第69話 発破

「れ、レビウスさん……!?」

【むっ、やなひと! がるるるるる……!】



 下層の魔物を討伐しに来ているとは聞いていたけど、まさかレビウスが助けてくれるとは思わなかった。

 正直、この人は苦手だ。向日葵の件もあるが、配信中も堅苦しすぎて見ているだけで疲れる。

 けど助けてくれたのは事実だ。そこは、ちゃんとお礼を言わなければ。



「あ、ありがとうございます、助かりました」

「ダンジョン攻略の後輩だからな。助けるのは当然だ」



 そういえば、前にモンスターハウスで死に掛けた時、実はレビウスも助けに来ていたと鬼さんに聞いたことがある。

 ピンチの人がいるとわかれば助けに行く。いかにも、公安っぽい。



「……して、なぜみみみはまだここにいる。緊急警戒アラームが聞こえなかったのか?」

「逃げてる途中だったんですよ。そこで、ばったり出くわしてしまって……」

「なるほど。災難だったな。よく踏ん張った」

「あ……ありがとうございます。って、そうだ、ムーランさん……!」



 呑気に話している場合ではない。まだ炎の向こう側で、ムーランが戦っているのだ。



「心配ない」



 レビウスの腕が一瞬ぶれる。

 次の瞬間。炎の壁が両断され、その奥にいた魔物を月の斬撃が真っ二つにした。

 あれだけ超高速で動く魔物に、攻撃の気配を察せられずに倒す。

 下層最前線攻略者にして、公安0課代理執行人の力に、美空はある意味恐怖を覚えた。

 自分は、本当にこのレベルまで行けるのだろうか、と。

 気落ちしているときではない。美空は炎の壁を消すと、ムーランに近付いた。

 致命傷らしい傷はないが、ところどころ傷付いている。ふわふわのドレスは、かなり破れてしまっていた。



「あ……あれ? なんですの? い、いきなり倒れましたわ……?」

「ムーランさん!」

「え? あ、ミソラ様! ……と……ど、どなたですの?」



 レビウスと面識のないムーランは、彼の姿を見て警戒している。

 強者の本能なのか、レビウスが只者ではないと気付いたみたいだ。



「ムーランさん。彼はレビウスさんと言って、ちょっとした顔見知りなんです。鬼さんとも面識があるんですよ」

「ぱ……鬼さんとも、ですか? それなら、良い人なのでしょうね。今も助けてくださったみたいですし……初めまして、ムーランと申します」



 膝を折って挨拶をするムーラン。

 良い人……例の件を知らないムーランからしたらそうなのかもしれないが、向日葵の件で当事者だった美空と向日葵からしたら、かなり苦手な相手だ。



「……レビウスだ。君は……もしや……?」

「レビウスさんっ」



 カメラに映らない角度で、レビウスの袖を引っ張って首を横に振る。

 察してくれたのか、レビウスは無言で頷いた。

 さすが、鬼さんとムーランの繋がりを感じ取ったみたいだ。恐らく常人では感じ取れない、魂の気配というものを感じたのだろう。



「……みみみ、ムーラン。2人だけでは、また下層の魔物に出くわしたときに対処できないだろう。出口まで送る」

「ありがとうございますわ。わたくしも、さすがに次は厳しいと思っていたので」

「……ありがとうございます」



 レビウスに頼るのは、ちょっと気が引けるというか……なんか嫌だが、背に腹は代えられない。

 レビウスが前を歩き、2人並んで後ろをついていく。

 ようやく落ち着いてコメントが見れる。



「あ、あー。みんな、声聞こえてる? ごめんね、戦闘中でコメント見れなくてさ」


『聞こえてるよー』

『大丈夫そう』

『助かってよかった』

『レビウスが来てくれなかったらマジで危なかったな』

『キャーレビウス様かっこいー!!』

『レビウス様に助けられたからって調子に乗らないでください』

『ちょっと近くない? もっと離れて』

『レビウスガチ恋こわ』

『これが噂に聞くレビウスのガチ恋勢か』

『確かに怖い』



 ああ、そうだ。レビウスの配信って、こういう人がたくさんいるんだ。

 もちろん、美空のリスナーにも、ガチ恋勢とかリアコ勢は結構いる。

 だがしかし、レビウスのガチ恋勢やリアコ勢はかなりガチというか……女と関わることすら許さないという人たちも多い。

 モチャとレビウスが下層最古参なのに、コラボをしたことがないのはそのためだ。

 とりあえず、ガチ恋勢とかリアコ勢のコメントはスルー。突っかかると後が怖い。



「みみみ、コメントに集中するな。辺りを警戒しろ。死ぬぞ」

「あ、すみません」



 確かにレビウスの言う通り、今は緊急警戒中……災害と同じだ。こんなときに、配信しながらコメントを見るなんて、普通しない。

 リスナーに一言謝罪してから、コメントの画面を消す。

 と、ムーランがレビウスの様子を窺いながら、耳打ちしてきた。



「ミソラ様。彼、すごく強いみたいですが……いったい何者なのですか?」

「モチャさんと同じ、下層の攻略者ですよ」

「なるほど、通りで。……それにしても、今は気配をまったく感じませんね。目の前にいるのに、見失ってしまいそうです」



 それは恐らく、代理執行人としての癖だろう。

 代理執行人は存在を知られてはいけない。だから気配を消すことが当たり前になっているらしい。

 まあそれ自体は、リスナーには影が薄いって揶揄されてるみたいだけど。



「──止まれ」



 レビウスの言葉に足を止める。

 ……前の方から、気配を感じる。かなり強いが、さっきほどではない。恐らく下層の魔物だろう。

 暗闇を見つめていると、赤い眼光が揺れているのが見えた。

 真っ直ぐ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 しばらく見ていると……姿を現した。



「あ……あれ、はっ……!?」



 獅子の顔、たてがみ、胴体。羊の角。ドラゴンの翼と爪。蛇の尻尾。

 蘇るのは、1番最初のトラウマにして、鬼さんという最高の男性に助けられた思い出。

 下層の中でも雑魚認定されている魔物……キメラだった。



「キメラか。……そう言えばみみみは、奴とは因縁があったな」

「み、見てたんですか、あの配信……」

「DTuberとして、バズった配信を見るのは当然だ」



 意外と勤勉だった。



「ふむ……みみみ、お前1人で奴と戦ってみろ」

「はあ!?」

「いざとなったら助ける。行け」

「いやいやいや、だったら最初からレビウスさんが……ッ」



 鋭い眼光に、身が竦んでしまった。

 レビウスは腕を組み、威圧的に美空を見下ろす。



「貴様、そのような軟弱な気持ちで下層を目指すと言っていたのか。恥を知れ」

「れっ、レビウス様ッ。いくらなんでもその言い方は……!」

「黙れ」



 攻撃的な言葉に、ムーランも口を噤む。

 レビウスから迸る圧に、キメラも脚を止めて様子を伺っていた。



「貴様は下層という所を甘く見ている。トラウマ、弱み、油断、気持ちの緩み。すべてを捨て、全神経を生き延びることだけに集中しろ。それができないなら、今すぐ攻略者など辞めてしまえ」

「────」



 その通りだ。さっきの馬の魔物。あんなのがごろごろいるような場所で、怖いとか言っていられない。そんなこと考えながら攻略なんて、とてもできない。

 美空は目を閉じてゆっくりと深呼吸をすると、レーヴァテインに手を掛けた。



「ありがとうございます、レビウスさん」

「礼はいい。言ってこい」

「はいっ」



 美空は精霊武装を展開すると、レーヴァテインを引き抜きキメラを睨みつけた。






「レビウス様、言い方がキツくありませんか?」

「あいつは今まで、周りが優しすぎたからな。厳しくする奴も時には必要だ」

「……もしやあなた、ミソラ様のファンですか?」

「ふっ。……まあ、楽しく攻略していくあいつは、見ていて気持ちがいいからな」

「素直じゃないですわね」

「ほっとけ」


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