第15話 ギフトガーデン散策
「あ、そうだルシオ」
「ん、なんだ?」
「濡れた服を取りにきた」
「あぁ、それならいまちょうど洗って・・・・・・」
そう、自分でそんなことを言っておきながらようやく自らの過ちに気づいた。
いくら普段から女性者の下着を洗う機会があるからとはいえ、会って間もない女性の下着を洗うという、何ともデリカシーのない行為は、目の前の少しゆがんだ表情をしていると思われる顔が彼女の心情を表しているように思えた。
「人の下着を勝手に洗濯だなんて、さすがの私でも引く」
そしてささやかれる絶望の囁き。
いや、こんな言い回しを使っている場合じゃない、今すぐにでも土下座をしなければならなかったのだが、その前に口が先に動いてしまった。
「ち、違うんだ、いつもの癖がつい出てしまって」
「嘘・・・・・・」
口は禍の元、昔の人はよく言ったものだ、これじゃ俺はただの変態野郎の言い訳でしかない。
「ち、違うんだ、ここの来る前は婆ちゃんの下着とか居候の下着の洗濯をやってたから、その習慣でつい、悪気はないんだっ」
「その嘘じゃない」
「へ?」
「実は洗濯機も壊れたから洗ってもらえて嬉しい、嘘をついたのは私」
「そ、そうなのか」
シャワーも壊れて洗濯機も壊れるとか、まるで俺が疫病神か何かとしか思えない。
「こんなに立て続けにものが壊れるなんて、どうなってんだろうな、ハハハ」
「とても不思議だった、でも、洗濯してもらえてありがたい」
「そうか、それならいいんだけど、あ、えっと下着のことについては本当に悪かった」
「ううん、むしろこっちこそ・・・・・・」
こっちこそ、と、その後の言葉を声に出さない幸子はそのまま黙りこくった。どうやら、また喋りすぎたとでも言ってスライムにでもなるつもりなのかもしれない。
そして、そんな俺の予想が的中するように幸子はその場でだらけ始めた。
「少し疲れた」
「そ、そうか」
「休」
「あ、あぁ」
どうやら、相も変わらずこの部屋に居座るつもりらしい。そんな幸子は置いといて、俺は部屋の整理を始めることにした。いや、この状況の中で平然としている俺もどこかおかしいのかもしれない。
とにかく、段ボールの中は、基本的に私服や日用品の様なものしか入っていないが、それでも整理には時間がかかった。
そんな、忙しくも充実した時間を過ごしていると、いつの間にか昼を過ぎていて、俺の腹の虫がぐるぐると騒ぎ立て始めた。
「腹減ったな」
「ルシオ、おなかすいたの?」
今の今まで無言を貫いていた幸子が急に声を上げた。体も起こしてまるで待っていましたとでもいったような格好だ。
「あぁ、朝から何も食べてないのを忘れていた」
「私もすいた」
どうやら彼女もお腹がすいていたようだ。
「じゃあ、家に帰って食べてきたらどうだ、俺はその辺でなんか買ってくる」
「じゃあ、私もついていく」
「え?」
「ルシオ、このあたりの事よくわからない」
「ま、まぁそうだけど」
「じゃあ行く、さすがにもう雨も降らない」
「そうだな、降らないと思う」
三度目の正直を願いながら恐るおそる部屋を出て寮を後にすると、しばらく歩いていても雨が降り出すことはなかった。
さすがに俺が絶対的雨男だったとしても、そうやすやすと三度目を行使することはできないということか。
そんな、ようやく動き出すことが出来る条件の中、俺は幸子とギフトガーデン散策を始めた。
まず手始めに近くのコンビニから始まり、娯楽施設や食事処に至るまで、こんな身近に便利な店が立ち並んでいることに感動した。この辺りは俺が知っている都会とさして変わりはない。
ただ、俺が住んでいた場所に比べると、店の豊富さが段違いなのと、建物自体がこぎれいでとても近未来的だった。
そして、ここでようやく、俺が当初バカにしていた「ただの都会」という言葉を撤回する気になった。
そんなところで、とりあえずは付近の散策を終えた俺たちは、帰り道に近くにある大型ショッピングモールでこれからの食材やらなんやらも買いこんだ後自宅に戻った。
ちなみにどこから金が湧いて出てきたかというと、驚くことに手をかざすだけで全ての会計を済ますことができてしまった。
幸子曰く、ギフテッドは「格付け」に応じて使用できる料金が設定されているらしく、ギフテッドはその中で生活しているらしい。
俺もまた、いつどこで登録されていたのかわからないが、手をかざすだけで好きなものを買えるようになっていた。それにしても、ここでも等星とやらで差別化されているらしい。
そんなこんなで自宅に戻ると、やっぱりというか、もはや自分の家かのように幸子が家に入ってきて、さらに言うならば俺よりも先に家の中に入っていった。
悪く言えば図々しい、よく言えばよくなついた捨て犬の様な、そんな感じだ。そんな、妙になついてくれた幸子はというと家に入ったものの、リビングで寝てるわけでもなく、なぜか洗濯機の前で突っ立っていた。
「ん、あぁ、そういえば洗濯終わってたか」
「うん、私の服は取り出しといた」
「え、あぁ」
「じゃあ、いったん部屋に戻る」
いったん、そう言い残した幸子は静かな足取りでこの場を後にした。そんな彼女の背中を見送った後、俺は洗濯物に手をやると、それらはなぜかしっとりと濡れており、脱水が不完全の様な感じだった。
おかしい、説明では洗濯から乾燥まですべてこなす超便利洗濯機だと聞いていたばかりに、俺は故障でもしたのかと心配になった。
だからこそ確認も込めて濡れた服を入れたまま、洗濯機にある乾燥ボタンを押すと、すぐに動き始めた。それから数分、俺は監視するように洗濯機をにらみつけていると、洗濯機が電子音を鳴り響かせた。
俺はすぐに服を取り出すと、さっきまで湿っていただった服は、まるでお日様の日光を浴びたかのようにぽかぽかあたたかくなっており、俺は思わずほおずりした。
どうやら性能は抜群に良いらしく、今回だけ誤作動でも起こしたのか、あるいは俺の使用方法が間違っていたのかもしれないと、とりあえず安心して洗面所を後にした。
リビングに戻ると、そこでは床にぺたんと座る幸子の姿があり、彼女は菓子パンを口いっぱいにほおばっていた。
「おはへり、ふひお」
お帰りルシオとでも言いたいのだろうか?
「まるでリスだな」
「ひはう」
「じゃあ、ハムスターか?」
「それはあり」
どういう基準かはわからないが、ハムスター認定を喜んで受け入れた幸子と、なぜか昼食を共にすることになった。
しかし、本当に今日あったばかりとは思えぬこの関係性に俺は多少なりとも疑問を感じている。
だが、独り身で来た身分、こうして話し相手がいてくれることは意外や意外、うれしくもあり俺をどこか安心させてくれていた。できることならこれからも仲良くしてもらいたい。
そんな、奇妙な出会いと、上手くいかない一日を過ごした俺は結局その日、部屋の整理をするだけで終えてしまった。
整頓中、幸子は暇そうに俺を目で追いかけていたがそんな行為にも飽きたのか、気づくといつの間にか俺の部屋からいなくなっていた。
まるで猫か何かでも買っているような気分になったが、幸子はあくまでも人間、彼女のような女子を初対面のうちから出入りさせているなんて、俺はつくづくダメな奴だと思った。
だが、こんなこと今に始まったことじゃないと、少しあきらめモードになりながら忙しすぎる初日は終わりを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます