第62話 遭遇

「つーいたー!」

【ちゃー!】



 八百音が両手を上げると、向日葵も真似して両手を上げる。

 自然豊かな臨港パークは、海に近いだけたり少し風が冷たい。

 けどダンジョンの過酷な環境に慣れてしまっている上に、向日葵太陽の精霊と融合しているから、そこまで寒さを感じない。



「ほわぁ〜……ここも綺麗な場所ですわね……!」

「ダンジョンの恩恵で、海の浄化が進んでるからね。今はゴミもなければ、有害物質もほとんど除去されてる。おかげで海も綺麗だし木々も元気に育つし、世間から見たらダンジョン様様だよにぇ」



 モチャの言う通り、ダンジョンの恩恵はでかい。

 ダンジョンから持ち帰ったアイテムや鉱石、未知の物質のおかげで、文明がより1歩、2歩も進化した。

 こうした豊かな自然も、ダンジョンの恩恵の1つなのだ。



「美空〜、ちょっと向日葵ちゃんとお散歩してくる!」

【しゃんぽ! ぽっぽー!】

「いいよ。こっちの準備は、ウチらでしとくからさ。ひまちゃんのことよろしくね」

「あいよー」



 八百音は向日葵と手を繋ぎ、木々を見て回ったり草花に触れている。

 八百音と一緒なら、何かあっても問題ないだろう。万が一があれば、自分の中に戻すこともできる。

 残された3人は手分けしてビニールシートを広げたり、タープを張ってピクニックの準備を進める。

 タープに関しては美空もモチャも素人だったが、意外にもムーランがあっという間にタープを張り終えた。



「ムーランたん、手馴れてるねぃ」

「山奥にいるときは、よく1人サバイバルをしていましたから。もし野生動物が出たら、美味しく調理できますわ」

「いやこんな所に野生動物はいないから」



 ムーランの言葉に、モチャは苦笑いを浮かべる。

 けど本当にありがたい。現代っ子で自然に触れる機会のなかった自分たちだけだったら、かなり時間を食ってたと思う。


 あれよあれよという間にピクニック拠点が完成し、3人は広いビニールシートの上に座った。



「はぁ〜……風が気持ちぇぇぇ〜……」

「やはり自然はいいですわねぇ〜」



 小さいモチャは大の字に寝転がり、ムーランは姿勢よく正座をして大自然を感じている。どっちが歳上かわからない光景だ。

 自分は楽なあぐらで座っているが、誰も咎めない。人には人の楽な姿勢があるのだ。


 美空は飲み物を紙コップに注ぎ、ムーランに手渡した。



「ありがとうございます、ミソラ様」

「いえ。こちらこそありがとうございます、ムーランさん。ピクニックに誘ってもらっちゃって……ひまちゃんもすごく喜んでます」



 少し離れた場所で、海を見て笑っている向日葵を見る。

 そう言えば、向日葵を海に連れて行ったことはなかった。今度はビーチに連れて行くのもありかもしれない。

 ボーッと2人のことを見ていると、ムーランが「ところで……」と口を開いた。



「どうかしました?」

「いえ、1つ気になったことがありまして」

「はい?」






「どうして魔物が傍にいるのですか?」






「──ぇ……?」



 直後、突風が吹き抜け、隣で寝ていたモチャが姿を消した。

 だが、ただ消えただけではない。いつの間にか、ムーランの背後に回って首に手を回していた。



「あんた、それ以上言うな。……首を圧し折るぞ」

「……モチャ様には勝てそうにもありませんね。申し訳ありません。お気を悪くさせたのであれば、謝罪致しますわ。けれど……人とは似て非なる気配を持つ者がここにいることを、疑問に思うことは普通ではありませんか?」



 ムーランは手を上げ、いたって冷静に思ったことを口にする。

 確かにその通りだ。だが、向日葵の気配は人間そのもの。力の大半は、美空の中に入っている。魔物の気配なんて、言われても気付かないほど小さい。

 自然に囲まれていたからこその、野生の直感か……いずれにせよ、隠し通すのは無理そうだ。



「モチャさん、ムーランさんを離してください。……ちゃんと、説明します」

「……お嬢が言うなら、いいけどさ……ただしムーラン。変な動きをしたら、ただじゃ済まないぞ」

「ええ、心得ています」



 渋々、ムーランから手を離すモチャ。

 ムーランはほっと息を吐き、安堵したように笑った。



「ふふ、生きた心地がしませんでしたわ」

「動くなよ。アタシだって、無駄な殺生はしたくないからな」

「ええ。それで、ミソラ様。向日葵様はどのような方なのですか?」

「…………」



 ここで話さなかったら、それはそれで面倒なことになりそうだ。

 そう判断し、美空は話した。これまでのこと。向日葵が何者なのか。どうしてダンジョンの外に出て、どうして一緒にいるのか。順を追って説明した。

 黙って聞いていたムーランは、納得したように手を叩き、「なるほど〜」と頷く。



「向日葵様は、精霊という存在なのですね。だから人の形をしていて、魔物の気配がすると……納得行きましたわ」

「魔物の気配がするからって、ひまちゃんを手に掛けようとしないでくださいよ。ウチら全員を敵に回すことになるので」

「大丈夫ですわ。元より、そのようなことは考えていません。あんな可愛らしい女の子を手に掛けようとするなんて、そんな方こそ人間ではありませんわ」



 その時脳内に浮かんだのは、レビウスの無表情。

 確かにあれは人間ではない。公僕だ。思い出すのも嫌になる。

 頭を振ってレビウスのことを忘れると、八百音たちの方から「あ」と声が聞こえてきた。



「いやぁ、いーい天気だぜぇ。如何にもピクニック日和! なあ、氷の坊主?」

「はいっす! めちゃめちゃ気持ちいいっすね!」

「なぜ私が休みの日に……」

「まあまあ、いいじゃないっすか。たまにはこう言うのもっ」

「無理やり連れてきておいて、何を言いますか」



 八百音と向日葵の視線を追うと、3人組の男性がいた。

 1人は見覚えがある。下層ボスのときにおせわになった、氷さんというダンジョン警備員だ。

 1人はいわおという言葉が似合うほどの巨漢だ。多分この人も、ダンジョン警備員。体から発せられる圧の質が違う。

 最後の1人は……ムーランを除いたみんなに縁のある人だった。



「あれ……鬼さんっ?」

「え? おや……? 皆さん、こんなところで何を?」

「こっちのセリフなんですが」



 驚いた。仕事上の付き合いのある人とは、プライベートは付き合わないと言っていたのに。



「お? なんでぇ、今をときめく大人気DTuber、美空嬢とモチャ嬢じゃねーか」

「お久しぶりっす! 下層ボスぶりっすね!」



 元気に挨拶してくる氷さんに会釈をする。この人も相変わらず軽薄そうだ。

 と、その時。ムーランがゆっくりと立ち上がり、3人の方を見た。

 否。正確には、鬼さんだけを。



「ふむ、初めましての方が……ん?」



 鬼さんもムーランを見て、眉をひそめる。

 ムーランは目を見開き、靴を履くのも忘れて鬼さんに近づいた。

 ただならぬ気配に、みんなそっちを見て黙っている。

 そして──






「おや、風夏。何をしているのですか?」

「……パパ……?」






 空気が、固まった。


 ……………………………………………………。



「「「は????」」」

【だ?】


 ────────────────────


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