第21話 特別授業「ギフテッドについて」3

 教室にやってきたのは幸子だった。彼女は相変わらず暗い表情で現れると、すぐさま俺に目を向け、無言で俺のもとへとやってきた。


 もはや見慣れた顔と、今日は少しだけご機嫌なのか、少し口角が上がっているようにも見える幸子の顔、この顔認証能力もここに来たその日から今日まで一緒にいた賜物かもしれない。


「おはようルシオ」


 幸子はいつものようにウィスパーボイスでそう言った。


「あぁ、おはよう」


 これも、もう何度も交わした挨拶、昨日今日会ったような奴だと思っていたが、今となってはもうずっと昔から友達だったような感覚すら覚える。


「ルシオはこんなところで何してるの?」


「特別授業とか言って、いろいろ教えてもらってるんだよ」


「特別授業?」


「ギフテッドのことについて色々とな」


「ルシオはギフテッドについて知らないの?」


「知らない」


「じゃあ、私が教えてあげる」


「え?」


 幸子の思わぬ発言に、教壇に立っていた舞子先生はバタバタと幸子のもとへとやってきた。


「ちょ、ちょっとちょっと八舞さん、今は授業中ですよ、勝手なことはなしですよっ」


「授業、今日は入学式だからないはず」


「ルシオ君は特別なんです」


「ルシオは特別?」


「そうです、彼はまだここにきて間もない人ですから、いろいろ勉強しとかないと大変な思いをするのです」


 なんだか悪くない言葉を言ってもらったような気がしなくもないが、それよりも今は目の前にいる幸子がなぜか俺をじっと見つめてきた。

 それがさっきよりも不機嫌な様子で、俺はなんだか不安になった。そんな、今にも何かしでかしそうな幸子はゆっくりと口を開いた。


「ルシオ」


「な、なんだ?」


 そういうと、幸子は無言で俺の横に置いてあった席に着いた。


「おぉ、急にどうした?」


「私も授業受ける」


「いや、幸子は受けなくてもいいんだろ?」


「いい、それにここは私の席、私が座っても問題はない、授業受ける受けないの問題じゃない」


 そんな強情な幸子は席に着くと、すっときれいな姿勢で正面を向いていた。そして俺は幸子の突拍子もない行動に、たまらず舞子先生に目を向けた。


「あの、舞子先生、これいいんですか?」


「えっと、静かに聞いているならいいですよ、でも八舞さんにはつまらない話かもしれませんが、それでもいいですか?」


 もうしっかり授業モードな幸子はただひたすら正面を向きながら「いい」と淡白な返事をした。


「わかりました、じゃあこのまま続けましょう、じゃあ八舞さんがいるので、せっかくですからバッジホルダーについても説明しましょう、今日はいろいろ説明しますから、ちゃんと覚えて帰ってくださいね氷助君」


「バッジホルダー?」


「はい、ギフテッドは自らのシンボルを見つけ、それを発現することができるようになると、シンボルホルダーとしてガーデンに認められる事となります、そしてその証としてバッジが与えられることになります」


「バッジっていうと校章みたいなもんですか?」


「そうです、そしてなんとお隣にいる八舞さんもバッジホルダーなんですよ」


「へー、幸子はどんなのつけてるんだ?」


 そうして俺は幸子にバッジというものを見せてもらおうとしていると、彼女はなぜか体をそらし、そこにあるであろうバッジを隠すかのように少しだけ身を縮めた。


「なんで、隠すんだ?」


「セクハラ」


「はっ、えっ、違う、別にそういう意味で見てたわけじゃないって」


「嘘、だって私の下着を勝手に洗濯・・・・・・」


「わー、ちょっと待ったちょっと待った、なんだこれはっ、なんでこうなるっ」


 思いもよらないことを口にしかけた幸子に慌てると、彼女はそっぽを向きながら喋る事をやめてくれた。そして舞子先生に顔を向けると、彼女は苦笑いしていた。


「あ、あのールシオ君、次の話に行きますよ、あと、あんまりイチャイチャするようでしたら八舞さんには出て行ってもらいますよ」


「わ、わかってます、ほら、静かにしててくれ幸子」


 舞子先生の言葉に幸子は姿勢を整え、再びきれいな姿勢で前を向きなおした。


「まぁ、とにもかくにもシンボルを見つけない限りバッジを与えられませんし、一人前のギフテッドになるには少し心持たないです。

 ですが、六等星といえど、ここにいるギフテッドの皆さんは、間違いなくギフテッドと認定された方たちです、なのでゆっくりでもいいですから確実にその力を磨いていってくださいね」


「でも、これまでの話的に六等星ってのは相当救いがないように思えるんですけど、そのへんどうなんですか?」


「そうでもありませんよ」


「本当ですか?」


「本当です、じゃあここから本題の個人差の話なんですが、ランク付けはあくまで目安ですので、あまり気にしなくても構いません」


「はぁ」


「それよりも本当に大切なのは・・・・・・」


 舞子先生はもったいぶるようにして口を止めた。そこまで溜める必要があるのかとじっと先生を見つめていると、先生はにっこり笑った。


「努力と根性ですよルシオ君」


「は?」


「努力と根性ですよ」


「努力と、根性?」


「はい、そしてこれが私の伝えたい事です、ギフテッドも人も努力と根性の個人差で決まっているようなものですからね」


「いや、確かに努力する才能とか、そういうのはあると思いますけど、それってどうなんですか」


「どうもこうもありませんよ、ルシオ君に気合と根性さえあれば、あっという間にギフテッドとしての才能を切り開いていくかもしれませんよ」


「そんなざっくりでいいんですか?」


「はい、なので頑張りましょう」


「頑張りましょうって」


「大丈夫ですよ、六等星の方でとてつもない努力と根性で一等星になった人もいますから」


「へぇ、どんな人ですか」


「彼女はすごいですよ、六等星の誇りといっても過言でもありません、彼女がいるおかげでここの皆さんは希望を捨てずにいられるってものですよ」


「そうなんですか」


「はい、彼女は徐々に格付けを上げていき、最後には一等星に到達したんですよ」


「へぇ、もしかしてそれって幸子の事か?」


「どうして私?」


「いや、だって幸子はバッジ持ってるんだろう?」


「持ってるけど私はその人とは違う、その人の方が私なんかより何十倍もすごい」


「ふーん」


 なんだか、思っているよりも気の抜けるような個人差の話に、結局そのあとは幸子と静かに舞子先生の授業を受けた。


 しかも、授業の大半は精神論を話しているようにしか思えず、年齢は関係ないとか、努力すれば報われるとか、とにかく何をやってもうまくいかない連中が聞いたら、ブチ切れるかのような熱血精神論をひたすら叩き込んできた。


 しかし、俺から言わせてもらえば、その精神論とやらも個人差がある。


 努力できる奴とできないやつ、そして努力をせず苦労もせずに他と差をつけられるもの、大体がこの三つで成り立っているようなものだろう。


 だが、六等星の学園といったところなのだろうか、そういう気持ちだけでも負けない生徒を育成するには、舞子先生の言った精神論はもってこいの教育なのかもしれない。


 そして、俺は舞子先生がしゃべくる精神論がそこまで嫌いでもない。


 だから、明日からの学校生活をなるべく真面目に健全に、そして「人間」らしい生活を送っていくことに決めた。


 そんな授業も終わり、熱弁ふるった舞子先生は「今日はここまでです」と言って教室を出ていき、俺は教室で幸子と二人きりになってしまった。


 なんとも言えない空気の中、先に口を開いたのは幸子だった。


「ルシオ」


「なんだ?」


「どこかわからない所ある?」


「そりゃいっぱいあるけど、それはまた舞子先生が教えてくれるだろう?」


「そう」


「あぁ、それよりも幸子はどうしてここに来たんだ?」


「ここが私の教室」


 そういえばここは私の席だとかなんとか言っていたが、本当のことだったようだ、しかし、それにしてもこのだだっ広い教室の中、一人だけの席が用意されている幸子はいったい何者なのだろう。


「幸子って俺と同い年だよな、なんで一人なんだ?」


「・・・・・・」


 質問に対し幸子は無視するかのように黙りこくった。


「お、おーい、聞いてる?」


「おなかすいた」


「へ?」


 まるで質問に答えたくないかのような発言に少しの疑問を抱いたが、彼女の発言には俺も同意であり、ちょうど昼過ぎの俺の胃袋は空腹だった。


「帰ってお昼ご飯を食べたい」


「そうだな、確かに腹が減った、だけどその前に俺の質問に答えてくれないか」


「今日のお昼は何?」


 どうやら俺の質問に答える気はないらしく、彼女は言葉を遮るように昼食を求めてきた。


「そうだな、せっかくなんだから外食でもしてみようかと思ってる」


「家で食べる方がおいしい・・・・・・」


「いや、せっかくなんだから観光がてら外食を」


「無理」


 彼女は頑固な女子高生、こう言い始めた幸子はてこでも動かなそうだ。


「いや、でも俺は外食するぞ、なんかサンドウィッチがうまいって評判らしいんだ、教室の人らが言ってた」


「それは家でも作れる、食材を買って帰ってルシオのおうちで作って食べる」


「いや、自炊はできるけど、せっかくだしなぁ」


「む・・・・・・」


 不満気な擬音、幸子は機嫌を損ねたようだ。


「わ、悪いが俺は外食するって決めたから今から町中を散策する、幸子も一緒にどうだ?」


「私は帰る、家のほうが落ち着く」


「そうか、じゃあまた明日な」


「・・・・・・むぅ」


 幸子はなぜか怒った様子で頬を膨らませ教室をバタバタ出て行ってしまった。


 何をそんなに怒ることがあるのか、そして、どうして俺の手料理なんかを食べたいんだろうか。

 外食したほうがうまいに決まってるし、その方が楽だ。そう思い俺も幸子に続くように教室を後にした。

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