第59話 克服

   ◆◆◆



「ナイスタイミング、センパイ」

「いえ。たまたま、こちらの方から気配を感じたので、立ち寄っただけですので」



 それでも、いいタイミングなことには変わりない。もしここで鬼さんが来なかったら、自分が飛び出していただろう。

 それでは意味がない。こういう試練は、どうしても美空自身の力で乗り越える必要があった。

 下層の怖さはこんなものではない。この程度で狼狽えているようでは、お話にならないのだ。


 鬼さんからのアドバイスを受けた美空の動きは、目に見えてよくなっていた。

 なんとかしようとがむしゃらに動いているだけではない。自由に、大きく、のびのびと動けている。



(ほ……よかった。ちゃんと戦えてる)



 表に出さず、内心安堵していると、鬼さんは楽しそうに微笑んだ。



「ちゃんと、後輩を導いているようですね。あのビビりが、成長したものです」

「ちょっ、センパ……!?」


『その話詳しく』

『モチャってビビりだったの?』

『草』

『草』

『草』

『いつも威張ってるのに』

『モチャの昔話し聞きたいです!』

『草』

『wwwwww』

『鬼さんのトーク配信はいつですか?』

『レビウスとも知り合いなんでしょ?』

『マジ?』

『すげぇ!』

『レビウスの話聞きたい!』

『まずはモチャのビビりエピソードを!』


「ふむ、そうですねぇ。たくさんありますが……」

「言うな言うな言うな!! マジ言わないでくださいお願いします!!」



 確かに昔は怖がりで臆病者でビビりだった。それは認める。

 けどちゃんと成長してるし、公安0課にも所属できるくらい強くなったのだ。今更昔話を掘り下げられても困る。いや、マジで。



「ふふ。すみません、皆さん。彼女が嫌がっているので、この話はまたいずれ」

「いずれもないからッ! 絶対話させないし……!」



 まったく。とんでもないことを暴露されたものだ。いつか鬼さんの秘密も暴露してやる。……秘密なんて握ってないから、暴露しようもないが。

 改めて、謎多き男である。

 そっとため息をついて、美空の戦っているところを見下ろす。

 もう硬さは微塵もない。これなら、大丈夫そうだ。

 安心して見ていると、不意に脳裏にムーランの顔が思い浮かんだ。



「そうだ。センパイ、ここに来るまでに、女性に会わなかった? こう、ダンジョンに似合わない綺麗な服装で、にこにこ微笑んでるような……」

「女性ですか? いえ、今日はまだ誰ともすれ違っていませんよ」

「そ……そう。いいや、なんでもない」



 鬼さんがここに来るまでに、どこかですれ違ったと思ったが、それより先にどこかへ行ってしまったらしい。



「その方がどうかしたのですか?」

「……なんでもないよ。ちょっと気になっただけだから」

「そうですか。ふむ……ダンジョンに似つかわしくない服装の女性ですね。わかりました。気にかけておきましょう」



 ムーランの姿を見れば、鬼さんレベルなら一瞬で強さを見抜けるはずだ。

 あの強さ……単に外界で鍛えただけでは、到達できないレベルだ。

 強さの根幹がなんなのか……知りたい。



「あざっす、センパイ」

「いえいえ。それでは、私は仕事に戻ります」

「うっす」



 鬼さんが去っていくのを見送り、再び美空に視線を戻す。

 気付けば、魔物の数はもう半分くらいまで減っていた。さっきまで苦戦していたのが嘘みたいだ。

 これだけ動ければ、問題ないだろう。あとは中層ボスを相手に、どこまでくらいつけるか。

 見た感じ、まだ精霊の力を100パーセント引き出せてはいない。

 あの力は、こんなものじゃないはずだ。



(アタシも気合い入れて鍛えなきゃねぃ……うかうかしてらんないわ)



 モチャは苦笑いを浮かべ、そっとため息を着くのだった。



   ◆◆◆



(動ける……動ける……動ける……! 気持ちいい、楽しいっ……! 考えずに動くのがこんなに気持ちいいなんて……!)



 さっきまで雁字搦めになっていたのが嘘みたいに、体が軽い。体だけじゃなく、心も。

 襲いかかってきた魔物をレーヴァテインで斬り伏せ、軽く跳躍して全体を見渡す。

 広いモンスターハウスだが、もう半分もいない。

 あんなにいた狂化した魔物を、近接戦闘だけでここまで減らせたのだ。上出来以上。完璧と言っていい。


 なら、もう1歩先……踏み込む。


 背中に浮かぶ光輪が回転し、同時にレーヴァテインが黄金の炎を纏う。

 滞空したまま、レーヴァテインを手放す。

 刃を下にし、重力に逆らわず落下。

 美空は祈るように手を組むみ、ゆっくり口を開いた。



「《落暉らっき刃陽じんよう》」



 レーヴァテインが地面に突き刺さる……のではなく、吸い込まれるように地面に沈んでいく。

 そこを中心に、超広範囲に黄金の魔法陣を形成。

 狂化して理性のない魔物も、一瞬だけ地面に釘付けになって動かなくなり……直後、無数の太陽の刃が地面から現れ、魔物の体を串刺しにした。

 超反応で避けた魔物もいるが、それも無意味。

 現れた太陽の刃が、より強い黄金の輝きを放つと……灼熱を伴い、爆発を引き起こした。

 爆発は爆発を生み、更に大きな爆発となり、モンスターハウスのすべてを飲み込んでいく。


 超高熱の爆風が美空の体を叩くが、自分自身が太陽のエネルギーに護られているからか、熱さを感じない。

 待つこと数分。爆風と爆煙が収まると、あれだけいた魔物は一匹残らずいなくなり、脱出用の階段が姿を現した。



「これが……この力の、使い方……」

【みしょら、ちがうっ】

「え?」

【ひま、もっともーーーっと、しゅごいもんっ】

「……ふふ、そうだね」



 向日葵の言う通りだ。これだけで満足しちゃいけない。

 今日は前半はぐだぐだだった。この力をもっと自在に、もっと自由に使いこなす。

 やらなきゃいけないことがたくさんだ。


 美空は魔法を解除すると、階段を上ってモチャの待つ場所に戻ってきた。

 モチャは満足そうな顔をし、拍手で迎える。



「やーやー。おめでとう、みみみお嬢ちゃん。上出来上出来♪」

「ありがとうございます、モチャさん。……あれ、鬼さんは?」

「仕事に戻っちゃった。社会人だし、仕方ないよねぃ」

「そうですか……」



 アドバイスのお礼を言いたかったのに、残念だ。

 モチャは美空の体を隅々まで見ると、最後に顔を覗き込んで何かを確認していた。



「ふむ、ふむ……うん、吹っ切れたみたいだね、トラウマ」

「あ、はい。最初はガチガチでしたけど……もう大丈夫ですっ」

「おけおけ、それでいいのよん。……まあ帰ったら大反省会するけど。危なっかしすぎ。これじゃあ下層だと死んじゃうって」

「うぐっ。はい……」



 ぐうの音も出ないとはこのことだ。甘んじて受け入れよう。

 でも……今日のことで、また1つわかった。

 1年前と比べて、自分は成長した。だけど、それもまだまだ発展途上。

 自分はもっともっと、上に行ける。

 確信めいた気持ちが、美空の中にあった。


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