第55話 突然の来客
「来ちゃった♡」
「いや深夜なんですが??」
いきなりチャイムが鳴ったと思ったら、相手はモチャだった。
今の時刻は深夜1時。美空としても、もう寝る時間だ。向日葵も、もうベッドで寝てしまっている。
眠い中のまさかの来客に、頭の中は混乱しっぱなしだ。
「どうしたんですか、いきなり」
「暇だから遊びきたー。お邪魔しまーす」
「え、ちょっ……!」
小さい体を隙間に捩じ込ませて、無理やり入ってきてしまった。
こうなっては今更追い返すのも申し訳なく……というか、推しが家にいる状況に少し興奮してしまった。
リビングに突撃したモチャはベッドにダイブし、クッションに顔を埋めた。
「すーーーーーーーーーーーーーーー……はぁーーーーーーーーーー……至福」
「やめい!」
「ほべっ」
さすがに今のは見逃せない。何深呼吸してるんだ、この人は。
脳天にチョップしてクッションを奪い取ると、モチャはでへへと笑ってソファーに座り、辺りを見渡した。
「お嬢ちゃん、ひまは寝ちゃってるの?」
「ホント、何時だと思ってるんですか。もう大体の人は寝る時間ですよ」
「そう? ここからがぱーちータイムなのにね」
どこから取り出したのか、モチャはジュースやスナック菓子をテーブルに広げて、パーティー開けし始めた。
本格的にここに居座るつもりらしい。いったい何を考えているんだか。
「ほらほら、お嬢ちゃんも食べなよ」
「太りますよ」
「ダンジョンで動きまくってるから、だーいじょーぶだって」
……それもそうか。
美空は仕方ないと肩を竦めると、モチャの隣に座ってお菓子を口に放り込んだ。
「それで、何か用があるんじゃないんですか?」
「まあねぃ。大したことじゃないんだけどさ」
モチャは
画面には美空。そしてもう1人、ムーランが映っていた。
「このムーランって子について、話を聞きたくて」
「話……と言っても、ウチも会ったばかりでよくは知りませんよ?」
「まあ、うん。そりゃそうか……でも知ってることだけでいいから、教えて欲しくて」
知ってることなんて言われても、攻略者名と強さくらいで……。
「あ。そう言えば探してる人がいるって言ってましたね」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたっけ。どんな人か聞いた? アタシなら結構顔見知り多いし、もしかしたら力になれるかも」
「写真はなくて、イラストだけなんですが……一応、写真も撮ってきてます」
あんな画伯的なイラストで、探し人が見つかるとは思えないが。
写真フォルダを開き、モチャに見せる。
ギョッと目を見開いたモチャは、怪しむような顔で美空を見た。
「ふざけてる?」
「いえ、まったく。ムーランさんのお母さんがこの人の知り合いみたいで、話を元に描いたらしいです」
「はぁ〜……まっっったくわからん」
「同意します」
こればかりは擁護のしようもない。こんな下手なイラストじゃあヒントにもならないし。
「あとは、東北の山奥で育ったこと。お母さんと二人暮しなこと。結構厳しく躾られて来たこと……ウチが知ってるのは、このくらいですね」
「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
「いえ、気にしないでください。でも、なんでムーランさんのことが気になったんですか?」
配信に映ってるのは、一緒に行動した1時間ちょっと。
確かに強いし、動きが中層攻略者のそれではない。でもモチャが気にすることはないと思うのだが……。
モチャはジュースを呷り、ムーランの映る画面に目を落とした。
画面内には、ムーランが近接戦闘だけで魔物を屠る姿が映っている。
「……この戦い方、ちょっと見覚えがあると思ってさ」
「えっ……!?」
まさかの言葉に、美空も前のめりになる。
「ど、どこでですか……!?」
「それがさーっぱり思い出せないんだよねぃ。戦い方が完全に一致してるって訳じゃないし、なんとなく似てるものを見たことがあるなー程度でさ」
さすがダンジョン歴が長いだけある。
これなら、見つかるのも時間の問題だ。
「あとは、センパイに頼るかだよねぃ」
「え? 鬼さん?」
「うん。あの人なら、アタシら以上にダンジョンに詳しいでしょ。基本、出会った攻略者には全員挨拶してるみたいだし、警備員なら全攻略者の情報を知っててもおかしくないよね」
確かに。鬼さんレベルなら、数十万人規模の横浜ダンジョンの攻略者も、全員覚えていそうだ。
「けど、人探し程度に鬼さんを頼っていいんですかね……もしも、『こんなこともできないんですか?』って思われたら、ウチもう二度と鬼さんに顔を見せられませんよ」
「だ、大丈夫大丈夫っ! センパイはそんなこと………………考えないからさ!」
「間」
心配になるくらいの間に、余計不安になる。
「じゃ、じゃあセンパイに頼るのは最終手段にして、まずは自分の脚で捜すのもありでしょ。うん」
「そ、そうですね。そうします」
鬼さんに呆れられるくらいなら、頑張って自力でなんとかしよう。
あとはSNSでの人海戦術もありだけど、それに関してはムーランの許可を得ないことには使えない。
一応ムーランとは連絡先も交換した。今時珍しい、タブレット型の旧型スマホだったが。
連絡は朝になったらするとして、今は手掛かりもない。急いではいないみたいだし、手が空いた時にゆっくり捜そう。
「にしても、この子めっちゃ強いね」
「モチャさんの目から見ても、やっぱり強いんですか?」
「バッチバチにね。中層でこんなに動ける子、みみみお嬢ちゃん以外にいないでしょ」
まさかモチャに褒められるとは思わず、つい口角が上がってしまった。
そうか。自分、強い方なんだ……ちょっと自信がついた。
「あーあ。アタシもうかうかしてらんないな。最下層を目指すのもいいけど、下から若い才能がどんどん押し上げてくるし……ぶっちゃけ怖いよ」
「あー……今その気持ちを味わってるところです」
苦笑いを浮かべ、ムーランの戦闘シーンを見る。
魔法を使わずこの強さで、たった半月で中層の半ばまで潜るほどの膂力。正直、怖いものがある。
外の世界にもまだまだ化け物みたいな人がいると、初めて実感した。
ぼーっと映像を見つめていると、隣に座っていたモチャが大きなあくびをした。
「ん……ふあぁ〜。ねーむ」
「泊まっていきます? さすがに今から帰るのは大変でしょうし」
「え、いいのっ? やった、お嬢ちゃんの添い寝〜」
「ウチはひまちゃんと寝るので。ソファーを貸すので、1人で寝てください」
「しょんな……!?」
そんな絶望した顔をされても。
落ち込みながらちまちまスナック菓子を食べるモチャ。……なんか可哀想に思えてきた。これは自分が甘いからだろうか。
「えーと……はぁ……狭いベッドですけど、文句言わないでくださいね」
「!!!! みみみお嬢ちゃん、大好きっ!」
「わっぷ」
急に抱きついてきたモチャを受け止める。
見た目通り、やっぱり軽い。この軽い体のどこに、あんな馬鹿力があるのやら。
「じゃ、歯を磨いて寝ましょ。歯ブラシは新しいのあるので、出しますよ」
「ういっす。……寝てるのに乗じて……ぐふふふふ」
やっぱ今すぐ追い出してやろうか。
なんて考えが脳裏をよぎる美空なのだった。
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