第14話 濡れる、着替える

 そんな人の影に俺は思わず声を上げて驚くと、扉が再びノックされた。


 そして、ノックの音の後に聞こえてくる「ルシオ」と呼ぶ女性の声。そんな声に俺は思わず首をかしげた、しかも聞き覚えがある声であり、俺はおそるおそる返事してみることにした。


「だ、誰だ?」


「私」


 私と言った声はどこか聞き覚えのある声であったが、俺はすかさず二度目の質問をした。


「わ、私って誰だ?」


「さっきまで一緒に居たのに、もう忘れた?」


 さっきまで部屋にいて、しかも聞き覚えのある声・・・・・・あぁなるほど、これは幸子に違いない。


 だが、この短時間で、初対面だったはずの俺たちがこんなに切っても切っても切れない関係を続けているのは、もはや何かしらの因縁があるとしか思えない。


「さ、幸子か?」


「うん」


「こんなところで何やってんだよ」


「シャワーを貸して欲しい」


「え?」


「家でシャワー浴びようと思ったら、シャワーが出なくなった、こんなこと初めて、だから貸して欲しい」


 初めてシャワーが壊れる、もしも、これが俺がここにやってきたことによる影響だったりしないだろうか?


 いや、とにかく、そんな俺のせいかもしれない不安に苛まれた俺は今すぐにでも幸子にシャワーを貸すことの決めた。


 というよりも、雨で濡れた幸子をほっておくことはできない。


「わ、わかったから、ちょっと待っててくれ」


「貸してくれるの?」


「当たり前だろ、そうでもしないと幸子が風邪引くからな。もう出るから待っててくれ」


 俺はいそいでバスルームから出ると、目の前にはびしょびしょに濡れた幸子がたっていた。あられもない幸子の姿に俺はすぐに視界をふさぎ幸子に背を向けた。


「ななな、なんで目の前に居るんだよっ」


「シャワーかしてくれるって」


「お、俺が上がった後だって」


「そう」


「も、もういい、好きに使ってくれ」


「え、でも」


「気にするな、しっかりあったまれよ」


「う、うん」


 バスタオルを一枚腰に巻き、逃げるようにリビングへと向かうと、今日の気温が暖かかったおかげもあって、タオル一枚の姿でも全然苦じゃなかった。


 むしろ、この姿のほうが心地よく思えるほどだ。


 これなら別に風邪もひかないだろう、いや、でも幸子は病弱そうだから風邪引きそうだな、やっぱりさっさとシャワーを貸して正解だったのかもしれない。


 まぁとにかく、いくらなんでもこのままでは落ち着かない俺は、リビングに置かれている段ボールの中から衣服が入っているものを探すことにした。


 すると、ひとつの段ボールに学ランが入っているものを見つけた。おそらくこれがこれから通う六根学園の制服なのだろう。


 中学の頃も学ランだっただけに、ここでも学ランが着れる喜びを感じつつ、俺は試しに学ランに身を包むと、サイズがぴったしでとても着心地がよかった。


 ただ、おろしたての服という事でどこか硬い、まぁ、上着なんてほとんど羽織みたいなもんだからな。


 しかし、つくづく仕事が早いというか、もう制服まで用意されているとは思わなかったな。


 それに採寸だってされてないのにこのジャストフィット、まぁ、ここら辺はさすが世界で最も進んだ国であるギフトガーデンといったところか・・・・・・おそらく関係ないと思うけど。


 しかも、ほかの段ボールには生活用品が何から何までそろえてある。


 嬉しいのは嬉しいが、これらを用意してくれたのはいったいどこの誰だという事だ。

 何をそこまでして俺をこんなところに向かわせたかは知らないが、そのおかげか初日から大変なことばかりだ。


 変なレッテルを貼られるし、そのくせ超能力者としては最低ランクに位置づけられるわ、もう何が何だかわかったもんじゃない。

 まぁ、だからといってそんな事を愚痴れる相手がいるわけでもない、だから俺は腹いせに荷物整理に取りかかることにした。


 荷物には、俺の私服から私物に至るまでありとあらゆるものが段ボールに詰め込まれていた。

 そして何よりも嬉しかったのが、俺がついこないだまで着ていたお気に入りの学ランがはいっていたことであり、それだけは婆ちゃんに感謝するばかりだった。


 着古し、くたびれた学ラン、思い出の品っていうのはそこにあるだけでうれしいもんだ。それほどこの学ランにはいろんな思い出や経験値がたっぷり詰まってる。


 何ならこれを着れば全ステータスアップくらいするんじゃないだろうかと思えるほど心底愛着ある学ランを眺めていると、ふと、背後に気配を感じ、すぐに振り返った。


 すると、そこにはバスタオル一枚を体に巻き付け、体をびちゃびちゃに濡らした幸子の姿があった。そのあられもない姿に、俺は何も悪いことをしていないのにうつむかざるを得なかった。

 

「一体、どうしてこうなるんだ」


「ルシオ、服がない」


「あ、あたりまえだろ、早く自分ちに戻って着替えて来いよ、あと床がびちょびちょのびちょだ」


「そうか、着替えてくる」


 そうしてペタペタと音を立てながら玄関を飛び出した幸子はまるでカッパのようだった。

 そんなかわいいカッパこと八舞幸子は、フローリングをびちょびちょにして行くという、妖怪さながらの迷惑行為をはたらいていった。


 まるで嫌がらせとも思える所業に、俺は段ボールに入っていたタオルを生け贄にフローリングを拭き始めることにした。

 玄関から続く、水で出来た足跡を追いかけながら拭くことしばらく、たどり着いた先は勿論風呂場だ。


 風呂場には俺が脱ぎ散らかしたものは勿論、幸子のものまで脱ぎ散らかされていた。そんな、思わぬ代物の登場に、すぐさま散らばった衣服たちをかき集めて洗濯機に突っ込んだ。


 そして、実家にあるものに比べて、はるかに性能が良さそうな洗濯機を前に俺は試行錯誤の上ようやく回し始めることに成功した。説明書によるとほとんどのことを自動でやってくれるらしく、最後には乾燥までしてくれるらしい。


 こんなにも便利なものがあるのかと、関心しながらリビングに戻るとちょうど幸子がいた。


 もはやインターフォンなど必要なし、まるで通い慣れた場所のように当たり前に入ってくる幸子はまた制服に身を包んでいた。

 しかしあれだ、この人はどこかずれているというか、今日あったばかりの男とよくこれだけ一緒にいれるな。


 ここまでくると、幸子が俺のことをすでに後天性ギフテッドだということを知っていて、俺を調査するためにやってきたスパイなのかもしれないと思えてしまう。


「なぁ幸子、なんで制服着てきたんだ?」


「それはこっちの台詞」


 ご名答、てめぇが言うなとはこのことだ、俺も制服を着ている。なんてったってこの学ランってば着心地がいい上に、デザインも渋くてかっこいいんだこれが。


「あ、いや、俺は何というかこれがしっくりくるというか安心するというか、まぁそんな感じで」


「私も」


 どうやら幸子もまた俺と同じ趣味の持ち主らしい。


「そうか、気が合うな」


「うん」


「「・・・・・・」」


 しかし気まずい、一応面識があるとはいえ、まだあって間もない女子と二人きりとかこれいったいどういう試練なんだろうか。


 それに幸子も幸子だ、一体全体どういう理由で俺みたいなやつの家に転がり込んでいるんだ、いくらチンピラから助けたとはいえ、初対面である俺のところにシャワーを借りに来たり、堂々と部屋に入ってきたりするか?


  そんな、ますます怪しく思えてくる謎の女を前に、押し黙っていると、幸子は何かを思い出したかのように口を開いた。

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