第56話 トラウマ克服

   ◆◆◆



 翌朝(といっても昼過ぎだが)。美空はモチャと共に、ダンジョンへ来ていた。

 どうせ泊まったならコラボ配信しようということになったのだが、イマイチ決まらない。

 今もただ、ダンジョン内をぶらついているだけだ。



「なーにしよーかにゃぁ〜」

【にゃー】

「ダンジョンで突発コラボって、結構難しいですよね」



 ダンジョンでやることと言ったら、攻略だ。ボス攻略の他に、未知のルートを配信したり、未攻略環境・トラップを攻略したりする。

 しかもそのほとんどは、事前準備を要する。ネットで調べたり、本を読んだり、有識者に聞いたり。

 突発的に挑むと、ベテランの攻略者であろうと命を落とす。それがダンジョンだ。


 と、その時。モチャが「おっ」と指を弾き、見上げてきた。



「突発で思い出した。モンスターハウス行こっか」

「え」



 急な提案に、つい歩みを止めてしまった。

 モンスターハウスという言葉に、1年前にやらかした苦い記憶がよみがえる。

 詐欺に騙され……と言うか、自分が馬鹿でアホでマヌケでチョロかったせいで、命を落とし掛けた。

 おかげでモチャが救いに来てくれて、こうして関わることにもなったが……いい思い出より、悪い思い出の方が大きい。

 正直、近付きたくもないというのが本音だ。



「いやぁ、ウチは……」

「だーいじょーぶだって。お嬢ちゃんめっちゃ強くなってるし、精霊武装使えばよゆーでクリアできるできる!」



 確かに今の力があれば、怖がる必要はないと思う。だからって、トラウマが克服できるかどうかは話が別だ。



「今回は最初からアタシもいるしさ。落ち着いてやってみなよ」

【う? みしょら、がんばー!】

「うぐっ……」



 モチャ推し向日葵最愛から激励されてしまっては、断るに断れない。

 特に向日葵が、キラキラの顔をしているのがわかる。今は美空の中にいるけど、雰囲気が伝わってくる。



(まあ、モチャさんもいるし……最悪なことにはならない、でしょ。うん)



 それに、あれから今の自分がどれくらい成長したのかも知りたい。

 美空は覚悟を決め、ゆっくり頷いた。






 場所を移動し、上層の人気のない通路。この先に、モンスターハウスはある。

 既に配信は、モチャのチャンネルでスタートしている。コラボ配信ということは伝えているが、どこに向かうかは教えていない。



「にゅふふ〜。さーて、どこに向かっておるかわかるかい、皆の衆」


『どこ?』

『わからん』

『知らね』

『ダンジョン内って全部同じに見える』

『みみみがいるから下層じゃないことは確か』

『トイレ?』

『厠?』

『御不浄?』

『なんだ雪隠せっちんか』

『漏れそうなん?』

『なんでお前らトイレの別名すらすら出てくるんや』

『博識だなぁ』

『雪隠とか初めて聞いた』

『どうもトイレです』

『どうぞ私の手の中に』

『トイレ、推参』


「うわ……」



 モチャのガチレアな引き顔に、コメントは大いに盛り上がっていた。

 まあ、隣で見ている分には、モチャに同情するが。今のはライン越えだろう。

 モチャは無言でいくつかのコメントを削除すると、頭を振っていつもの天真爛漫な笑顔に戻した。



「ぶっぶー、違いまーす。全部ちがーう。……あと次トイレ関係のコメントしたら問答無用でブロックするからな」


『ういっす』

『うっす』

『ごめそ』

『すまねぇ』

『わかた』

『ちっす』

『すまぬ』

『ちゅす』



 本当にわかってるんだろうか。これがモチャのチャンネルリスナーのノリとは知ってるけど、心配になる。



「まったく……モチャ1人の時ならいいけど、今はみみみお嬢ちゃんもいるんだからね。可愛い可愛い未成年を汚したら、シャレにならないぞよ」


『この度は大変申し訳ございませんでした』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『すみませんでした』

『許してください』

『ごめんなさい』

『【投げ銭:2000円】ごめんなさい』

『申し訳ありません』

『ホント、すみません』



 むしろ、自分もモチャ推しのリスナーだから、こういうやり取りは見ていて楽しい。

 が、今の時代にセクハラ紛いの発言はさすがにまずいと察したのか、コメント欄は謝罪で溢れ返っていた。その前に年齢問わず、トイレ系コメントのせいでアウトだと思うのだが。



「いえ、ウチもどちらかと言うと皆さん側のコメントしたことあるので、気にしないでください」

「え?」

「……あ」

「「…………」」



 やばい、今のは失言だった。

 2人の間に謎の沈黙が流れる。普通に放送事故レベルだ。

 急激に顔が熱くなり、顔を伏せる。なんてことを言ってるんだ、自分は。



「……忘れてください」

「いや、まあ、うん。よく考えたら、モチャも人のこと言えなかったわ……ごめんね」



 モチャも顔を真っ赤にして頬をかく。人のこと言えないということは、何か思い当たる節があったのだろうか。

 ……これ以上、このことを深掘りするのはよそう。なんとなく、本能がそう告げていた。

 モチャも同じことを思ったのか、わざとらしく咳払いをして話題を変えた。ざわつくコメント欄も無視して。



「はいと言うことで! この中に正解はいませんでした〜! ざんねーん! ……ん? なに? なんもなかったよ。何騒いでんの君たち怖い」



 パワープレイで無かったことにした。



「てなわけで、本日のコラボ内容は〜……ドキドキっ、みみみお嬢ちゃんトラウマ大克服スペシャルー!」

「い、いえーい!」

【ひゃっふー!】



 打ち合わせ通り、とりあえず拍手した。頭の中の向日葵も、わかってないのに盛り上がってくれてる。ありがたい。



『トラウマ?』

『みみみにトラウマなんてあった?』

『なんだろ』

『うーむ……?』

『もしかしてモンスターハウス?』

『あ』

『なるほど』

『モンスターハウスか!』

『あれはリアタイで見たけど、確かにヤバかったな』



 チラチラとモンスターハウスというコメントが流れ、モチャは大きく頷く。



「そうそう。あの時はモチャが助けに行ったけど、最後までお嬢ちゃん1人でクリアはしたことなかったからねぃ。大量の魔物が若干トラウマみたいだし、これからのことを考えると克服しておいた方がいいと思って。みみみお嬢ちゃん、行けそう?」

「しょ、正直……めちゃくちゃ怖いです。あれから成長してるとは言え、あの怖さはまだ体が覚えてるし……で、でも、強くなるために、乗り越えますっ」


『頑張れ!』

『がんばれー!!』

『超応援してる!』

『みみみならできる!』

『めっちゃ強い魔法も覚えてるし、大丈夫!』

『最悪の場合モチャが助けてくれるなら、気負わず行こう!』



 暖かいコメントが流れる、ひとまず安堵する。

 あの時は自分の愚かな行動のせいで、軽く炎上しかけてたから、それもトラウマだったりするのだ。見たところそんなコメントはないし、とりあえず安心した。



「それじゃあもう少しで着くし、お嬢ちゃんは準備を……ん?」

「あ」



 モチャが止まり、自分も後から気付いた。

 視線の向こうからやって来た、1人の女性。ダンジョンには似合わない、草原を散歩するお嬢様然とした彼女は……。



「む、ムーランさん?」

「あら? あ、ミソラ様っ……!」



 つい昨日、中層で会ったばかりの超新人攻略者、ムーランだった。


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