第9話 迷子とチンピラと女子学生

 決して引いてはいけない状況だが、暴力沙汰はごめんだ、何とかひきのばして和解に向かえるようにしたい、いや、そうするべきだ。


「あ、いや、暴力はダメだ穏便にいきましょう、別に喧嘩がしたいわけじゃないんですよ」


「どこのどいつかは知らねぇが、俺達に歯向かったらどうなるかってのを教えてやらねぇとなぁっ」


 そういって、思い切り殴りかかってこようとするチンピラは、勢い良く俺に向かって走りながら突っ込んできた。

 そして、振りかぶる拳が向かってくると、俺はその拳をかがんでよけた、すると、勢い余ったのか、チンピラは俺の背中に体をのっけてきた。


「お、おわっ」


 チンピラが背中に乗っかっている、そんな状況に、俺はすかさず体を起こし、柔道の一本背負いのようにチンピラの体を浮かせた。すると、チンピラはそのまま地面にたたきつけられた。


 地面にたたきつけられたチンピラは、衝撃で呼吸もままならないのか、苦しそうにうめき声をあげながらもがいた後、力尽きた。

 まさか、何もしなくても柔道ってのが出来ると思わなかった俺は、こみあげてきた笑いを少し吐き出した。


「ふははっ」


 そうして少し笑っていると、何やらざわざわとうるさい声が聞こえてきた。それらはチンピラ達から発せられており「合気道だ」とか「合気道をやってやがる」とか「合気道に違いねぇっ」などという言葉を連呼していた。


 あぁ、柔道じゃなくて合気道の方だったのか。


 偶然の産物に苦笑いしながら、残りのチンピラ達に目を向けると、その瞬間、先ほどまでいかつい顔をしていたチンピラどもが顔を青ざめさせた。

 そして「合気道にはかなわねぇっ」などという捨て台詞をはいたかと思うと、一目散に逃げて行ってしまった。


 簡単に逃げて行ってくれたチンピラどもを見届けた後、一人取り残され、ペタンと座り込んでいるパーカー姿の人のもとへと駆け寄った。

 よく見るとブレザーにスカートという女子学生と思われる姿、そして口には棒付き飴を加えているようで、カラコロと音が聞こえてきた。


 女子学生は何も喋ることなく、クマのキャラクターが特徴的な防犯ブザーらしきものを抜き差ししていた。

 すると、防犯ブザーからは可愛らしい声で「タスケテー」という悲鳴が鳴り響かせていた。


 俺が利いた声の正体はこれだったらしい。


「あ、えっと、こんなところにいるとまた変な奴に絡まれるから気をつけて、じゃあ」


 地面に座り込む女子生徒に手を差し伸べると、彼女はフードで隠れた顔をわずかにのぞかせ、きれいな瞳で俺を見つめてきた。


 思わず見惚れそうになるきれいな瞳は、何度か瞬きして見せた。


 それは、まるでモールス信号でも送っているかと思えるほどの回数とタイミングであり、俺は少し戸惑った。

 ただモールス信号なんてわかりもしない俺は、顔色が悪くおまけに無表情な彼女を前になすすべなく立ち尽くした。


 まぁ、さっきまであれだけの人数のチンピラに囲まれていたのだから、顔が青ざめるのも仕方がない、そう思いながら彼女を見つめていると、その人は突然口を開いた。


「ありがとう、でも大丈夫」


 細く息のかかった弱々しい声、しかし確実に俺の耳に届いた彼女の声は、どことなく心地の良いものに聞こえた。


「そ、そうですか」


「うん」


 彼女はゆっくりと立ち上がり制服を手ではたきながら汚れを落とす様子をみせた。どうやら見た目よりも精神力のある人らしく、そんな彼女にすぐさまこの場から立ち去ることにした。


「じゃ、俺はこれで」


「どこに行くの?」


「え?」


「地図を片手に困り顔」


 突然の質問に的確な状況把握、そして、思えば俺はこのギフトガーデンで迷子になっていたのだった。


「あー、えっと、実はここの案内してもらってた所なんですけど、案内人がいなくなってしまって」


「ここ、初めて?」


「地図はあるんだけど、わかんなくてですね」


「見せて」


 そういうと女子学生は俺に近づき、地図を覗き込んできた。


 その距離にして数センチ、今日は女性とよく顔を近づけるものだ、そう思うと不思議と顔が熱くなってきて、心臓が高鳴り始めた。


 これは今までにない初めての反応だ、エミリでも四方教授でも感じた事のない初めての感覚、そんな不思議な感覚に、俺はしばし女子学生を見つめていると、まるでその視線に気づいたかの様に女子学生が見つめ返してきた。


「い、いや、なんでもない、すみません」


「どこに行く?」


 唐突に投げかけられた質問は俺の願いを見事にかなえてくれそうな言葉だった。


「え?」


「どこに行く?」


「あ、えっと、この場所なんですけど」


 俺は道中先生から教わっていた目的地を地図で指し示した。


「六根寮?」


「ん、六根寮?」


 なんだか奇妙な言葉が聞こえてきたが、目の前の女子生徒は俺の目的地について心当たりがある様子だった。


「あなたが行きたいところ、私が連れてってあげる」


「え?」


「私はそこにすんでる、だから案内をできる」


 思わぬ救世主の登場に俺はたまらず鳥肌が立った。


 しかし寮の案内をできるとなると、先輩になるのだろうか、いや、それにしては制服があまりにもきれいすぎる。


 そう、まるでおろしたてのようなものあり、どうにも一年間着続けたものとは思えないような・・・・・・あくまで主観だがそう見える。


「本当にいいんですか?」


「助けてもらった恩返し」


「なるほど、日本昔話ってのはこういう感じなのか」


「何?」


「い、いや何でもないです」


「ついてきて」

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