第71話 異形

 灰となって消えたキメラを見つめていると、急に疲れが全身を襲った。

 かなり魔力を消耗している。魔力切れにはならなかったが、それもギリギリだ。



【みしょら、らいじょーぶ……?】

(だ、大丈夫だよ。ひまちゃんは出てこないでね)

【うぃ……】



 外に出てきたら、レビウスがどんな反応をするかわからない。

 心配してくれるのはありがたいが、これで向日葵が危険な目にあったら元も子もないだろう。

 精霊武装を解き、その場に座り込む。

 と、ムーランが急いでこっちに駆け寄ってきた。



「ミソラ様、大丈夫ですかっ?」

「は、はは……はい、なんとか」

「ほ……よかったですわ」



 ムーランは座り込んで、手を握って来た。

 手先が冷たい。ムーランも、心配してくれていたみたいだ。

 傍から見てると、随分と危なっかしい戦い方をしていたのだろう。少し反省しよう。

 ……その前に。



「レビウスさん。ウチを焚きつけましたね」



 後から近付いてきたレビウスを睨みつけると、涼しい顔で受け止めた。



「お前は俺や師夫のようなタイプではなく、モチャのようなタイプだからな」

「……どういうことですか?」



 鬼さんとレビウス。そしてモチャ。みんな化け物だが、タイプが違うというのはどういうことだろう。



「俺と師夫は、思考がそのまま行動と直結できるタイプ。冷静に状況や物事を判断でき、最善の動きを瞬時に導き出すことができる」



 ……確かに言われてみれば、そうかもしれない。2人とも、直感や感情で動くというより、思考スピードがずば抜けて高い印象がある。



「対してお前とモチャは、思考してから動き出すのでは遅い。それより、動物的直感を元に最善の行動をとることが得意なタイプだ」

「……それは暗に、ウチとモチャさんを動物的だと揶揄してません?」

「どう捉えようと自由だ」



 レビウスは灰の中に埋もれている魔石を手に取ると、美空に手渡してきた。



「今後のお前の課題は、思考することなく直感的に動くこと。直感的に敵の隙を見て攻撃し、直感的に敵の攻撃を防ぐ。それを踏まえたうえで、もう少し体の動き方を覚えろ。まだまだ素人臭さが残っているぞ。こっちの女の方が、戦闘に関してはプロ並みだ。一緒に行動していれば、学べるものもあるだろう」

「……はぁ。わかりました、ありがとうございます」



 悔しいが、レビウスの言う通りかもしれない。アドバイスのひとつひとつが、しっくり来たような気がする。

 回復薬を飲んで魔力、体力、気力を回復させると、ムーランの手を借りて立ち上がった。



「もう少しで、中層の出口だ。さっさと脱出するぞ」

「はい」

「わかりましたわ」



   ◆◆◆



 その後は何事もなく中層の出口まで戻ると、脱出ポータルの前には中層攻略者が列をなしていた。

 誘導員が1人ずつ外に脱出させ、周囲を警備員(確か、岩さんという名前)が警戒している。



「では、俺は魔物の討伐へ向かう。お前らは逃げろ」

「ありがとうございますわ、レビウス様」

「あ、ありがとうございました」



 言い方はともかく、ちゃんと助けてくれたし、アドバイスもくれた。ちゃんとお礼をしないと、天国の両親に怒られてしまう。

 レビウスは無言で頷くと、ダンジョンの奥へ向かっていった。



「ミソラ様、わたくしたちも並びましょう」

「そうですね。……っと、その前に配信を閉じないと」



 すっかりリスナーのことを置いてけぼりにしていた。

 コメント画面を広げる。と、変にコメントが荒れていた。



『みみみ、ここどこ?』

『なんかカメラおかしくない?』

『みみみー』

『怖いな』

『何が起こってるの?』

『ちょっとわけがわからない』

『軋むような音が聞こえてるけど、どういうことだろ』

『地響きかな、この音は』

『てかみみみどこ?』

『ムーランさんもいないし』

『放送事故か?』


「……え……?」



 コメントを見て、慌てて周りを見る。

 ない。ドローンカメラがない。いつも後ろからついてくるのに、いつの間にかいなくなっていた。



「ミソラ様、どうかしました?」

「か、カメラがない。いつの間にかはぐれちゃって……」

「まあっ。それは困りましたね……」



 ムーランは困り顔で頬に手を当てたが、美空は自分で話していて違和感を感じていた。

 ドローンカメラは、絶対に持ち主から離れることはない。そういうプログラムがされている。

 それにこのコメント……軋むような、地響きのような音がしているという。

 わけがわからないが、とりあえずGPSを使って場所を探さないと。

 GPSの画面を出し、ドローンカメラの位置を特定する。

 と……いた。しかも、結構すぐ近く。

 だが、自分たちが戻ってきた道ではない。別のルートから向かってきている。



「どういうこと……?」

「どうしたのですか?」

「あ、いや……こっちに向かって来てるみたいなので、大丈夫だと思います」



 ムーランと共に、5つある分かれ道の別ルートの方へ向かった。GPSが正しければ、あそこのルートから戻ってくるはず。

 出入口近くで、ドローンが戻ってくるのを待つ……その時だった。






 ──ゾクッ。






「「ッ──!?」」

【ぉぉ……?】



 突如首筋に、冷たい何かが走った。ムーランも何かを感じ取ったのか、鋭い眼光で洞窟の奥を見つめる。

 馬の魔物や、キメラなんか目じゃない。もっと強く、恐ろしく、狡猾な何かが、この奥にいる。

 他の攻略者は気付いていないのか、脱出ポータルの列にならんでいる。

 岩さんも巡回しているが、離れているためこの気配には気付いていないみたいだ。



「なんだろう、この嫌な気配は……」

「わからないですが……今まで戦ってきたどの魔物より、強いのは確かですね」

【とってもつよい。こわい】



 ムーランと向日葵も、同じことを考えていたらしい。

 洞窟の中は暗くて、奥まで見えない。

 念の為、美空は小さな炎の球を作ると、灯り代わりに洞窟の奥へ放った。

 真っ直ぐ、火球が飛んでいく。

 そして……何かに当たり、霧散した。

 霧散した炎が、灯りとなって何かを照らす。

 ヌメヌメとした体に、乱雑に生えた牙。

 一瞬だがそれしか見えなかったが、神経を逆撫でするような気持ち悪さを感じた。


 咄嗟の判断で、2人は出口から横っ飛びで回避行動を取る。

 次の瞬間、腹の底から冷えるような咆哮と地響きが聞こえ、何かが洞窟を這いずるようにて向かってきた。

 そして……。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!」



 異形の魔物が、姿を現した。

 まるで人間の手に水かきが生えたような、巨大で真っ白な腕。

 蛇のような、ミミズのような、ナマズのような……乱雑に生えた無数の牙がジャラジャラと戦慄く口。

 でっぷりと太った腹。背中から伸びる6本の触手。

 モチャの配信で見たことがある。


 奴の名前は、触腕の悪魔テンタクル

 長年、下層のボスとされて来た……最悪の怪物だ。


 ────────────────────


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