第67話 対峙

「鬼さんに危険って言われたら、さすがに従わない訳にはいかないですよね……残念ですけど」

「…………」

「……ムーランさん?」



 ムーランから反応が返ってこない。

 振り向くと、ムーランは眉間に皺を寄せていた。



「むぅ……確かにあの方から危険と言われたら、従う他ありませんが……もう少しわたくしたちの実力を信用してくれてもいいと思いませんかっ?」



 鬼さんに実力不足を指摘されたのが納得いかないらしい。ムーランは頬を膨らませ、むすーっとしていた。



『ムーたんの気持ちもわかるけど、鬼さんの言うことは正しいからなぁ』

『2人が強いのは知ってるけど、こればかりはどうしようもない』

『諦めも肝心よ』

『死なないことが重要』

『生きて』

『生きればチャンスはあるさ』


「あはは……ほら、リスナーさんたちも逃げた方がいいって言ってるし、今は逃げましょう。どうせ下層についたら、嫌というほど下層の魔物と戦うんですから」

「ぶぅ……ん?」



 ムーランが立ち止まり、通路の向こうを見つめる。

 美空も足を止めて視線の先を見ると……見たことのない魔物がいた。



「ミソラ様、あれは……中層の魔物、でしょうか?」

「少なくともウチは見たことない……かな」



 6本脚の馬のような魔物。眼光は鋭く、毛並みは黒。頭には3本の角が生えている。体長は恐らく3……いや、4メートル。かなり、でかい。

 それが3体。じっとこちらを見つめていた。

 鼻息は荒く、全身から湯気のようなものが立ち上っている。

 見つめられているだけなのに、3体から感じる圧が半端ではない。

 手の平に汗が滲む。

 本能的に、体が震える。



【みしょら、みて! おうましゃん、ぱからっ、ぱからっ。かーいーねー】

(ひまちゃん、緊張感持って)

【あい?】



 向日葵は、奴らの圧を感じないらしい。

 でもおかげで、少しだけ気持ちが落ち着いた。状況は好転していないが、緊張で体が強ばるよりはマシだろう。



「これは……まずいかもしれませんね」

「感じますか、ミソラ様」



 魔物から目を逸らさず、小さく頷く。

 多分……これが、緊急警戒アラームで言っていた、下層の魔物だ。

 リスナーの中には、この魔物の有識者はいるかもしれない。だが、目を逸らした瞬間にやられる。確信に似た予感が、脳裏をよぎった。



「逃げ切れると思います?」

「恐らく、難しいかと」

「デスヨネ」



 こんな近くにいるのに、この圧倒的な気配に気付かなかった。気配を消せると考えていいだろう。

 それに、あの6本脚にまとわりついている膨大な筋肉量。スピードも、中層の魔物とは比べ物にならないはずだ。

 気配を消せ、超スピードで攻撃してくる魔物……そんなものを相手に逃げ切れるなんて、今の自分たちには無理だ。



「ミソラ様、どう致しましょう」

「どうするもこうするも……アイツらを倒せなきゃ帰れないなら、やるしかありません」



 レーヴァテインを抜き、精霊武装を展開。

 美空の雰囲気画変わったからか、馬たちは姿勢を低くし、地面を脚で踏み鳴らす。



「ムーランさん、出し惜しみている余裕はなさそうです。ムーランさんも魔法を」

「……それ、なんですがね」

「はい?」

「……せん……」

「え、なんですか?」



 ムーランは気まずそうに口を噤むと、ゆっくりと口を開き……。



「……魔法、使えません……」



 とんでもない爆弾を投下した。



「……は?」

【あい?】



 言っている意味がわからなかった。

 魔法が使えない? いったい、何を言っているのだろうか。



「あの、冗談を言っている場合では……」

「冗談ではありませんわ。わ、わたくし、能力に覚醒してから直ぐにこちらへやって来たので、まだ魔法の練習はほとんどできていなくて……辛うじて、身体強化魔法が使える程度なのですわ」



 その言葉を聞き、ムーランはまだダンジョン歴が浅いということを思い出した。

 ここに来て約1ヶ月。確かに美空も、当時は身体強化魔法しか使えなかった。

 超強力なパワーとスピードに目を奪われ、勝手に魔法もとんでもない実力なのだと思い込んでいた。

 大誤算だ。まさかすぎる。


 けど、今は文句を言っても状況は変わらない。

 下層の魔物を倒すには、今ある力で全力を尽くすしかない。



「わかりました。ムーランさん、身体強化を」

「は、はいっ」



 ムーランは胸の前で手を組み、魔力を練る。

 練って、練って……練って……?



(あれ、練りすぎじゃ……?)

「《魔法付与エンチャント・テンペスト》!」



 直後、ムーランの体から暴風のような魔力が噴き出し、全身に緑色のオーラがまとわりついた。魔力量と練度が並の攻略者ではない。

 魔物も、美空とムーランの気配が大きく変わったのを察知し、全身から溢れ出る殺気を強めた。



「ムーランさん、それは……!?」

「昔から集中と、気を練ることだけは得意でして。身体強化魔法にも応用できてよかったです」

「な、なるほど」



 気を練るという聞き慣れない言葉は気になるが、今はそれどころじゃない。

 これなら、あの魔物にも太刀打ちできるかもしれない。



「遠距離もできるウチが、2体を引き付けます。ムーランさんは残りの1体を」

「かしこまりました」



 美空はレーヴァテインに膨大な魔力を流すと、振り上げると同時に魔法を放った。



「《日没の光刃ヘリオス・フィロ》!」



 放たれた陽光の斬撃が、3体の魔物を2体と1体に分断する。

 斬撃の抉った地面からは黄金の炎が迸り、邪魔の入らないようにした。

 示し合わせたように、2人は同時に駆ける。

 魔物も向かってきた美空たちに向かい地面を蹴って突進してきた。


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