第54話 手掛かり
結局あれから1時間ほど、エンカウントした魔物を狩りながらダンジョン内をうろちょろしていた。
その度に、ムーランの身体能力には驚かされる。
特に、パワー、スピード、危機察知能力が凄まじい。下層で活躍していてもおかしくないほど、突き抜けていた。
「ふふ。いい運動になりますわね」
「中層の魔物を相手にして、運動って言える人なんていませんよ」
「そうですか? 戦闘と言うには、もう少し張り合いがあった方が嬉しいのですが」
『やはりゴリラ』
『ゴリかわ』
『やばいガチ恋しそう』
『【投げ銭:1000円】ムーランさん、DTuberとか知らなそうだったけど、興味ないん?』
横目に見ていたコメントに質問が投げられ、とりあえずムーランに質問してみた。
「ムーランさん。さっきDTuberを知らなそうだったけど、興味とかないんですか? それとも、DTuber以外の配信とかの方が好きだったり?」
「興味がないというより、いんたーねっと?というものに疎くて……気付いたときから、ずっと特訓の毎日でしたから」
ムーランは過去のことを恥ずかしそうに話す。
気付いたとき……つまり、物心ついた頃から、強くなるために特訓をし続けていた、と……あの強さにも納得の理由だ。
美空が攻略者になったのは1年前。強くなるための特訓は、もっと短いと思う。向日葵と融合したのも、半分運みたいなものだ。
対してムーランは、10数年の年月をかけて修行してきた。当たり前だが、強さのレベルが違う。
『物心がついたときか……ゲームばっかしてたな』
『う○ちと言って喜んでいた年頃』
『電車とか車とか好きだったな』
『今じゃぶよぶよ体の中年期……』
『わ、ワイはまだ中年じゃない!(なお体は……)』
『ピザとコーラ片手に見てるのが恥ずかしくなってきた』
『悲しいなぁ』
『昔に戻りたい』
『記憶持ったままやり直してぇ』
ムーランと自分の人生のかけている覚悟の違いを痛感したのか、コメントは阿鼻叫喚だった。
思わず苦笑いを浮かべていると、ムーランがきょとんとした顔で首を傾げる。
「ミソラ様。どうかされたのですか?」
「いや、画面の向こうの人たちが、ムーランさんと自分の違いに打ちひしがれていて……」
「はぁ、わたくしにはよくわかりませんが……ですが、皆様はそのままでもいいと思いますわ」
ムーランがカメラに視線を向けて、優しく微笑んだ。
慈愛と包容をはらんだ微笑みに、同性なのに心臓が高鳴った。
「皆様がわたくしのようでしたら、世界はもっとつまらないですもの。いろんな人がいて、いろんな人生があり、いろんな過去があるから、世界は面白いのですわ」
『【投げ銭:500円】天使』
『天使』
『天使』
『天使』
『【投げ銭:1200円】天使』
『これは天使』
『天使』
『【投げ銭:300円】救われた』
『【投げ銭:2000円】ありがとう』
『大天使ゴリエル』
『泣いた』
『安心してピザが食える』
『画面がぼやけて見えないよ』
まるで信仰のように、世界中からコメントが投げられる。
今の一瞬で、ムーランはかなりのファンを獲得したみたいだった。
けど美空は、今の微笑みに……なんとなく、既視感を覚えていた。
どこかで見たような……誰かの配信だったか、知り合いだったかわからない。
どこの誰だったか……思い出そうとしていると、向日葵が大きくあくびをした。
【ふあぁ~……みしょら、ねむぅい】
(あ、ごめんね、ひまちゃん。そろそろ戻ろうか)
【うぃ……】
自分の中にある向日葵の力が弱くなっている。かなり力を使っていたから、当たり前だ。そろそろ休ませてあげよう。
「ムーランさん。今日はここまでにして、一旦外に出ましょうか」
「ええ、もっとお散歩したいですわ……」
「あはは……実はお腹空いちゃいまして。一緒にご飯食べませんか? 美味しいお店、紹介しますよ」
「行きます!!」
「うぉ」
急に前のめりで迫られて、驚いた。そんなにお腹空いていたんだろうか。
「わたくし、お友達がいなくて、誰かとお食事とか行ったことないんです! ずっとずっと憧れていたのですわ……!」
『あ』
『あ……』
『あ』
『うん……』
『察した』
『友達いないとか親近感しかない』
『悲しいなぁ』
『【投げ銭:20000円】美味しいもの食べてくるんやで』
『【投げ銭:15000円】ご飯代』
『【投げ銭:50000円】俺たちの分も楽しんできてもろて』
『【投げ銭:30000円】いっぱい食べるんやで』
『【投げ銭:5000円】微力ながらどうぞ』
『【投げ銭:10000円】美女たちの血肉になるなら本望』
『【投げ銭:20000円】楽しんでき来て!』
おめめキラキラ〜。
悲しい理由だった。ずっと修行漬けの毎日だったのなら、仕方ないが。
「そ、それじゃあご飯に行きましょうか。みんな、今日の配信はここまでね。これからムーランさんとご飯行ってくるから、次の配信までいい子に待ってるんだよ。おつみみー」
「皆様、ミソラ様をお借りしますね」
『おつみみ!』
『おつみみー』
『今日も楽しかった!』
『おつみみー』
『ムーランさんまたね!』
『おつみみ!』
『いい子で待ってます!』
『またねー』
『おつみみー』
◆◆◆
ダンジョンから出た2人は、横浜ダンジョン街にある和食喫茶にやってきた。
半個室の部屋に通され、互いに対面に座る。
和室の部屋だから、なんとなく正座で座ったけど……正座に慣れていなくて、違和感がある。
「ミソラ様、もしよろしければ、足を楽にしてくださって構いませんよ」
「そ、そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
足を崩してそっと息を吐き、改めてムーランに目を向ける。
美しい正座に、美しい姿勢。和室ということもあり、より一層お嬢様感が出ていた。
あそこまで強くなるために鍛えられ、所作も、端々の動きも礼儀正しい。余程きつい家に育てられたんだろうか……。
「ムーランさんって、半月前に横浜ダンジョンに来たんですよね? それまではどこに住んでたんですか?」
「東北の山奥です。自然が豊かで、人も優しくて、とても充実した場所でしたわ」
「もしかして、昔ながらの大家のお嬢様?」
「いえ。わたくしの実家は、特にそう言った家系ではなく、ごく普通の家庭でしたよ」
それにしては、淑女然とした喋り方なような。
内心疑問に思っているの、ムーランは口に手を当てて笑った。
「今、期待はずれって思いました?」
「そっ、そんなことありませんよっ」
「ふふふ。ごめんなさい、意地悪を言ってしまいました」
ムーランは出されたお茶を飲み、そっと息を吐いてから口を開いた。
「わたくしの実家は山奥にある、小さな一軒家。この喋り方は、お母様に躾られました。いつかある方に出会うときに、失礼のないようにと」
「……怖い方なんですか?」
「さあ、どうでしょう。でもお母様は、その方をとても尊敬しているみたいでしたよ」
と、急に何かを思い出したかのように、ムーランはかばんから手帳を取り出した。
「そうですわ、ミソラ様。ミソラ様はダンジョン経験は豊富ですわよね。イラストがあるので、この方をどこかで見覚えはありませんか?」
「え、イラスト?」
「その方、写真を極端に嫌がる方だったらしくて、写真がないのですわ。ですから、お母様のお話を頼りに、イラストを描いてみたのです」
「なるほど……でも、確かに1年いるけど、知らない攻略者の方が多いですよ?」
横浜ダンジョンの広さは、日本国内でも屈指の広さだ。その分攻略者も多く、顔見知りの攻略者なんて両手で数えられるくらい。見たこともない攻略者なんて、数十万人規模だろう。
「まあまあ、見ていただくだけでも。いつか見つけたら、わたくしに連絡してくださいね」
「はぁ、それでしたら……」
ムーランから手帳を受け取り、イラストを見る。
と、そこに描かれていたのは──どこが口でどこが目なのかもわからない……超絶ド下手なイラストだった。
思わず硬直。なんだこれは。イラスト……落書きの間違いじゃないのか?
「どうでしょう、ミソラ様……!」
おめめキラキラで、期待の籠った目を向けてくる。
これじゃあ、知り合いだったとしても誰なのかさっぱりわからない。
「さ、さあ……み、見たことはない、かな……?」
「そうですか……では、見かけたら連絡くださいね」
「は、はい。そりゃあ、もちろん」
もうムーランとは知らない中ではないから、連絡はする。……見つからないとは思うが。
ムーランはうきうきとした顔で手帳を胸に抱きしめる。
こんな顔をされては、下手なんて口が裂けても言えなかった。
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