第73話 想定外

 触腕の悪魔テンタクルは痛みにもだえ苦しむように、剛腕を振り回して攻撃してくる。

 ただ振り回しているだけなのに、スピードも破壊力も桁違いだ。まるで、爆弾の雨の中を進んでいるような感覚になる。

 横目に、ムーランも厳しい表情を浮かべながら突き進んでいるのが見える。美空と同じく、辛うじて反応できているみたいだ。

 ただ、この轟音の前では声なんて聞こえないし、そもそも話す余裕もない。

 心配ではあるが……他人を心配している余裕がないのは、自分も同じだ。



(後ろは岩さんがなんとかしてくれている。ムーランさんも、ウチよりも全然強い。ならウチは、自分のことだけを考えて突き進む……!)

【ひまもおてつだいがんばりゅ!】

(頼んだよ、ひまちゃんっ)

【たのまれたー!】



 向日葵がむんすと気合いを入れると、体から噴き出す炎の総量が上がった。

 黄金の炎は更なる熱を帯び、身体能力が爆発的に向上。

 地面を蹴る力も上がり、超高速で触腕の悪魔テンタクルへ向かう。

 その姿はまるで、黄金の彗星のように眩しく輝いていた。


 

「!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!」



 触腕の悪魔テンタクルは美空から迸る圧の質が変わったことを感じ取ったのか、触手を4本こちらに向けて伸ばす。

 これらのスピードも速いが、さっきの馬の魔物に比べたらまだ遅い方だ。

 ギリギリのところで回避し、弾き、逸らし。とにかく安全地帯を一瞬で判断し、前に進むことだけに意識を集中する。



(いやそれすらも考えるな。感じろ、自分が生き残れる道筋を……!)



 五感と第六感を駆使して突き進む。

 無茶な動きだろうが、泥臭かろうが、とにかく生きる。この悪魔を相手に裏をかけ。出し抜け。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

「──鉄弾シェル》!!」



 振り下ろされた剛腕を弾くように、背後から超巨大な鋼の砲弾が放たれる。

 声はここまで届いていないが、岩さんの攻撃に違いない。

 意識外からの攻撃だったからか、悪魔はもろに食らい、体を大きくのけぞらせた。

 ここがチャンス。そう判断すると、レーヴァテインの魔力を集中させる。

 ムーランも同じことを思ったのか、両腕に超高密度の魔力を集中させた。

 腹に刺さっている鉄の杭は2つ。あそこを目掛け、魔法を放つ……!



「《穿炎・刺光ペネトレイト》──!!」



 狙いを定め炎剣を突き出した瞬間、放たれた炎の突撃は、鋼の杭を捉え更に深く抉った。



「■■■■■■■■■■■■■■ッ!?」



 抉られた上に傷口が焼かれたことで、触腕の悪魔テンタクルは絶叫に似た咆哮を上げた。



「──いぞッ──下が──!!」



 暴れすぎだ。さすがにこれじゃ近付けない。岩さんも、恐らく下がれと言っている。

 言われた通り、ここは1度距離を取って……。






「行かないんですか?」






「────」



 爆撃音と咆哮が入り交じり、反響する空間。

 そんな誰の声も聞こえない中で……彼女ムーランの声だけ、はっきりと聞こえた。

 何故か視界がスローモーションに見える。

 ゆっくりとムーランに目を向けると……彼女も、横目でこっちを見ていた。



(──上等!!)



 下がりかけていた体と気持ちを、炎の推進力と共に無理やり前へ向かせる。

 後ろから僅かに聞こえる岩さんの声は無視。

 レビウスが言っていた。



『仕留めるまで攻撃の手を休めるな。避けられたら即座に判断し、行動しろ。思考するな、動け、莫迦者』

(莫迦者は余計だっての……!)



 そう。やるならトコトン……仕留めるまで。

 暴れる触手を掻い潜り、悪魔の懐に潜り込んだ。

 残りの杭はムーランが抉る。それなら。



(ウチは少しでも触手を斬る!)



 ジャンプに合わせて足裏から炎を噴射し、触腕の悪魔テンタクルを越えて跳躍。

 触手のいくつかが追撃してくるが、炎の推進力を応用して空中で起動を変える。

 身を翻して天井を足場にし、触手の付け根に狙いを定めた。

 脚に力を溜め、魔力を集中。

 刹那──下に向い、跳躍。

 初速からトップスピード。触手ですら追いつけないスピードで落下し……。



「《日没の光刃ヘリオス・フィロ》・纏い──黄昏の黄金刃トワイライト・フィロ!!」



 黄金の炎を纏ったレーヴァテインで、1本の触手を切断した。

 切断面は炎で焼かれ、血は一滴も出ていない。

 だが青紫色に変色した傷口のせいで、触腕の悪魔テンタクルは痛みに悶え苦しむ。


 暴れ狂う悪魔だが、ムーランは冷静な表情で杭に狙いを定めた。

 両手に集中した魔力が、周囲の景色を歪ませる。

 服の上からでもわかるほど、ムーランの筋肉は隆起し……蓄えられた力と魔力を解放。打撃を放った。



「妖姫流──乱れ破掌!!」



 ドンッッッ──! 衝突と共に、周囲に衝撃波が発生。放たれた両手の掌底は杭を深く突き刺し、体内へめり込む。

 それと同時に、2人の腰に鋼のワイヤーが巻き付き、岩さんの方へ引っ張られ、安全地帯へと引き戻された。



「よーやった2人とも! 《鋼鉄の楔シュタール・ウェッジ》!」



 岩さんが手を合わせて魔法を発動。

 次の瞬間。体内にめり込んだ鋼の杭が、内側からウニ状の棘となって奴の動きを封じた。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!」



 断末魔のような絶叫を上げるが、悪魔はその場に固定され動かない。動けない。



「奴は強ェが、こうなりゃ後は煮るなり焼くなり……む?」



 岩さんが眉をひそめ、触腕の悪魔テンタクルを睨みつける。



「岩さん、何が……?」

「ミソラ様、あれを!」

「ッ!」



 ムーランの声に、ようやく気付いた。

 触腕の悪魔テンタクルの口の中が、紫色に光っていることに。

 間違いなく、魔法の反応。モチャが倒した個体は、魔法を使わなかった。

 この巨体、スピード、パワー、凶暴さに加えて、魔法を使うなんて。

 だが体は、思考するより早く次の一手のために動いていた。



「《陽日の炎盾ソル・エスクド》!」



 今、美空の使える、最強の盾を展開。攻撃は考えない。とにかく防ぐことだけを考える。

 すると、隣に立っていた岩さんも防御に徹した方がいいと考えたのか、地面に手を付き詠唱魔法を発動した。



「曲げず、折れず、屈さず──

 誇り高く総てを防ぐは鉄塊なる強靭な箱──

 現出せよ、君臨せよ──

 我が鋼の矜恃は、民を護る要なり──《金剛鉄壁の要塞ディアマンテ・フォルトゥレス》!!」



 詠唱魔法が発動すると、3人と背後の攻略者たちを護る、要塞のような防御魔法が展開された。

 直後。ダンジョンが崩壊するのではないかと錯覚するほどの轟音が響き、紫色の閃光が明滅する。

 ムーランと共に頭を守って地面にしゃがみ込む。

 こんなに生きた心地がしないのは、下層のボスを相手にして以来だ。


 自分の展開した炎の盾は、すでに消滅した。感覚でわかる。後は岩さんの防御魔法に頼るしかない。

 あぁ、早く……早く終わってくれ……!


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