第6話 先生と汗と未知案内

 能力診断も終わり、俺と四方教授はギフトガーデンの入り口らしき場所に立っていた。遠くには、大都市の風景が見えていたが、今いる場所はそんな大都会とはかけ離れた殺風景で何もない場所であり、どこか密入国でもしているかのような感覚になった。


 そんな中、俺の隣では四方教授がしきりに時計を気にした様子を見せており、苛々と指で拍子をとっていた。

 まるで誰かを待っているかのような教授をじっと見つめていると、俺の視線に気付いたのか、にっこり微笑みかけてきた。


 つくづく感情表現が上手な人だ、研究者と言ったらもっとクールな人だったり、陰気だったり、狂った人ばかりかと思っていたが、この人はそういう人たちとはかなり違うようだ。


「ルシオ君、どうかした?」


「いや、誰か待ってるのかなと思いまして」


「あぁ、うん、あなたの世話役を待っているんだけど、全然来ないの」


「世話役?」


 もしやメイドさんみたいな人が俺の面倒を見てくれたりするのだろうか?


「といっても、メイドさんのような可憐なものじゃなくて、ただのパシリよ」


「あ、あぁ、パシリですか、それはそれは」


「ん、その様子だとメイドさんが欲しかった?」


「いや、別にそんなことは一言も言ってないですよ」


 そう、一言も言っていないが頭の端っこではそんな人が来ないものかと思っていたのが、どうしてこの人に見透かされたのだろう。


 もしやこの人もまたギフテッドの特別な力の持ち主だったりするのだろうか?


「うーん、まぁ、ルシオ君が欲しいっていうならメイドをつけてもいいけど、どうする?」


「いや、いらないですって、一人のほうが気が楽ですよ」


「そう、あなたにならつけてもかまわないとは思うけど、まぁメイドについてはまた考えとくわ」


「あの、別にいらないですし考えなくていいですから、っていうか、メイドなんて時代錯誤でしょう」


「そう、じゃあ一人暮らしね」


「はい」


「でも、寂しくなったら連絡してね、いつでも遊びに行くから」


「あの、今日あったばかりの人にそんなこと言えませんよ」


「ざーんねん、遊びに行きたかったなぁ、ルシオ君の家」


「からかわないでください。それよりも、俺はこれからどういう生活をしていけばいいんですか?」


「それはね、これから来るパシリが教えてくれるわ、そして私は本気よ」


「・・・・・・」


 本気、何が本気なのかはできる限り考えない方向にしないといけないだろう。


「うふふ、じゃあいつでも連絡してね、研究キットと一緒にあなたの家に伺います」


「んなっ、それってやっぱり、俺を解剖するつもりとかそういう魂胆ですか?」


「ふふふ、どうでしょー」


 恐ろしい発言だ、そんな恐怖を抱生きつつ俺と四方教授は汗をかきながら数十分も待っていた。


 すると、遠くの方から一人の人が手を振りながら俺たちのもとへとやってきた。その姿に待ち人来たりといった様子で四方教授は安堵の表情を見せた。


 そして、やってきた人はスーツ姿でポニーテールを尻尾のように振り乱し走ってきた。


 おそらく女性と思われるその人は、走りつかれたのかふらふらとした様子で俺たちのもとへとたどり着いた。すると、その人がたどり着いたところで四方教授は一目散にそのスーツの女性に詰め寄った。


「先生、遅いっ」


 どうやら待ち合わせていた人で間違いないのか、四方教授はポニーテールの女性を「先生」と呼び、たしなめるかのように声をあげた。


 四方教授の声に、まるで反応しない先生と呼ばれた女性は、息を切らしながら膝に手をついており、息を整えること数秒後に、ようやく顔を上げた。


「す、すみませぇん、少し道に迷ってしまいまして」


「またですね先生、いい加減ここに慣れなさいといっているでしょう」


「す、すみませぇん」


「謝ればいいってものじゃないの、これで何度目だと思ってるのっ?」


 そうして説教タイムが始まったところで、俺は仲裁もかねてようやく現れた先生のことについて尋ねてみることにした。


「あの、四方教授」


「何?」


「この人は?」


「あぁ、彼女はね」


 今まさに、四方教授が説明を始めるところに先生と呼ばれた女性が、まるで「待てっ」と言わんばかりに手を突き出してきた。


 そんな、突然の行動に四方教授は驚いた様子をみせていたが、すぐにためいきをついて「やれやれ」といった様子で首を横に振った。


 そして、手を突き出した先生と呼ばれた女性はようやく息を整え終えたのか、胸に当てていたもう片方の手をおろしてゆっくりと体を起こした。銀縁眼鏡にパッチリおめめ、四方先生が美人だとすれば、この人は可愛いというところだろう。


「私は、舞子 花子まいこ はなこと申します、職業は教師をやっています、よろしくおねがいしますっ」


 元気よく自己紹介した舞子先生はきりっとした表情でそういった。


 遅刻しておいて、よくもまぁそんなことが言えるものだ思っていると、舞子先生は俺に駆け寄り握手してきた。

 すると、水分を感じられるほど濡れた手で握手された俺は思わずその手を離そうとした。

 だがそれを舞子先生が許してはくれず、がっちりとつかんだ状態を維持させられた。


「あ、あはは」


 そんな、状況の中、思わず笑いを漏らすと舞子先生は不思議そうに俺を見つめてきた。どうやら自分がとんでもない量の手汗をかいているのに気づいていないようだ、いや、それとも何も考えていないのだろうか?


「どうしたんですかルシオ君?」


「いえ、何にもないですよ舞子先生」


「そうですか」


「は、はい・・・・・・」


 そうしたところで舞子先生はようやく俺の手を離した。


 このびしょびしょに濡れた手をズボンで吹きつつ、あとは照り付ける太陽で乾かしてもらうことにした。


 太陽に手をかざすと、手のひらに残った水滴がきらきらと輝いてきれいだったが、それは舞子先生の汗だ。


 これをきれいだと言ってしまう自分自身の感性に驚きだが、そんなことはどうでもよく、そういえば舞子先生が俺の名前を知っていたことに少しだけ疑問を感じた。


「あれ、そういえば、舞子先生はなんで俺の名前知ってるんですか?」


「もちろん知っているに決まってるじゃないですか、ルシオ君」


「ちなみに、どうしてですか?」


 質問しておいてなんだが、俺はなんとなくこの先の言葉がわかるような気がした。

 しかし、そんなネガティブが許されるわけもなく、すぐさま脳内では事前に名前を聞いていたとか、四方教授から聞いていたとか、そんな普通の妄想が広がった。


 そう、絶対に「後天性ギフテッド」だからだとかいうまるで奇人変人を珍しがるような理由でないことを願うばかりだ。


「それはもう、世にも珍しい後天性ギフテッドだと聞いていますからね」


 どうやら、もう俺は後天性ギフテッドという呼称からは逃れることはできないようだ。


「そ、その呼び方はどうなんでしょうか」


「ふふん、なめてもらっちゃ困りますよルシオ君、私は何でも知っているんですよ」


 なぜかどや顔の舞子教諭の頭を、四方教授がポンと書類で叩いた。すると舞子先生はその衝撃で眼鏡をずりおとした。


「あてっ」


「こら、教師であるあなたがそのような態度でどうするんですか、教師たるもの、もう少し礼節をわきまえて、子どもたちの模範となるような行動をとりなさい」


「あぅっ、すみません」


「わかればよろしい」


「は、はいぃ」


 どうやら四方教授には弱い様子の舞子教諭は、しゅんとした様子をみせると、ずり落ちた眼鏡姿のまま俺に頭を下げて「ごめんなさい」と言ってきた。そして四方教授は、手に持っている書類を舞子先生に手渡した。

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