第60話 勘違い
無事トラウマを克服した美空は、一旦疲れを取るため、自室へと戻ってきていた。
ソファーに横たわり、そっと力を抜く。
向日葵も疲れているのか、外に出ることなく美空の中で寝ているみたいだ。
天井を見上げて、呆然とする。
今までなんとなく感じていた不安感や恐怖は、微塵もない。まるで、地に足がついた安定感がある。
向日葵の力も安定してる。そのおかげか、体の奥底から万能感が漲っていた。
(でも……まだ、トラウマはある)
恐らく、モンスターハウス以上のトラウマ。
恐怖の中の恐怖。死をもっとも身近で感じた、あいつ。
下層ボス……デュアルナイツ。
名前に関しては、あの配信を経て決まったらしい。
最下層にたどり着くには、奴を超えなければならない。
今の美空だけでは、絶対超えられない。あれを超えるために必要なのは、数だ。
あれを超える可能性のある攻略者は、自分、モチャ、そして……ムーラン。
ムーランの力は未知数だが、この3人なら、鍛えれば下層ボスを倒すのも夢ではない。
そうすれば……横浜ダンジョンでは前人未到。最下層に行ける。
ソロでの討伐なんて考えたら、時間がいくらあっても足りない。
協力できるところは、協力するに限る。
ぼーっとこれからの展望について考えていると、不意に
「んー? ……あれ、ムーランさん?」
確かに以前連絡先を交換したが、まさか向こうから連絡が来るとは思わなかった。
「もしもし、ムーランさん。どうかしました?」
『わっ。ほ、本当にミソラ様のお声が聞こえます……! すごいです……!』
まるで初めて電話をしたかのような反応。どれだけ俗世と離れた生活をしているんだ。
「ムーランさん?」
『あっ。す、すみません、取り乱してしまって。実は折り入って、ご相談があるのですが……』
「相談?」
電話の向こうのムーランは、恥ずかしそうな声をしている。
何をそんなに恥ずかしがることがあるんだろう。まさか、恥ずかしいことを相談されるのだろうか。何をされるのかはわからないが、本当に恥ずかしいことなら、さすがに女同士でも断らせてもらうが。
「な、なんですか……?」
『実はですね……わ、わたくし、ミソラ様とどうしてもしたいことがありまして……』
「し、したいこと……?」
こんな改まって……と言うか、恥ずかしそうにして、なんだろうか。いったい何をしたいのか……。
その時。脳裏に駆け巡るのは、思春期的発想。
何を思ってそんな考えたのかわからないが、初めてしまった妄想に歯止めが掛からず、全身の体温が急激に上昇していく。
「そっ、そんなっ。急に言われても……!」
『こんなこと、唯一の友人であるミソラ様以外に頼めませんわっ』
「唯一の友人だからこそダメじゃないかな!?」
いくらなんでも、そんなこと友達同士でもしない。……しないと思う。少なくとも、自分は八百音とはしたことがない。
『お願いしますわ、ミソラ様っ』
「そ、それは、だって……う、うぅ……!」
『わたくしとピクニックに行ってくださいませ!』
「ウチには心に決めた男性がー!」
「『……………………………………ん?』」
沈黙。圧倒的、沈黙。
気まずい空気が流れる中、どう切り出していいかわからない。
完全に早とちり……勘違いだった。
『えっと……ミソラ様に、心に決めた殿方がいることは喜ばしいことですが、なぜ今それを……?』
「……わしゅれてくらはぃ……」
恥ずかしすぎる。頭から湯気が出そう。と言うか出てる。
ソファーの上でじたばたと悶えていると、電話の向こうから『はぁ……?』と気の抜けた声が聞こえてきた。
「そ、それで、えっと……ピクニックだっけ?」
『あ、はい! そうです、ピクニックですわっ!』
「いいけど……どうして急に?」
『今テレビを観ていて、とても綺麗な場所が映っていまして……お友達と行ったら、どれほど楽しいのかと思ったのですわ』
その気持ちには、美空も覚えがあった。
まだ能力に覚醒していない頃、テレビで観た観光地や名所に、よく八百音と行っていた。
能力に覚醒してからはダンジョンにのめり込んでしまって、行けていなかったが……言われてみると、急に行きたくなってきた。
「いいですよ。行きましょうか」
『本当ですか!?』
「ええ、もちろん。でも2人だけだと寂しいですよね……そうだ。モチャさんと、ウチの友達にも声を掛けますよ。絶対仲良くなれますから」
『〜〜〜〜!! ありがとうございますわ、ミソラ様っ! うふふっ、すっごく楽しみですわぁ〜♪』
嬉しそうにしているのが、電話越しにも伝わってくる。余程行きたかったのだろう。
「いつ行きます?」
『では、明後日にしましょう。準備も必要ですし』
「わかりました。それじゃあ、また」
ムーランと通話を切った美空は、膝の上に向日葵を召喚した。
まだ寝ていたのか、向日葵は眠そうな目を擦って美空に抱きつく。
【んあぁ……みしょら、どしたの?】
「実はね、みんなでピクニックに行くことになったの。お出掛けだよ、お出掛け」
【おでかけ!】
ピクニックはわかっていないみたいだが、お出掛けという言葉に反応して顔を輝かせる。
ずっと美空の中にいる上に、出掛ける場所はいつもダンジョンだからか、お出掛けがすごく好きらしい。
本当ならもっと色んな場所に連れて行ってあげたいが、ダンジョン攻略も配信もしたいというジレンマに襲われていたのだ。
これはいい機会だ。思う存分、楽しもう。
美空はモチャと八百音に連絡を入れ、明後日の予定を押さえた。
あとは諸々の準備をしよう。向日葵の好きな唐揚げでも作って、あとはおにぎりを……。
「って、買い物行かなきゃ……ひまちゃん、買い物行くよ」
【おかし?】
「ふふ。そうだね、お菓子もたくさん買ってこようか」
【う! みんなと、たべりゅ!】
ウキウキ、ルンルンと向日葵は玄関に向かう。
こうしたちょっとしたお出掛けも、向日葵は嬉しそうにしてくれるから、自分まで嬉しくなる。
美空は口角を上げ、向日葵の後に続いて部屋を後にした。
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