第58話 1番
モンスターハウスに飛び降り、瞬時に近くの魔物を切り伏せる。
このモンスターハウスにいる魔物は、上層の魔物ばかりだ。今は中層を拠点にしている美空にとっては、少し物足りない感じがする。
が、決して油断はしない。前回はそれでえらい目にあったから。
とにかく、できる限り多く魔物を屠る……!
地面を滑るように駆け、炎を纏ったレーヴァテインを振るう。
一振りで10体の魔物が灰となる。
クリア条件は、10分以内に2000体の魔物の討伐。もしくは、10分を過ぎても生存し、狂化した魔物の殲滅。
まだ美空のスピードでは、10分以内に2000体の魔物を倒すことはできない。魔法を使えば直ぐに達成することはできるだろうが、それじゃあ意味がないのだ。
でもできる限り、無限に湧き続ける魔物は減らす。それしか、ここで助かる術はない。
「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「オロロロロロロロロロロロロロッッッ!!!!」
「ギャギャギャギャッ!!」
すると、美空の存在に気付いたのか、至る所で魔物が咆哮を上げた。
魔物の群れが、黒い津波の如く押し寄せてくる。
前回は慢心もあり、この程度と思っていたが……今ならこの怖さがわかる。当時の自分は、何を思ってこれを怖くないと思っていたのだろう。できることなら、過去に戻ってぶん殴りたい。
迫り来る魔物を斬り伏せる。斬り伏せる。斬り伏せる。
剣が間に合わなかったら蹴りで。蹴りが間に合わなかったら拳で。
《
でもあと一歩……いや、ほんの一呼吸、遅い。
その遅さが致命的で、かなり危ない場面も多々ある。
間違いなく、トラウマが原因だろう。ほんの一瞬、体が竦んで動けなくなっている。
まだ狂化していないからなんとかなっているが、もし狂化してしまったら……。
(もっと……もっと速くッ……!)
レーヴァテインにより多くの太陽の力を流し込み、灼熱の炎剣を振るう。
作戦なんか関係ない、それはもう、力任せに。
「ほーむ……動き悪いにゃぁ」
──その様子を上から見ているモチャが、腕を組んで唸った。
『え、そう?』
『そうかな』
『よくやってない?』
『あーわかるわー』
『嘘つけ』
『普通にめっちゃ強いと思うけど』
『何が悪いん?』
「ほんの一瞬だけ、動き出しが遅いんだよ。本当のお嬢ちゃんの力なら、向こうが動く前に倒せるはず。でも今は、心の奥底にある恐怖とトラウマのせいで、微妙に遅いんだよねぃ」
『ほん……?』
『言われてみれば……いやわからんな』
『凡人には理解不能』
『さすわからん』
『モチャやみみみじゃなくても、攻略者の動きって化け物じみてるからなぁ』
『ほんそれ』
『特にこの2人は突き抜けてるからね』
『やはりゴリラか』
「ゴリラ関係ないじゃろがい」
モチャは内心ため息をつくと、改めて美空の動きを見た。
(確かに、常人から見たら化け物と言っていいレベルかもだけど……それじゃあ意味ないんだよ。1ヶ月以内に下層に到達するって宣言したなら、そんなトラウマさっさと捨てちまえ、お嬢)
◆◆◆
「ふーっ、ふーっ……!」
力任せに攻撃しまくっていたからか、妙な疲労感が全身に回っている。剣にうまく力を伝えられない。
魔力量は問題ないが、このまま消費し続ければ、魔力切れを起こしてしまう可能性もある。そうなれば終わりだ。精霊武装を解いた状態でこいつらを相手にする力は、まだ自分にはない。
と、その時──
ここに突入して9分半。あと30秒で、時間いっぱいだ。
(どうしよう。がむしゃらにやれば恐怖を拭えると思ったのに、まだ体が硬い)
次々に襲いかかってくる魔物を、各個斬り裂いて行く。
時間は刻一刻と過ぎる。このままじゃダメだとわかっていても、どうにもならない。
(それに、これだけ動き回っていて全身は燃えるように熱いのに、体の芯だけが冷えきってる。これが原因だってわかってるのに……!)
トラウマと恐怖に加えて、ここでミスしてはいけないという緊張。モチャやリスナーを失望させたくないという気持ちが先行している。
(原因はわかってる。わかってるけど、直ぐに思考を切り替えられないッ)
あと、20秒。
とにかく一旦落ち着くために、周囲の魔物を焼き尽くす……!
「《
左のガントレットから放たれた黄金の炎が、周囲の魔物を灰にする。
僅かに空いた隙間に潜り込み、全身の力を抜いて深呼吸を1回、2回。
ほんの僅かな時間だが、少しだけ気を緩められた。
でも、まだ足りない。これじゃあ直ぐにさっきの状態に戻ってしまう。
あと、10秒。
もっと気持ちを落ち着かせて。
もっと力を抜いて。
もっと精霊の力をうまく使って。
もっと全体を見て。
もっと、もっと、もっと、もっと……。
「考えすぎですよ」
「──ッ……?」
咆哮や騒音が響く中。その人の声だけが、直接脳に響く。
軽く顔を上げて、声のした方を見ると……いた。やっぱり。鬼さんがいた。
モチャと共に、こっちを見下ろしている。
いつからそこにいたのかは、わからない。けど……考えすぎという言葉が、すんなり自分の中に入ってきた。
途端に、全身から力が抜ける。悪い意味ではなく、無駄な強ばりが抜けた……そんな感じがした。
考えていた。ずっと、うまく立ち回ろうと、考えて動いていた。ちゃんとトラウマを克服しようと、考えて動いていた。
考えて、動く。思考して、実行する。
そんなのは遅い。遅くなるに、決まってる。
当たり前のことを認識した瞬間──アラームが鳴り、10分が経った。
突如、生き残った魔物たちの体から、白いオーラのようなものが立ち上る。眼光は赤くなり、感じる存在感や圧の質が上がった。
狂化が始まったのだ。
が、しかし。それを前にしても、美空の気持ちは今までにないほど穏やかだった。
まるで、太陽の下……大草原にいるかのような気持ちに、自分で驚きを隠せない。
(本当……ずるいなぁ、鬼さんは)
1番いて欲しい時に、1番欲しい言葉を、1番いいタイミングで掛けてくれる。
美空は笑みを浮かべると、レーヴァテインを構えた。
「ごめんね、ひまちゃん。もう大丈夫。……行くよ」
【あいー!!】
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