第10話 六根寮《ろっこんりょう》
日本昔話のような展開に驚きつつも、目的地である六根寮の住人と自称する女子学生の後を追って歩くこと数分、あっという間に目的地へとたどり着いた。
こんなにも簡単にたどり着くことが出来るのに、何を遠回りしていたのだろうと少し憂鬱になった。
だが、それを振り払うかのように目の前に立つ建造物は俺を驚かせてくれた。
目の前には立派な建造物が建てられており、美しいレンガ造りの寮は誰がどう見ても学生が住んでいるとは思えないものに見えた。
あたりまえの様に、こんな場所を紹介してくる女子学生を前に、少なからず疑いの目を向けたくなった。
「こ、これが六根寮?」
「そう」
彼女はこくりと頷いてみせると、何かを指さした。
指差した先にある寮の門には「六根寮」と書かれたプレートがあり、ここが間違いなく目的地である事が証明されていた。
そして、それと同時に俺の心は高ぶった。
この胸の高鳴り、それはつまり目の前にそびえる魅力的な建物、誰にも気を使うことなく、何におびえることなく気兼ねの無い生活ができるという事に心が喜んでいるのかもしれない。
「すげぇ」
「え、なにが?」
「いや、この寮がですよ」
「・・・・・・どこが?」
どうやら彼女と俺とでは価値観が違うようだ。
「い、いや、こういう所っておしゃれでお金持ちの人しか住めないってばあちゃんが言ってたので」
「そんな事ないと思う」
「そ、そういうもんですか?」
「うん、ここはガーデン内でも一番ランクの低いところ、他はもっと豪華」
「え?」
「もっと豪華、ここは一番ランクが低い、六等星の学生はみんなここ」
「え、これよりも豪華なところに住んでる学生がいるんですか?」
「うん、でも私はこれくらいのほうが居心地がよくて好き」
「そ、そんなバカな、これ以上豪華な寮があるわけないじゃないですか」
「ある、もっといい所に住んでる人もいる、メイドさんもついてるらしい」
「め、メイド?」
「うん」
どうやら、俺はとんでもない所にやってきたようだ、あるいはこの場所の感覚というものは俺が元いた場所なんかに比べると、天と地ほどの差があるだけなんだろうか?
「と、とりあえず部屋を見に行きたいな」
「ん、何号室?」
「えっと、それは分かりません」
「行けばわかる」
そうして、女子生徒に連れられるがまま寮の中へと入ると、入ってすぐの所にまるで受付らしきおばあちゃんがいた。だが、おばあちゃんはぐっすりと眠っている様だった。
「あ、あの人は?」
「管理人さん、私が来た時も寝てた」
「へ、へぇ、とりあえず挨拶でも」
「うん」
管理人らしきおばあちゃんに声をかけると、おばあちゃんはゆっくりと目を覚まし、俺を見つめて微笑んできた。
「あ、あの、今日からお世話になる猫宮ですけど」
「あぁ、聞いてるよ、猫宮君ね」
「はい」
「三階の三〇三号室だよ」
おばあちゃんは銀色に輝くカギを手渡してきた。妙に重みを感じるそのカギをぎゅっと握りしめた。
「ありがとうございます」
「はいはい」
随分とスムーズで、物分かりの良いおばあちゃんだ。しかし、ここに来てからのことを考えると、これだけスムーズだといろいろ心配なる。
だが、あこがれの一人暮らしが待っているかと思うと、そんなことどうでもよくなった。
俺はすぐさま階段を駆け上がり三〇三号室がある三階へと向かうと、それと同時に道案内してくれた彼女がエレベーターから現れた。
これは個人的な見解だが、エレベーターがこんなにも早く到着するのも俺には驚きだった。そして彼女は当然のように息切れすることなく俺の前に現れた。
「あれ、エレベーターってそんなに早かったっけ?」
「エレベーター早い、階段は疲れる」
「そ、そうか」
「そう」
三〇三号室へとたどり着くと、表札に「猫宮」という姓が刻まれた表札が掲げられていた。
仕事が早いというか、なんというか、俺はすでにここに来ることが決まっていたかのような状況に疑問を感じたが、目の前の誇らしい表札を前にしたら、たまらずその表札を撫でたくなってしまった。
そして表札をなでていると、女子学生が俺の顔をのぞき込んできた。
「表札、気になる?」
「表札ってのは心が満たされるっていうか、なんというか、感慨深いんですよ」
「ふーん」
「はい」
なんだか興味がなさそうな反応に余計なことを話してしまったと思いつつ、俺は念願の一人暮らしの扉を開くことにした。
「いざ」
「うん」
いざ中へ、そう思ったのだが、俺はここで一つの疑問が生まれた。
そう、それはここまで案内してくれたこの正体不明の女子学生である。確かに俺がたまたま助けて、しかもそのお礼に道案内までしてもらったのはいいんだが、俺は彼女の名前も知らない。
そして、そんな彼女は俺と共に家に入ろうとしてきているような気がする。
そう思った俺は、ゆっくりと振り返り背後に立つ女子学生に目を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「はいらないの?」
「い、いや、ここまで案内してもらってあれなんですけど、誰でしたっけ?」
「私?」
「はい、あ、ちなみに俺は猫宮ルシオっていうんですけど」
よくよく考えれば、自己紹介もしていなかった。こういうところが不用心だってエミリにも言われたことがあるが、その通りかもしれない。
「ルシオ」
「はい、それで、あなたの名前は?」
「・・・・・・」
しばらくの沈黙が流れた。まるで言いたくないかのような空気の中、俺はすぐにでも先ほどの質問を撤回しようと考えていると女子生徒はようやく口を開いた。
「や、八舞
「八舞幸子さん」
「そ、そう」
「あ、え-っと八舞さん、ここまで連れてきてもらってありがとうございました、本当に助かりました」
頭を下げてお礼を言った。そして顔を上げると、八舞さんはなぜか驚いた様子を見せていたが、すぐに少しだけむっとした表情になった。
「気にしなくていい、あと幸子でいい」
どうやら名前で呼んでほしかったのか、八舞幸子と名乗った女子生徒は少し口調を強めてそんなことを言った。
そしてどことなく怒った様子の彼女は一歩踏み出して幸子と呼ぶことを強制するかのように威圧してきたように思えた。
「え?」
「幸子でいい」
「あ、あぁ幸子さん」
「さんはいらない」
「いや、でも・・・・・・」
「ルシオはいくつ?」
「俺は15ですけど」
「じゃあ同い年、だから呼び捨てでいいし、敬語もいい、気軽に話して」
なるほど、同い年なら気を使う必要もないか。
それならそれで、気が楽だからいいが、性分からして気軽に話すなんてできない。そしてなにより、見た目とは裏腹に幸子は積極的な女性のようだ。
「そ、そうか?」
「さんを付けると面倒、幸子だと三文字で済む、それを「さん」をつけて五文字に増やすことはとても・・・・・・」
「とても、なんだ?」
幸子は喋るのをやめた。それがどういう理由なのかはわからないが、突然の沈黙に俺はどうすればいいかわからなかった。
ただ黙り込む幸子の表情がどことなく気の抜けたカバのようでありそれはそれでおもしろかった。だが、話の途中で言葉をきられるとなんだかむずむずしてきて俺はたまらず幸子に尋ねた。
「と、とてもなんですか?」
「しまった、喋りすぎた・・・・・・」
「え?」
「辛い」
「え、何がつらいんですか?」
「・・・・・・」
黙った幸子はその場でしゃがみこんだ。
「お、おい幸子、大丈夫か?」
「だいじょぶ」
「いや、でもなんか様子がおかしいぞ」
「疲」
「つか?」
「れたー」
「ちゃ、ちゃんと最後まで言えよ」
「ルシオ、家で、休ませて」
そういうと幸子は俺に手を差し伸べてきた。
どうやら、幸子はここまでの道のりにかなりの疲労を感じたようで、彼女からは動く気配が感じられなかった。
そんな状況の中、俺はまるで犯罪者か何かのように無抵抗な女子生徒を自宅に連れ込むことになった。
部屋の中には、大量の段ボール箱がおかれており、そんな段ボールで埋め尽くされた部屋のフローリングに幸子を寝かせた。
とりあえず幸子が元気になるまで放置するとして、俺はたくさん置かれた段ボールの中身を確認することにした。
どうやら中身は生活用品らしく、中には俺の私物も紛れていた。俺の知らないところで色々な事が動いていたらしい。
そして、あらかたの確認を終えて再び幸子に目を向けてみると、彼女はフローリングに力なく寝っ転がっており、それはもう居心地よさげに瞼を閉じてむにゃむにゃとした様子を見せた。
よほど疲れていたらしい。
しかし、それにしてもこの幸子という人はよく初対面の相手の家に転がり込んで無防備に眠れるものだな、なんだか色々心配になってくる。
しかし、それと同時にさっき会ったばかりの女子学生を家に連れ込んでいる現状に多少なりとも心配になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます