第72話 攻め手

 死の本能を逆撫でする咆哮と、恐怖を思い起こさせる風貌の怪物により、この場にいるほぼ全員が顔を青ざめて固まった。

 唯一動いているのは、美空とムーラン。そして、岩さんだった。



「テメェら下がっとれぃ!! 《巨岩兵の右腕フェルゼン・アーム》!!」

「《精霊武装・向日葵スピリット・オブ・ソレイユ》! 《日没の光刃ヘリオス・フィロ》!」

「《魔法付与エンチャント・テンペスト》!》 ハアァッ!!」



 岩さんが召喚した岩の腕が、触腕の悪魔テンタクルを鷲掴みにする。

 その隙を付き、美空は炎の斬撃を頭部へ食らわせ、ムーランが追撃の蹴りを放った。

 頭部への魔法攻撃と、腹部への打撃により、触腕の悪魔テンタクルの体は僅かにぐらついた。

 と言うか、今初めて強化魔法を使ったムーランの攻撃を見たけど、打突の瞬間の衝撃がここまで届いている。威力だけで見たら、精霊武装状態の自分より間違いなく自分より上だ。



「む? おおっ、みみみとムーランか!」

「手伝います!」

「助かる! 奴ァ、俺1人でもちと厳しいからな!」



 今まで出会ってきたダンジョン警備員は、下層でも巡回をしつつ、危険な目に遭っている攻略者を難なく助け出せるほどの実力者ばかりだった。岩さんも例に漏れず、相当の実力者だろう。

 そんな実力者の岩さんが、こいつ相手には厳しいと断言した。

 思えばモチャも、配信でかなり苦戦していたような気がする。討伐までの配信時間も、脅威の10時間超え。モチャの単独討伐の中では、過去最長の配信になっていた。


 そんな奴を、自分たちだけで討伐する。

 しかも、恐怖で身が竦んでいる攻略者を守りながら。


 ……できるのだろうか。実力者ではあるが、一歩足りていない岩さんに加え、実力も経験も足りてない、自分とムーランに。

 下手したら……死――



「ふん!!」



 握った拳で、自身の顔面を殴った。

 馬鹿か。ついさっき、レビウスから考えるなと教わったばかりだろう。

 奴の攻撃はモチャの配信を通じて知っている。完全初見だった場合は厳しいだろうが、知っているというアドバンテージは大きい。

 美空は大きく深呼吸をすると、触腕の悪魔テンタクルを睨みつけた。

 ぐらついていた奴は、背中から生えている六本の触手を操り、岩さんの作り出した巨大な腕を砕いて脱出。近くにいたムーランに狙いを定めた。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」

「ッ……!」



 咆哮と共に、超巨大な腕を振り下ろす。

 咄嗟にバックステップで避けたが、腕は地面に衝突すると同時に地割れとクレーターを作り出した。

 ダンジョンを構成する岩石の強度は並みではない。美空も全力を出せば、僅かに削れるくらいには傷をつけられるが、こんな巨大な地割れやクレーターを作るなんて不可能だ。

 パワー、スピード。どっちも規格外すぎる。


 バックステップで下がって来たムーランが、ひたいに僅かに汗をかいている。



「まずいですわ……渾身の一撃がクリティカルだったのに、まるで効いている気がしません」

「奴の体は、全身ぶよぶよとした皮膚と分厚すぎる脂肪、筋肉で構成されています。生半可な攻撃では太刀打ちできません」

「面倒な相手ですわね……」



 苦虫を噛み潰したような顔をするムーラン。

 確かに面倒な相手だが、モチャの背信のおかげで弱点もわかっている。



「弱点は、背中の6本の触手を根本からちぎった後に出てくる、紫色の鉱石です。そこを破壊すれば倒せます」

「触手……わかりましたわ」

「よう知っとるなぁ、みみみ。勉強熱心で感心、感心」



 今ここにいる1人1人では、倒せない相手だ。

 モチャとレビウスは中層にいる下層の魔物の討伐に向かい、鬼さんは逃げ遅れている攻略者を助けに行っている。恐らく、氷さんもそっちにかかりっきりだろう。

 今ここにいる人間で、こいつに立ち向かえるのは3人だけ。

 3人で力を合わせれば、倒せるはずだ。



「よし……俺が奴の動きを止めながら、援護しよう。悪ィが嬢ちゃんたち。奴の触手をすべてちぎってくれ」

「わかりました」

「わたくしたちにお任せください」

「うし。……っと、その前に」



 岩さんが両手を地面につけると、恐怖で固まっている中層攻略者たちを囲うように、岩の壁を作り出した。



「ひよっこ共を護るのも、俺の仕事だかんな。こっちも任せろい」

「助かります。正直、誰かを護りながら戦うほど、ウチは強くないので」

「後ろを気にせず戦えるのは、ありがたいですわ」

「へへ。そんじゃあ……行くぜ!」



 岩さんが、今度は2本の岩の腕を作り出し、触腕の悪魔テンタクルに向かい伸ばす。

 奴は酷く筋肉質で極太の両腕をしならせ、手四つの状態で岩の腕に対抗する。

 と、伸び縮みも変幻自在な触手が、3人に向かって伸びてきた。



「ハッ!」



 直感で回避しながら、触手を斬りつける。

 だがしかし。精霊武装の強化とレーヴァテインの炎バフを加えた炎剣でも、触手を斬り裂くことができない。弾力の強いゴムを、木の棒で攻撃しているみたいだ。

 ムーランも、打撃で弾くことが精いっぱいみたいだ。

 確かにモチャもやりづらそうにしていたけど、ここまで防御力が高いだなんて思わなかった。



「《鉄鋼の剛矢シュタール・フレシャ》!」



 岩さんから、無数の鋼鉄でできた矢が放たれる。

 大多数は特殊な皮膚によって弾かれたが、いくつかは腹部に深々と突き刺さった。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!?!?」

「へっ。無敵の皮膚ってわけじゃなさそうだな。みみみ、ムーラン、杭は打った! まずはあそこを攻めて動きを鈍らせろい!」

「「はい!」」



 巨大な魔物は、動きを鈍らせるのがセオリー。

 2人は身体強化魔法を更に高め、触腕の悪魔テンタクルへ向かっていった。


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