかしてあいつらが六等星狩りのやつらか?」


「え?」


「いや、なんか 最近六等星狩りとかなんとかって噂があるらしいんだよ、もしかしたらあいつらがそれだったのかと思って」


「ルシオ、少しいいかい?」


「なんだ?」


「君はものすごい勘違いをしている」


 なんだか神妙な顔をしたメガネ男子は俺にもたれかかりながら俺をじっと見つめてきた。


「勘違いって、どういう意味だ?」


「君は六等星狩りをいったい何だと思ってるんだい」


「え、最近このあたりで六等星狩りをしている奴だろ、クルリから聞いた」


「違う、六根狩りを行ってるのは「空繰からくり」と呼ばれる集団だっ」


 メガネ男子は興奮した様子を見せ、俺に唾を飛ばしながら大きな声でそう言った。


「か、空繰?」


「そうだ、奴らが僕たちのような六等星を好き勝手いじめて楽しんでいるんだっ」


「ってことは、あの時に路地裏でその空繰って奴らに絡まられてたのか?」


「そうだ、奴らは絶対に許されない」


 その瞬間、メガネ男子は鬼のような形相で歯を食いしばった。その様子に相当の因縁があるとしか思えなかった。


「まぁなんだ、なんかいろいろありそうだけど、あんまり無茶するなよ」


「そうだね、君には迷惑をかけたみたいだ」


「そんな事気にするなよ」


「ありがとう、じゃあ僕はもう行くよ」


 メガネ男子は俺から離れてフラフラとしながら歩き始めた。


「ちょっとまてよ、名前はなんていうんだ?」


 そういうと、メガネ男子は背を向けたまま顔だけを少し俺に向けてきた。


「僕は六巳 哲心むつみ てっしんさ、哲心でいいよ、じゃあねルシオ」 


「あ、あぁ」


 そうして哲心はふらふらと寮へと入っていった。そんな後姿を見た後、俺は駐輪場で無残にも倒されまくった自転車を直した後、自宅に戻った。

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