第61話 飛び降り
◆◆◆
あれから2日後、ピクニック当日。
準備を終えた美空は、向日葵と共に約束のみなとみらい駅までやって来ていた。
空は少しだけ雲が出ているが、天気が崩れる心配はないと天気予報でも言っていた。むしろ紫外線避けになって、心地よくピクニックできるらしい。
秋口に入って少し肌寒いけど、ダンジョン内の方がまだ寒く感じるから、美空としては暖かく感じる方だ。
【ぴくにく、ぴくにく♪】
「ひまちゃん、走ると危ないよ」
【あいっ】
スキップしている向日葵も、可愛らしいフリルの着いたワンピースを着て、おめかししている。
余程楽しみだったのか、昨日は夜の19時に寝てしまい、朝は3時に目が覚めていた。
一緒に目が覚めてしまったから、正直眠い。集合が11時だから、もうかなりの時間起きていることになる。
人目もはばからず大きな欠伸をしていると、待ち合わせ場所に見知った2人がいた。
【うっ! もちゃしゃ、やおちゃ!】
「お? おー。来たね、ひま」
「向日葵ちゃん、おっひさー」
【う!】
先に来ていたモチャ、八百音に笑顔で抱きつく。
2人も久々のオフだからか、いつものダンジョン攻略で着ている服ではなく、ちょっとオシャレしている。
自分だけ気合い入れた服だったらどうしようかと思ってた。
「美空、そのムーランさんって人はまだ?」
「さっき連絡したら、もう少しで着くって言ってたけど……」
と言っても、連絡したのは10分前。もう着いてもいいと思うのだが。
周りを見渡して、ムーランの姿を探す。
ムーランと直接会ったことのあるモチャも、向日葵を抱っこしながらムーランを探した
「もしかしたらあの子、迷ったんじゃない? みなとみらいって、意外とでかいしさ」
「可能性はあるかもね。なんでも、上京してきたばかりの人なんでしょ?」
「た……確かに」
まだこっちに来て半月。しかもほぼダンジョン攻略をしているから、この辺の地理とかわかっていなさそうだ。
しかも、ダンジョンの恩恵のおかげで、大都市の駅は軒並み再開発されている。昔よりもハイテクかつ複雑化していて、慣れていない人は直ぐに迷ってしまう。
一旦、ムーランに連絡した方がいいかもしれない。
美空は
1……2……3コールで、『もしもし』と声が聞こえてきた。
「あ、ムーランさん。今どちらにいますか?」
『上ですわ、上』
「上?」
4人で上を見上げる。
ここは建物内の広場で、上には数十階に渡って吹き抜けの構造になっている。
各階には通路と柵があるから、下を見下ろすことができるが……これだけ人がいると、どこにいるのかまったくわからない。
「んん……? お嬢ちゃん、あれじゃない?」
「え?」
モチャの視線の先を追うと……10数階も上の方から、こっちに向かって大きく手を振っている女性がいた。
確かに、ムーランだ。いつものように小綺麗なワンピースを着て、日傘とかばんを手に持っている。
『申し訳ありません。初めての場所だったので、見晴らしのいい場所から探そうと思いまして……今そちらに向かいますね』
「わかりました。焦らなくていいので、ゆっくり来てくださいね」
『いえ。もう皆様をお待たせしてしまっているので、直ぐに落ちますわ』
……落ちる? 降りるの言い間違えだろうか。
みんなで顔を見合せて、もう1度見上げると……。
『よっ。ほっ……!』
柵を飛び越え、落下してきた。文字通り。
「ちょっ!?」
『大丈夫です、問題ありませんわ』
と、ムーランは落下しながら日傘を開く。
傘は空気を受けて大きく広がると、落下のスピードを遅くしてゆっくり降りて来た。
ギョッと目を見開く通行人たち。それもそうだ。急に10数階から飛び降りたと思ったら、傘を使って落下スピードを軽減するなんて、いくらなんでも目立ちすぎる。
ムーランは目の前に着地すると、優雅な微笑みで膝を折った。
「お待たせ致しました、皆様。本日は──」
「挨拶はいいから逃げるよっ」
呑気に挨拶しようとしているムーランの手を取り、建物の中を走った。
「にゃははっ。やるねぇ、ムーランたん」
「いや笑ってる場合じゃないでしょっ。施設警備に捕まったら、こっぴどく怒られるから!」
「最悪警察のお世話かもねぃ。にゃははっ」
「だから笑いごとじゃ……!」
【いけいけごーごー!】
攻略者として鍛えた脚力のおかげで、なんとか無事に駅を出て街中に出た。
モチャの案内で監視カメラのない裏路地や古い建物内を走り、駅から離れる。ここまで来れば、追いかけては来ないだろう。
「もーっ。ムーランさん、2度とあんなことしないでください……!」
「ダメなのですか? お母様からは、何かを探すときは高所から探せと教えられてきたのですが……」
「それはいいけど、飛び降りの方! 人がいる場所じゃ、絶対ダメ……!」
「……難しいですわね、人里と言うのは」
ムーランは難しい顔で唸った。本当に、いったいどういう育てられ方をしたのか気になる。
「まあまあ、美空。いいじゃない。それより自己紹介したいな、私」
「あ、そうだね。えっと……まず、ムーランさん。こっちは八百音。ウチの幼なじみで、親友です。そして八百音。こっちはムーランさん。この間知り合った、ダンジョン攻略者だよ」
2人のことを紹介すると、互いに自己紹介を交わした。
八百音は人見知りしないタイプだから、思った通りすぐにムーランと打ち解けている。
と、ムーランはモチャに抱っこされていた向日葵を見て、首を傾げた。
「あら、その方は……モチャ様のお子様ですか?」
「ちゃうわい。この子は向日葵。みみみお嬢ちゃんの……まあ親戚みたいな子だよ」
「まあ、ミソラ様のご親戚でしたか」
【う!】
向日葵は満面の笑みを浮かべて、ムーランに手を振る。
ムーランは目を輝かせ、向日葵に手を振り返した。子供嫌いという訳でもなさそうでよかった。
美空はパンッと手を叩くと、みんなの注目を集めた。
「さて、これでみんな自己紹介は終わったね。じゃあ早速、今日の目的地に向かおうか」
【うー!】
向日葵が嬉しそうにバンザイし、それに釣られてみんなも「はーい」と返事をする。
5人は地図を頼りに、目的地である臨港パークへと足を運ぶのだった。
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