第13話 雨男幸女
目の前に現れたのは、まるで幽霊のように突如として現れた幸子だった。彼女は相変わらずの無表情で俺を見つめていた。
「うわ、いつの間にっ?」
「いつのまにも何も、ずっと一緒にいた」
「ずっと一緒って、いつから?」
「二人が家を出た時から、ちなみに私はルシオのお隣さんだったりする」
「お隣さん?」
「そう」
「な、なんで声かけてくれないんだよ」
「忘れてた」
「忘れてたって・・・・・」
「それよりも案内人、必要?」
「それも聞いてたのか?」
「うん」
なんだか幸子に頼むというのもそれはそれで心配だったが、それでも舞子先生よりかはましかもしれない。
何より、六根寮まで連れてきてくれた幸子の方がまだ信頼できるかもしれない。
「そうか、じゃあ頼んでもいいのか?」
「おまかせ」
そういって幸子は少しだけ微笑んだ、まさに微笑という名にふさわしいものだ。
人によってはわからないんじゃないかと思える、その小さな感情変化を俺はわずかながらに感じ取れたような気がした。
まぁ、それはさておき、これまた都合よく案内してくれる人が現れてくれたのは助かった。
しかし、なんというかここにきてから彼女に世話になりっぱなしだ、それこそ、これを機にお礼でもしたほうがいいのかもしれない。
何てことを思った瞬間、つい数分前にも経験したような雨が俺たちに振りかかってきた。
突然の雨に、少しばかりの笑顔を見せてくれていたような彼女の顔が、一気に暗いものに変わってしまった。
幸子は暗い表情の場合は、だれがどう見てもわかるくらい不幸そうな顔をする。
それ故に、こんなにも人の表情落差を観ることがなかった俺は、彼女の二面相に笑いがこらえきれなくなった。
そして、またもや雨男を発動してしまったのかもしれないという事に呆れ、もはやどんな顔をしていいのかわからない状況の中、幸子は口を開いた。
「なにこれ?」
幸子は雨に打たれ続けながら空を見上げていた。
このときほどカメラを持っておけばよかったものだ、そう思えるほどの見事な被写体ぶりを披露した彼女は、びしょ濡れでとても美しく見えた。
「い、いやぁ、さっきもこんな感じだったんだよなぁ、降ったり止んだりで大変だなここは、ははは」
「違う、今日の天気はおかしい」
「そ、そうか、よくあることじゃないんのか?」
「ない、ガーデンの天気予報は絶対」
「へ、へぇ、みんなそう言うなぁ」
「間違いない、これは海賊の仕業・・・・・・」
どうやらここの天気が必ず当たるというのは間違いないらしい、とすれば俺が今日ここにやってきたこの日から、それはあてのならないただのポンコツ予報機になるかもしれないが、その辺は大丈夫なのだろうか?
とにかく、再び起こったスコールから避難するように俺たちは再び六根寮へと戻った。すると、俺の玄関の隣には
そして、隣にいる幸子の顔が少しばかりどや顔をしているように思えたのは気のせいかもしれない。
とにかく俺はこの濡れた体を温めるため、家に戻ってさっさとシャワーでも浴びることにした。案内はまた雨が止んだ後にでもしてもらおう。
それにしても、結局のところ、ここに来てからまるっきり物事が上手くいっていない、まぁ元より上手くいく人生など味わったことないのだから、俺という人生としては平常運転なのかもしれない。
しかし、俺の心的には物事が穏便に、そしてうまく進んで欲しいのだ。
そしたら今日だって舞子先生にギフトガーデンの案内をしてもらい、希望に満ちあふれたポジティブな始まりを迎えることが出来たかもしれない。
それが、突然の雨に打たれて、迷子になって、チンピラ相手にして、町案内を放棄されて、そして再び雨に打たれる。もはや、何度考えたか忘れるほど、今のような状況を呪い、もの思いにふけっただろう。
以前なら、ばあちゃんやエミリがこんな俺をひっぱたいたり馬鹿にして忘れさせてくれたが、これからは違う、俺は一人でこの苦難に立ち向かっていかなくちゃいけない。
そう思ったらどうにも気分が落ち込んでしまいそうになった。
だが、そんな不幸の中に現れた幸子という女性の登場が俺のネガティブな心を何とかポジティブに変えてくれていたような気がした。だからこそ、俺はこれからの生活を楽しく過ごしていくことに決めた。
『コンコン』
そう、明るく楽しく平和的に物事を進める、そしたら暗いことを考える暇がなくなってそれはそれは楽しい・・・・・・
『コンコン』
ん、何の音だ?
シャワーの音に紛れて、まるで何かをノックしているかのような音がする。俺はすぐにシャワーを止めて音の所在を確かめるべく耳を澄ませた。
しばらくの無音が続いた頃、突如として先ほどから聞こえている『コンコン』という音が聞こえてきた。そしてそれはバスルームの扉から聞こえてきており扉には人影のようなものがたっていた。
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