第4話 出会いと別れ2

 白衣の彼女は真っ先に俺のもとへとやってくると、突然握手を交わしてきた。


 あまりに突然の行動に、ただ目の前の白衣の女性に身を任せていると彼女は笑顔で口を開いた。


「こんにちはルシオ君、待っていたわ」


 少し興奮した様子でいわれた俺は、心臓がドクンと高鳴った。そして動悸のように高鳴り続ける心臓にすぐに左手で胸元を抑えた。

 女性を前にすると大概こうなるのだが、どうにもこの人にはエミリに似た動悸に近い心臓の高鳴りを感じ、目の前の白衣の女性に見とれた。

 

 まるですべてを見透かすかのような切れ長の目に、不敵な笑みを浮かべる彼女は、見とれるに値するものだった。

 だが、そんな夢のような光景からたたき起こされるかのようにエミリが声を上げた。


「ちょっとルシオ、ぼーっとしてないで挨拶しなさいっ」


 まさに目を覚ますかのような、良く通る声は俺の耳にしっかりと届いた。


「あ、えっと初めまして猫宮ルシオです」


「こちらこそ初めまして、私はこの「ギフトガーデン」で研究をしております四方 しかた かなでと申します。ちなみにこう見えても権威ある教授っていう役職にもついているんですよ、ふふっ」


 四方教授は笑顔でそう語りながら、俺の手をぎゅっと握りしめて離そうとしなかった。エミリとは違い、妙に冷たい手に心地よさを感じつつ、改めて目の前の四方教授に目をやった。


 四方奏と名乗った白衣の女性は黒髪長髪の女性で、身長もすらっと高くモデルのような体型をしていた。思わず見とれてしまうほどのスタイルに、どこかエミリと似た雰囲気を感じていると、ふと何者かの視線を感じた。


 得体のしれない視線のもとへと目を向けると、そこにはものすごい形相で俺をにらみつけるエミリの姿があった。

 そんなエミリの視線を横目に、再び四方教授へと目を向けると、俺同様にエミリの視線に気付いた様子の四方教授は、突如として俺のもとから離れてエミリのもとへと向かった。


 そうして四方教授はエミリとそれとなく会話をした後、話の区切りがついたのか、エミリがいそいそやってきた。

 エミリは何やら真剣な表情をしていて、それはどこかもの悲しさを感じさせるものだった。


 異変に気付いたのもつかの間、エミリは突然抱き着いてきた。あまりの突拍子もない出来事に俺はなすがままでいた。


 これが、一体何のための行為なのかは、エミリと出会った時からわかったものじゃなかったが、この時ばかりは少しだけエミリの気持ちが分かったような気がしていた。


 そう、きっと彼女は別れの挨拶をしに来てくれたのだろう。しばしの抱擁の後、エミリと何か会話をするわけでもなくただただ抱き着かれていた。

 そして、そんな時間に終わりを告げるかのようにエミリは突然パッと離れた。すると、彼女は笑顔になっており、目は少しだけうるんでいたように見えた。


「じゃあ私はここで、元気でやるのよルーシー」


 エミリは少しぎこちない笑顔でそういった。そんな彼女の笑顔に俺も思わず苦笑いになった。

 まぁつまりはこういうことだ、さっきまでエミリが俺にじゃれついてきていたのはこういう理由があったからなのかもしれない。


 しばしの別れ、長年寄り添うように生きてきたエミリとの時間がついに途切れてしまうことに、思いのほか俺は少しだけ寂しく感じていた。

 だからこその、先ほどまでの茶番、普段の日常をあからさまに見せつけあっていたのかもしれない。


 普通ならあんなことタクシーの中で出来ないし、するもんじゃない。今日ばかりは無言のタクシー運転手には感謝してるし、また会う機会があったら、アイドルソングの良さでも語ってもらうことにしよう。


「まぁいいよ、突然のことで色々わけわかんねぇけど、こんなこと今に始まった事じゃないからな、せいぜい与えられた運命を存分に楽しむとするよ」


「そうよ、それでこそルーシーね、あんたなら大丈夫よ」


「あぁ」


「元気でね」


「エミリも元気で、ばあちゃんと仲良くやってくれ」


「もちろん・・・・・・あ、そうだ」


「ん?」


 エミリは何か思い出した様な声を上げると、彼女は風でたなびく金色の髪を一度かき上げた。


「ルーシー、これはおばあちゃんが言っていたことだけどね」


「うん」


「これは運命だ、お前が知るべきものはそこにある、ってよ」


「え?」


 何やら意味深なセリフを言った後、エミリは名残惜しそうに手を振って見せた。そして、彼女は二度と振り返ることなく離れていった。


 それは、また会えるから安心して背中を向けて「さよなら」をできるというものなのか、それとも、ドラマティックな俺の抱擁を背中で待っているのかはわからなかった。


 とにかく、どこか物悲しい光景に俺はただ立ち尽くした。そんな感情的な状況の中、俺は突然肩を叩かれ、俺は思わず声を上げてしまった。


「うわっ」


 振り返るとキョトンとした様子の四方教授がいて不思議そうに俺を見つめていた。


「どうしたの、そんなに驚いて?」


「い、いやなんでもないです」


「・・・・・・ふーん」


 四方教授はどこか不満げな様子で俺を見定めてきた。


「え、なんですか?」


「いや、ルシオ君って、意外と礼儀正しいのね」


「どういうことですか?」


「いやぁ、見た目のわりにはちゃんと敬語使ってくれるし、しっかりとした態度というか・・・・・・うん、見た目のわりにね」


 俺は一体どんな風味みられているのだろうか、もしや不良だとか思われていたりしないだろうか?


「そ、そりゃあ、目上の人には敬語じゃないと色々と大変なの知ってるんで」


「そう」


「そうです」


「じゃあ、まぁ行きましょうか」


「あ、はい」


 エミリとの別れを告げた後、俺は四方教授につれられるまま入門ゲート横にある扉へと向かい、屋内に入った。


 屋内は少しひんやりとしてた。何も物がおかれていない廊下を歩きつつ、心地よい空間を歩くこと数分、殺風景な廊下にようやく扉というものの存在が姿を現し、その扉の前で四方教授は立ち止まった。


 下手すりゃ異世界にでもまよいこんでしまったかと思える状況にドキドキしていたから、突如現れた扉に俺は少し安心した。


 しかし、安心したのもつかの間、扉の掲げられたプレートによって俺の安心はすぐにどん底へと叩き落されることとなった。


 「第六実験室」扉のプレートにはそう記されていた。その五文字に脳内では拘束台にドリルやらメスやらチェンソーやらと物騒な想像でいっぱいになった。

 いや、椅子に縛り付けられて電流を流されるというのも・・・・・・いやいや、まさかそんなことがあるわけない。


「ま、まさかとは思いますけど、解剖とかされないですよね?」


 恐るおそるそんな言葉をつぶやいた。


 すると、四方教授はまるでフクロウのように首だけを向けてきた。不気味を通り越してもはや人間業に思えない四方教授の行為に戦々恐々としていると、四方教授は不気味な笑みを浮かべた。


「うふふ、ルシオ君は解剖されたいのかしら?」


「い、いや勘弁してくださいよぉ」


「へー、解剖されたいのかぁ」


「ちょ、ちょっと、怖いこと言わないでくださいっ、それに誰も解剖されたいなんて言ってませんから」


「うふふ冗談よ、解剖なんてしないから、さぁ安心して入って」


「は、はぁ」


 不安要素の残る四方教授の笑顔に警戒しつつ、部屋に入ることになった。

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