第24話 ガニューメのサンドウィッチ

 そうして連れてこられたのは、町から少し外れた路地裏にあるさびれた店だった。

 看板には「ガニューメ」という理解不能な単語が書かれていて、外観はまるで西部劇に出てくる酒場のようなものだった。


 そんな建物を前に、クルリはためらうことなく店内へと入っていった。


 半信半疑な中、俺はクルリの後についていくと、中ではまるで客の気配が感じられず、しかもカウンター越しにはいかついオヤジが俺をにらみつけてくるという、なかなかに印象の悪い店だった。


「クルリ、ここ何の店だ」


「ここはレストランっすよ」


「レストラン?」


「そうっす、そしてこちらがマスターさんです」


 紹介されたマスターは相変わらず俺をにらみ続け、無言を貫き通した。


 今日はろくな人の出会い方をしないものだ、と思いつつ、俺はとりあえずカウンターの椅子に腰を下ろした。

 だが、座ったところでマスターの俺に対する視線がとだえることなく、だんだん居心地が悪くなってきた。


「お、おいクルリ、ずっとにらまれてるんだけど、帰った方がいいのか?」


「あぁ、マスターは緊張してるだけっすよ」


「緊張?」


「そうっす、幼いころから人の目をみて話せって教えられてきたらしくて、それを律儀に守ってるそうっす」


「話をしてないんだが」


「きっと緊張して声が出ないんすよ、かわいいっすよねマスター」


 なんだそれはと言ってやりたい気もしたが俺の目の前にいるこわもてオヤジの真相を理解すると、不思議とオヤジのことがかわいらしく見えてきた。


 そして俺はそんな怖い顔したマスターの目をじっと見つめた。


 すると、今度はマスターが何やら俺に顔をちかづけて来た、いったい何をされるのだろうと、少しおびえながら近づく顔から距離をとっていると、大将は突然声を上げた。


「ら、らっしゃいっ」


 ようやくきけたその一言を済ませると、マスターはリラックスした様子で目をそらし大きなため息をついた。まるで一仕事終えたようなマスターの様子に俺はすかさずクルリに目を向けると、彼女はニコニコ笑っていた。


「なぁ、マスターさんはいつもこんなかんじなのか?」


「そうっすよ、かわいいっすよねぇ」


「かわいい?」


「はい、小動物みたいでかわいくないっすか?」


 見た目だけなら圧倒的大型動物であり、それこそ「クマ」にだって見えないこともない。


「いや、まぁ、とにかくなんか注文しないか?」


「そうっすね、注文しましょう」


「で、ここは何があるんだ?」


「はい、メニューっす」


「あぁ、メニューね」


 メニューを見ると、レストランという名に恥じぬいろんなジャンルの料理が用意されており、その中でもひときわ目を引く「マスターのサンドウィッチ」というものが気になって仕方なかった。俺はすかさずその「マスターのサンドウィッチ」とやらを注文することにした。


「あの、マスターのサンドウィッチをお願いします」


 すると、注文の声だけでもびくびくする大将に俺は思わず「可愛い」という言葉が脳内を駆け抜けた、が、駆け抜けただけで何も言ったわけではないし、思ったことにもカウントされないはずだ。


 そう思っていると、隣にいるクルリが驚いた顔をしながら俺を見つめてきていた。


「な、なんだよ、お前まで」


「い、いや、あたしそれ頼んだ人初めて見たと思いまして」


「なんでだよ、いかにもおススメって感じでいいじゃないか」


「そ、そうすか?まぁ、きっとマスターも喜んでくれますよ」


 ただの注文だろう、そう思いながらマスターに目を向けると、彼はどことなく表情が明るくなっているようで、瞳もキラキラと輝いているようにも見えた。


「サンドウィッチな、ちょいと待ってなお客さん」


 マスターは、まるで言いなれていない様子でそう言った。


 そして隣のクルリは、マスターにバーガーセットを注文すると、今度はマスターはびくつくことなく、慣れた様子でサムズアップをして見せた。


 その様子は男があこがれる渋くてかっこいいものだったが、どうして俺の時もそうしてくれないかと思っていると、マスターは俺をチラチラ横目に厨房と思われる方へといってしまった。


「クルリは、マスターと仲いいのか?」


「あたしは常連っすからね」


「へぇ、いいなそういうの」


「いえいえ、ルーシーも通えば大将と仲良くなれますよ」


「そうか?」


「はいっ」


 仲良くなれば、俺もあのサムズアップをしてもらえるのだろうかと想像しつつ、空腹でうるさい胃袋を優しくなでていると、クルリが俺の顔を覗き込んできた。


「ところで話は変わりますけど、ルーシーはどこから来たんですか?」


「なんだその唐突すぎる質問は」


「いや、だって明らかに外から来た人間っすよ」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、入学式が終わってからずっとつけてますけど、行動やら言動がここにいる人のそれじゃないっすもん」


「・・・・・・」


 つけていた、その言葉にたまらずたちあがって大げさに反応すると、クルリはビクンと体を跳ね上げて俺を見上げてきた。

 大きな眼がかわいらしくもあったが、そんな事よりも今はクルリが俺をつけていたということの方が問題だ。


「ど、どうしたんすか?」


「お前、俺をつけてたのか」


「そうっすよ」


「なんでそんなことするんだ?」


「いや、だって気になるじゃないっすか、ルーシーって明らかにおかしいですから」


「だからって人のことつけるなよ」


「いいじゃないっすか、減るもんじゃないし」


「そういう問題じゃないし、全然気づかなかったぞ」


「で、一体何者なんすか?」


「俺は猫宮ルシオ、ただの人間だ」


「ただの人間ならこのギフトガーデンには来られないし、六根学園に入学だってできないと思うんすけど・・・・・・」


「い、いや、ギフテッドってやつだ、普通のギフテッド」


「普通のギフテッドって、まぁ、ここじゃそういう区別もされますけど、あたしたち六根の生徒は普通ではないっすね、いわゆる落ちこぼれっすよ」


「なんだよそれ」


「さっきの小学生も言っていましたけど、あたしたち六根の学生は「ろくでなし」って呼ばれる劣等生なんすよ」


「いや、まぁ大体わかるけど」


「じゃあどういう意味か説明できます?」


「ろくでなしって言うと、役に立たないやつっていうか、ひねくれものっていうか、とにかく良いイメージはない」


「そっちの意味もありますけど、もう一つ二つ意味がありますよね」


 クルリはまるで俺を試すかのようにそんなことを聞いてきた。しかし、これ以上説明しようがない俺は押し黙ると、クルリはクスクスと笑った。


「ほらやっぱり」


「え?」


「ここでいう「ろくでなし」というのは「六等星であり」「シンボルを持って無い」という意味合いが込められています、この意味は幼い頃からギフトガーデンで育ったギフテッドなら嫌でも知っているはずです」


「う、それは・・・・・・そうだったのか」


「もしかして、ルーシーは突如ギフテッドとして目覚めたっていう噂の人だったりします?」


「・・・・・・」


 なんだか嫌な流れだ、このままクルリにも変態的なキメラ野郎だと思われるかと思うと正直めげるどころではないだろう。


「どうなんすかルーシー?」


「そ、そうだと言ったら?」


 神妙な面持ちで俺を見つめるクルリ、そんなに見つめられると、顔が熱くなってくるというか、体全体がほてってきてどうにかなってしまいそうだ。だが、そんな俺に対しクルリは満面の笑みを浮かべた。


「ひゃぁー、こりゃすごい人っす」


 クルリは大げさに驚き、けらけらと笑って見せた。


「な、なんだよ急に」


「いえいえ、だってギフテッドは先天性なんすよ、こんなの驚くっすよ」


「そ、そんなに驚かなくても、世の中には俺みたいなやつがごまんといるかもしれないだろう」


「それはないっす」


「どうしてそう言い切れるんだ」


「前例がないっす」


「いや、でも見つかってないだけで」


「いやいや、あたしが知る限りそんな話聞いたこともなければ、噂にすらなった事もないっす」


「なんだ、じゃあ俺は相当やばいやつって言いたいのか?」


「そうっすね、ここに来るまでに賊に襲われたりしなかったっすか、誘拐とかには気を付けてくださいね、ここは結構危ない所っすよ」


 どういうわけかわからないが、ここのやつらの賊好きには困ったものだと思っていると、注文したマスターのサンドウィッチが到着した。


「お、お待たせ」


 目の前に置かれたサンドウィッチは、俺が知っている薄っぺらいものではなく、分厚く、しかも大量の肉と色とりどりの野菜がはさんであった。


 そんな、素晴らしい料理を目にした俺の口内は一瞬で唾液でみたされた。


 もはやかぶりつくほかないサンドウィッチを前にしていると、隣のクルリは同じく届けられたバーガーに勢いよくかぶりついていた。


 俺はクルリに遅れをとるわけにはいかぬと、わけのわからないことを考えながらすぐさまサンドウィッチにかぶりついた。もはや文句なし、言葉すら必要ないうまさに俺は思わず涙目になった。


「どうですルーシー、うまいっすか?」


「あぁ、うまい」


「そうっすか」


「あぁ」


 やはり外食してよかったと思えるほどの味に俺はたまらず涙があふれてきた。そして、その感動はすかさずマスターへとむけられることとなった。


「マスター」


 俺の一言にびくついたマスターだったが、俺は間髪入れずに「うまいです」という感想を述べると、マスターは照れた様子で顔をそらした。

 なんだか照れたマスターはその強面の顔とは裏腹な態度に1ミクロンほどのかわいらしさを見出した。


「えへへ、マスターも喜んでるっすよ」


「そ、そうなのか?」


「はい、頬が赤く染まってるっす」


 まるで子どもような感情表現に苦笑いをしつつ、おいしさとこんな良い場所に巡り合えたことでここの常連になることを誓った。


「しかしルーシー」


「なんだ?」


「ここに来たばっかりなら、わからないことばかりっすよね」


「あぁ、そうだな」


「なんかあったらあたしに頼ってください」


「え?」


「あたしは幼い頃からここで住んでます、だからルーシーにはいろんなこと教えてあげられると思うんすよ、だから気兼ねなく話しかけてくださいっす」


「クルリ、お前・・・・・・」


 満面の笑みで素敵なことをいってくれたクルリは、まるで天使のように見えた。うまれてこのかたこんなにも優しくしてくれた女子がいただろうか?


 いや、いない、俺は生まれてから女子という生き物にこき使われ、まるで奴隷に用意扱われてきた思い出しかない、それ故に目の前にいる天使を目の前に俺の目からは涙があふれだしそうになってきた。


「ん、どうかしましたか、ルーシー?」


「クルリ、お前いいやつだな」


「なんすかいきなり照れるっすよ」


「いや、本当にいいやつだよクルリ」


「そうっすか?」


「あぁ、最高だこんなにいいやつに出会ったのはお前が初めてだ」


 先行きが不安だっただけに強力な助っ人だできた。


 そんな俺はというと、まるでクルリという大切な存在を手放さないかのように、じっくりと雑談して交流を深めた後、こんなおいしいものがあるにも関わらず、あまり客入りの良くない店に別れを告げた。


 そんな満足の一言に尽きた外食をおえた俺は上機嫌でうちに帰ると、家の中ではなぜか幸子が転がっていて、俺の帰りを待っていたかのように顔を俺の方へとむけた。


「お帰りルシオ」


「幸子、また勝手に入って・・・・・・」


「開いてた」


「え?」


「鍵もかけずに家を空けるなんて、とても不用心、だから私が自宅警備員してあげてた」


「あ、ありがとう・・・・・・ん?」


「どうしたの?」


「この家、オートロックだよな」


 そうだ、この家はオートロックだ、それがどうしてこうして幸子が俺の部屋にいるのだろう?


「・・・・・・」


「お、おい、黙るなよ」


「ねぇルシオ」


「え、なんだ?」


「私、ここにいちゃダメ?」


 帰ってきた返事は、予想外、そして妙に心を揺らがせる言葉だった。ドキドキと鼓動が早くなるような言葉を耳にした俺は、冷静に沈着に「ここにいちゃダメ?」という言葉を分析した。


 目の前にいるのは一応面識のある美少女、何度か喋ったこともあるし、何ならここにきてから一番世話になっているし、世話もしているような相手だ。

 しかも隣人さんで学校も一緒、付け加えるならば洗濯物も共にした、もはや他人とは言い切れない相手。


 そんな相手が、無粋な男である俺に対して「ここにいちゃダメ?」だなんて言葉を吐いてきた。

 そりゃ目の前の人の形をした何かが、明らかにやばそうなやつ出ない限り「出ていけ」だなんて乱暴に言う必要はないのかもしれない。


「いや、別にいてもいいけどさ・・・・・・」


「ん、ありがと」


 俺の確認が取れたことに安心したのか、幸子は再びフローリングの上で気持ちよさそうに寝そべった。

 もういい、こんなにも幸せそうに寝てるなら、どうやって入ったかなんてどうでもいいっ。


「あ、えっと、それで幸子はどうしてここにいるんだ?」


「それよりルシオ、帰ってくるの遅い」


「え、あぁ、昼めし食ったり買い出ししたりしてたから遅くなったかな?」


「お昼、何食べたの?」


「めちゃくちゃうまいサンドウィッチ」


「ずるい」


「え?」


「ルシオだけおいしいもの食べた」


「それは、お前は外食嫌いだっていうから、幸子もついてくれば食えたかもしれないかっただろ」


「・・・・・・むぅ」


 何やら納得いかない様子の幸子は黙り込んだと思ったらいじけたように床に突っ伏した。


 そして、よくよく見ると彼女の体の下には、やわらかそうなマットが敷かれており、もうすっかり俺の家を自宅か何かとでも思っているようだった。


 それどころか、変なぬいぐるみが一つ増えていたりと、なんだか俺の家を自らの住処にでもしようとしてるみたいだった。


 そもそも、こんなやり取りがおかしなことではあるが、いつの間にかこうなってしまったのだから仕方がない。


 そして俺も拒みはしない、むしろこんな美少女が俺のもとに毎日来てくれるなんてことは普通に生きてればそうそう経験しえない出来事だ。

 ならば、この不思議な出会いも俺にとっては幸運だと感謝して、よりよい日々の糧としよう。

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