第5話 不穏な検査と良い匂い

 部屋の中には、椅子が一つとそれに寄り添うようによくわからない機械がおかれているだけという、なんとも殺風景な部屋だった。


 すると、四方教授がその一つしかない椅子に座るよう促してきた。


 俺は指示通りは椅子に座り、あたりを見渡していると。正面には大きなガラスが張られているに気づいた。


 そして、そのガラスを隔てた先には、まるで俺を観察するかのように一人の女性研究者がじっと見つめていた。


 なるほど動物園の動物たちはこういう気分なのか、これはなかなか気分の悪いもんだ。そう思いながらこちらも正面の女研究者を見つめていると、彼女はなにやら顔を歪めながらいそいそと身を隠した。


 その相当な慌てぶりに、近くに置かれていたであろう紙やら、なんやらが舞い上がっている様子が伺えた。


「だ、大丈夫なんですか?」


「ん、なにが?」


 四方教授は不思議そうに俺の顔を覗き込んできた、そして、彼女の手には数多の機械やら線が絡みついていた。


「いや、何でもないんですけど、そのごっちゃになった線はなんですか?」


「あぁ、これからテストをしようと思ってるんだけど、これがなかなか厄介でね」


 四方教授は必死に腕に絡みついたコードをほどいていた。


「ところでテストってなんですか?」


「入国審査みたいなものね、あなたに本当にギフテッドとしての才能があるかどうか確かめるのよ、あともう少しで解けるわ」


 なんだかワクワクとした様子の四方教授、その笑顔が、最近見たホラー映画に出てきたマッドサイエンティストにそっくりだったことを思い出した。


「ち、ちなみにですけど、もしも、ギフテッドとしての才能がなかった場合はどうなるんですか?」


「勿論、強制送還よ、ここはあくまでもギフテッドのための場所だから容易に人の出入りが許されていないのよ、へへへ、ほどけたわよぉ」


 その笑顔は、先ほど解剖がどうのこうの言っていた時と同じ笑顔であり、少なからず恐怖を抱いた。


「へ、へぇ、そうなんですか」


「大丈夫よ、あなたにはちゃんと才能があるって聞いてるから強制送還はないわ、たぶん」


「たぶんですか?」


「あぁいやいや何でもない、ほら心配しないですぐに終わるからぁ」


 そういうと、四方教授はまるで俺の頭を抱きしめるかのように腕を回してきた。


 そして視界に広がる四方教授の胸元。俺はそんな光景にたまらず目をつむった。布がすれる音と、四方教授のなまめかしい吐息、さらには脳がとろけそうな甘くて良い香り、それらが組み合わさり、俺の心にはもやもやとした気持ちがあふれてきた。


 ただ、そんな中「スンスン」とまるで匂いをかいでいるような音が聞こえて来ており、俺はそれだけが不思議で仕方なかった。


 そして、そんな疑問を抱くことで何とか理性を保っていられたのも事実であり、俺の意識はすっかりその「スンスン」という音に集中していた。まるで犬の鼻息のような、そんな不思議な音。


「あら、ルシオ君なんだかいい香りがするわね」


「え?」


 どうやら四方教授は俺のにおいをかいでいたようで、そんな事を言いながら相変わらず鼻を鳴らしていた。


「いや、なんかすごくいい香りがするなって思ってね」


「確かに、俺もすごくいい匂いがするなぁって思ってました」


 まるで、匂いをかげといわんばかりに目の前まで来ている四方教授の匂いは俺の鼻孔を支配した。


「うふふ、私の匂いじゃなくて、もっと違ういい匂いよ、うーん何の香りかしら?」


「え、俺の匂いですか、香水なんてつけてないですよ?」


「そう、でもとってもいい匂いがするんだけど?」


「シャンプーとかそんな匂いじゃないですか?」


「うーん、そうなのかなぁ、とにかくすごくいい匂いよ」


 そういうと、機械を取り付け終えた様子の四方教授はまるで俺の体をかぎ始めた。


「ちょ、ちょっと何やってんですかっ」


「いや、研究者としてこの匂いの根源を確かめたくて」


「や、やめてくださいって、早く能力テストとやらを始めてくださいよ」


「あぁ、それもそうね、始めるわ」


 その移り気の速さに助けられつつ、俺の頭にはたくさんの機械が取り付けられているのに今更気づいた。


「じゃあ、ちょーっと待っててね」


「はい、いつまでだって待ちますよ」


 そういうと四方教授は部屋を出た。部屋の一人取り残されると妙に不安な気持ちがあふれ出し、今にもこの部屋を飛び出したくなった。


 ただ、四方教授の残り香が俺を少しだけ安心させてくれた。いや、別に匂いフェチとかそういうのじゃないはずだが、いい匂いってのはだれもが安心するものだろう。


 そして、今度は正面の大きなガラス越しの部屋、女性研究員らしき人物がいる部屋に四方教授は現れた。


 二人は何やら俺のことを見たり、あっちこっちに目をやっている様子を見せながら、パクパクと口を動かしている様子がうかがえた。

 そんな二人の表情は先ほどまでの気の抜けたものではなく、それこそ研究者の様な真剣でまっすぐな目をしていた。


 そんな研究者モードの二人の会話がしばらく続いた頃、四方教授が突然俺に笑顔を見せてきた。

 そして、彼女は部屋を出て再び俺のもとへとやってきた。勢いよく扉が開かれると四方教授はニコニコと笑いながら俺のもとにやってきた。


「な、何ですか?」


「合格」


 そうして四方教授はなぜかピースして見せた。それがまるでカメラを前にした無邪気な子どものようでであり、彼女の教授という役職に疑問を抱いた。


 もしや、ただ白衣を身にまとっているだけの詐欺師だったりしないだろうか?


「あの、それで俺は合格なんですか?」


「勿論よ、ありがとうルシオくん、テストはもう終わり」


 なんともあっさり終わるものだ、こんなことで重要なことわかるものなのだろうか?


「え、あ、もういいんですか?」


「えぇ、あなたは確かにギフテッドとしての才能がありました、おめでとうございます、ぱちぱちぱちー」


「そ、そうですか」


「えぇ、歓迎するわ、ようこそギフトガーデンへ」


「え、あぁ」


 わざとらしい拍手をする四方教授だったが、歓迎されること自体はさしていやな気分ではなかったし、むしろ、歓迎されていることに驚きと感動を覚えていた。


「あら、あまりうれしそうじゃないのね」


「いや、うれしいっちゃうれしいですけど、なんというか・・・・・・・」


 そう、嬉しいのは確かだ、だが俺の脳内では「後天性ギフテッド」という言葉と「不安」という言葉、それから「良い匂いね」という単語がせめぎあっており、いまのこの状況を素直に喜べる状態ではなかった。


 だからこそ、ギフテッド認定を受けてギフトガーデンとやらに入ることが許されたのは喜ばしいことだが、そう簡単に喜べるものではなかった。


「どうしたの?」


「いや、いろいろ急すぎてついていけないというか、なんでこんなことになってんのかなって思ったりして」


「でもね、ギフテッドは世界中の人間からしたら憧れの対象なのよ、もう少し喜ぶべきだと思うけど?」


「いや、そうじゃなくて、なんというか実感がないというか俺は普通の人間として今まで生きてきたもんですから、突然ギフテッドって言われてもあんまり素直に喜べないというか、よくわかんないんですよ」


「あぁ、そうね、いきなりだったものね」


「はい」


「まぁ大丈夫よ、いくらギフテッドといっても基本的にギフテッドはあなたと同い年の子たちばかりだから、上手くやっていけるわ」


「そうですかね?」


「そうよ、だからそんなに気負わなくても今まで通り過ごしていけばいい、ちょっとばかし環境は変わっちゃうけどね」


「そうっすかね?」


「そうよ、安心しなさい、あなたはちょっと変わった普通の高校生」


 そういって、四方教授は笑顔で俺の肩に手をおいてきた。その笑顔がなんとも安心できる朗らかな笑顔であり、俺は少しだけ肩の荷が下りたのか下りなかったのかわからなかった。


 ただ、普通の高校生でいいという言葉に俺は何よりも安心を覚えた。


「そ、そうですよね、普通に普通の高校生でいいんですよね」


「そうよ安心しなさい、私たちもルシオ君のサポートをするから」


「はい、ありがとうございます」


「うむ」

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