第66話 緊急警戒アラーム

 翌日。約束通り、今日から美空とムーランはパーティーを組み活動することとなった。

 主に攻略者は、ソロ攻略者とパーティー攻略者に別れている。だがダンジョンの危険性を考え、大体の攻略者はパーティーを組んで攻略している。美空やモチャのように、ソロで突き進む攻略者は稀だ。


 一時期、美空も八百音とパーティーを組んで攻略していたが、確かにスムーズに攻略が進む。

 現に今も、かなり順調に奥へ奥へと突き進んでいる。



「ミソラ様!」

「はい!」



 ムーランと背を合わせ、通路の左右からやって来る魔物の群れを倒していく。

 ダンジョンでは、こうして魔物に挟まれるのは日常茶飯事だ。ソロの時は、どっちも対応しなくてはならないため、かなり神経をすり減らす。

 だが、パーティーを組むと目の前の敵だけに集中できるのがメリットだ。

 戦闘初心者の八百音と組んでも、パーティーのメリットは十分わかった。戦闘熟練者のムーランと組めば、より安心して戦える。


 最後の1体を燃やし尽くすと、ムーランも丁度倒し終えたのか、辺りに静寂が訪れた。

 精霊武装を解き、ほっと一息ついてコメントに目を向ける。



『おおおおおおっ』

『すげぇなマジで』

『これもう中層のレベルじゃないだろ』

『強すぎる』

『つよ』

『これだけ強いと、安心して見てられるな』

『初見です、チャンネル登録しました』

『こんなに凄いなら昔から見ておけばよかった……』

『これから沼ればええんやで』



 コメントの反応も上々だ。ムーランの美貌に惹かれた新しい視聴者もいて、チャンネル登録者数もうなぎ登りだ。



「ムーランさん、お疲れ様ー」

「はい。お疲れ様ですわ、ミソラ様っ」

「わぷっ」



 急に抱き着かれた。初めての友達だからか、少し距離が近すぎる気がする。この距離感、まだ慣れない。



『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『てぇてぇ』

『【投げ銭:2000円】ありがとう』

『明日も生きられる』

『【投げ銭:5000円】てぇてぇ代』

『【投げ銭:2000円】美しい』



 リスナーの中には、女の子が抱き合っているところが好きな人もいるらしい。

 人の趣味嗜好に口出しするつもりはないけど、やられている当事者としては恥ずかしくて仕方ない。今も全世界の数十万人に見られていて、頭が沸騰しそうだ。



「す、すみませんムーランさんっ。抱き着かれるのはちょっと……!」

「あ……申し訳ありません。わたくしったら、気持ちが高ぶってしまって」



 ちょっと無理やり気味に引き剥がすと、ムーランは少し寂しそうな顔をした。

 そんな顔をされると……。



『みみみ最低』

『最低』

『気が済むまで抱き着かせてやれよ』

『その姿を見せてくれ』

『しゅん顔ムーたん可愛い』

『かわいそ可愛い』

『ぶーぶー』

『ムーたんの気持ちを考えて』

『俺たちの気持ちも考えて』



 ほらこうなる。

 コメント欄から視線を逸らし、無視した。確かに可哀想なことをしたとは思うけど、ここはダンジョン内だ。いつまでもこうしてはいられない。



「ほらほら、行きますよ。今日はもう少し奥まで進むんですから」

「そ、そうですね。行きましょう」



 まだしゅんとしているムーランを連れて、奥へと歩み進める。

 と、その時──腕時計ビィ・ウォッチから、甲高い音が鳴り響いた。

 これは、緊急警戒アラーム。ダンジョン攻略者は登録を義務付けられている設定で、ダンジョン内で危険なことがあった場合に鳴る仕組みになっている。

 これが鳴るなんて、初めてのことだ。



『え?』

『何?』

『何かあった?』

『地震?』

『え?』

『こわい』

『みみみ、どしたん?』

『初めて聞く』

『はえ?』


【みしょら、これなぁに……?】

「みっ、ミソラ様、この音は……?」

「しーっ。今から原因が流れるから、静かに」



 指を立てて静かにするようにジェスチャーすると、ムーランと頭の中の向日葵は、口を手で覆ってこくこくと頷いた。

 待つこと10秒弱。こんどは腕時計ビィ・ウォッチから、機械的な女性の声が聞こえてきた。



『緊急警報。緊急警報。下層より複数体の魔物が、中層へ登ってきたとの報告あり。中層及び下層攻略者は、直ちにダンジョンを脱出せよ。繰り返す。下層より──』


「か、下層の魔物が複数体……!?」



 まさかの事態に目を見開く。

 1体ではなく、複数体。それが本当なら、中層の攻略者はひとたまりもない。



『は!?』

『それはまずい』

『下層複数体とか、下手すると中層の奴ら全部死ぬぞ』

『みみみ逃げろー!』

『ムーたんも逃げて!』

『2人が強いのは知ってるけど、さすがにこれはまずい』

『マジで死んじゃうって』



 リスナーの言う通りだ。1体ならまだしも、複数体は本当に死のリスクが高すぎる。



「ムーランさん、今日はもう帰りましょう。下層の魔物は、まだウチらには早いです」

「そ、そんなに強いのですか? 本気を出したわたくしたちなら、倒せるのでは……?」

「そんな甘くないですよ。単独行動している魔物なら可能性はありますが、もし2体以上であれば、死のリスクの方が高いです」

「ですが……」






「美空さんの言う通りですよ」






 ──いつの間にか近くにいた誰かに、声を掛けられた。

 美空はもちろん、ムーランも気付かなかったのか、ビクッと身を竦ませて振り返る。

 そこには、いつもの様に柔和な笑みを浮かべ、包み込むような雰囲気を持つ男性……鬼さんがいた。



「お、鬼さん、驚かせないでください」

「すみません。気配を殺すのが癖になっていまして」

「ぱ……鬼さん、ご機嫌よう」

「ええ。ご機嫌よう、ムーランさん」



 ムーランの挨拶に、鬼さんも優雅に返す。

 念の為、2人に呼び方を変えておいてもらってよかった。配信で親子だとバレると、面倒なことになりかねないから。


 鬼さんは笑顔を崩さず、2人を交互に見て口を開いた。



「今回の魔物は、下層の中でも中から上級の魔物。前回のように、下級のキメラ1匹とは訳が違います」

「あ……」



 鬼さんに言われて思い出した。

 1年前、暴漢に中層へ連れてこられたとき、下層から登ってきたキメラと対面。鬼さんに助けられたのだ。

 同時に、あの時は緊急警戒アラームが鳴っていなかったことも思い出した。



「鬼さん。なんで今回はアラームが鳴ったんですか? 前は鳴っていなかったような……?」

「あの時は下級の魔物が1体だけでしたから、直ぐに済ませられました。ですが今回は、強力な魔物が複数体もいます。全体に避難を呼びかけ、皆さんの避難を終わらせたら、私も避難します」

「え、でも鬼さんなら……」



 倒せるはず、と口にしようとすると、鬼さんは首を横に振った。



「私はダンジョン警備員。攻略者の命を最優先に逃がすことが仕事。魔物を倒すのは、私の業務範囲外なので」

「そ……そう、ですか」



 会社というのは、随分と生き辛い場所らしい。

 鬼さんが行動すれば、直ぐに解決すると思うのだが。



「今はモチャさんやレビウスさんが、討伐に動いています。お2人はダンジョンからの脱出を」

「は、はい。ムーランさん、行きましょう」

「……わかりましたわ。それでは鬼さん、ご武運を」



 2人は鬼さんに挨拶し、元来た道を戻っていく。

 それを見届けた鬼さんは、また超高速でダンジョン内を駆けていった。


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