第75話 獲物

 3人は四方から飛んでくる閃光をすべて打ち払うと、鬼さんが美空を抱きかかえて地面へと降り立ち、一瞬で安全地帯へと下がった。

 モチャとレビウスがその後に続き、傍に降りてくる。



「お嬢ちゃん、よく頑張ったねぃ。偉いぞっ」

「奴相手は、お前らには荷が重いだろう。後は俺たちに任せろ」

「モチャさん、レビウスさん……」



 助かった。この人たちがいれば、あいつも倒せる。

 ほっと胸を撫で下ろす。と……。


 モヤ──。



(ん……?)



 なぜか胸の内がモヤっとして、内心首を傾げた。

 3人が来てくれて嬉しい。安心して休める。

 そのはずなのに……この気持ちは、なんなのだろうか。



「ミソラ様っ!」

「あ……ムーランさん」



 ムーランも緊急的に、こっちに戻ってくる。

 触腕の悪魔テンタクルの動きはかなり鈍い。岩さんの楔、触手の切断、魔力の消費。それにこの3人から感じる圧で、動けないみたいだ。

 戻ってきたムーランは美空の手を取ると、目を輝かせて捲し立てた。



「わたくし、もう大丈夫ですわっ! 触手の動きにも慣れましたし、数も減って軌道も読みやすくなりました! このまま私たちで、一気に攻めちゃいましょう!」

「この……まま……?」



 彼女の言葉を聞き、目を見開く。

 このまま、私たちで。それは、助っ人3人の力を借りず、美空とムーランと岩さんの3人で攻撃を続けるということ。


 その言葉に……酷く、スッキリした。



「およ? ムーランたん、後はアタシらに任せて、2人は休んで……」

「人の獲物横から掻っ攫うの、やめてくれます?」



 ムーランが鋭い眼光でモチャを睨む。

 いつものおっとりした感じではない。言い知れぬ圧を感じた。

 さすがのモチャも口を噤み、押し黙った。



「確かに、あの場面でミソラ様を助けてくださったことには感謝します。ですが奴をここまで追い詰めたのは、わたくしたち3人ですわ。……最後まで、わたくしたちがやります」



 美空の手を握り、鬼さんを見つめるムーラン。握られている手から、ムーランの覚悟が伝わってくる。

 美空も真剣な顔で、鬼さんを見る。

 ムーランのおかげで、自分の気持ちもわかった。

 ここまで戦って来たのは自分たちだ。それなのに、後から来た人たちが引き継いで戦う……これが、モヤっと来た理由だ。



「鬼さん、やらせてください。ウチらだけで」



 鬼さんは美空とムーランに目を向けると、目を閉じて首を横に振った。



「ダメです。許せません」

「パパ!」

「鬼さん、なんで!」

「私はダンジョン警備員。攻略者の皆様の安全を確保し、命を護る義務と責任があります」



 絶対揺るがない、確固たる意志を感じさせる言葉に、今度は美空とムーランが押し黙った。

 鬼さんの言いたいことはわかる。鬼さんはこういう人だというのも、わかる。

 けど、納得いかない。できない。

 更に反論しようとすると……鬼さんの口元が、少し緩んだ。



「と、いつもの私なら言っていたでしょう」

「え……?」

「パパ……?」



 鬼さんは美空とムーランの肩に手を置くと、力強く頷く。



「ここからは師として……そして父としての言葉です。……やってみなさい。見守っていますから」

「「────」」



 鬼さんの言葉に、2人は図らずも同じタイミングで、同じ力で手を握った。

 あの鬼さんが……仕事を重要視して、絶対に曲げない鬼さんが、やってみなさいと言う。

 それは暗に、2人ならできると……そう言っているのだ。



「あはは……と言っても、今までお2人には、師としても父としても、ちゃんと向き合って来ませんでしたが」



 気恥しそうに頬を掻く鬼さん。

 そんなことはない。ちゃんと、いろんなことを教わってきた。ムーランも、鬼さんに会うためにここまでやって来た。

 だから……大丈夫。大丈夫のはずだ。



「……鬼さん、ありがとうございます」

「パパ。行ってきます」



 2人は向き合って頷くと、瀕死状態の触腕の悪魔テンタクルを睨みつける。

 2回目の魔法を防がれ、息も絶え絶えだ。触手の数も残り半分。油断さえしなければ、このまま倒し切れるはずだ。



「ミソラ様、行けますね」

「もちろん。ウチらなら」



 互いに顔を見合せ、微笑み合う。


 鬼さんに導かれてここまで来れた美空。

 鬼さんの血を濃く受け継いでいるムーラン。


 2人の内側から湧き上がる自信が、今までにないほどの力となって全身を満たす。

 今なら、誰にも負ける気がしない。

 2人は同時に地面を蹴り、触腕の悪魔テンタクルへと駆けた。






「さすが師父。言葉が上手いですね」

「厳しい言葉も大切ですが、それと同じくらいに優しさも大切ですよ」

「でもさ、センパイ。ひとついい?」

「はい、なんでしょうか?」

「お嬢ちゃんの配信、まだ止まってないけどさ……センパイに娘がいること、全世界に知られちゃったよ?」

「………………しまった」


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