第53話 舞踏
とりあえず魔法を解除して、ムーランと並んでダンジョンを奥に進む。
沈黙が気まずい。見知った仲だと気にならないのに、さすがに出会ったばかりの人は緊張する。
横目でムーランを見る。
ムーランは体の前で手を組み、体の軸をぶらさず、微笑みを絶やさずに歩いている。
まるでダンジョンではなく、草原を散歩するお嬢様のような美しさだった。
思わず見とれていると、美空の視線に気付いたムーランは少し頬を染めて困ったような顔をした。
「そ、そんなに見つめられると、困ってしまいますわ、ミソラ様。わたくしの顔に何かついていますか?」
「あ、いえ。そういうわけじゃなくて……なんか格好が、ダンジョン攻略者っぽくないなーと」
「そ、そうなのですか? 申し訳ありません、俗世に疎く……」
俗世に疎いとかそういうレベルではないだろう。常識的に考えて、動きやすい服装で来るのが当たり前だ。
しかもここは中層。慣れている攻略者でも、油断をすれば致命傷を受けかねない。下手したら、死ぬだろう。
ますますおかしい。なんでこんな人が、ここにいるのか。もしかして強い人たちとパーティーを組んで、はぐれてしまったのだろうか。その方がまだ信じられる。
「ムーランさんは、ここに来るまで誰かとパーティーを組んでたんですか?」
「ぱーちー……? よくわかりませんが、わたくしはずっと1人ですよ」
パーティーの概念すら知らないらしく、頭にハテナを浮かべているムーラン。
おかしい。絶対におかしい。攻略者は中層に来るまでに、いろいろとダンジョンについて勉強したり、経験をしてくる。パーティーを知らないのは、どう考えても異常だ。
……いや、この考えはよそう。人にはいろいろな事情があるし、ダンジョン内で出会った人にリアルのことを聞くのはタブーだ。
「ということは、1人で上層ボスも倒したんですよね。強くなかったですか?」
「ええ。他の魔物さんより硬くて驚きました」
「ムーランさんって、お強いんですね」
「はい。わたくし、ちょっとだけ強さには自信があるんです」
むん、と力こぶを作るが、こぶらしいこぶが見当たらない。か弱い女性の腕という感じだ。
本当に、見れば見るほどなんで中層にいるのかわからない。
「ムーランさんは、いつから中層に?」
「えっと……かれこれ3日前ですね」
「へえ、3日……へっ?」
まさかの回答に、目を見開いた。
ここは中層と言っても、かなり下層に近い。普通の攻略者は、中層の魔物の強さにまだ慣れていない頃だ。
それなのに、もうここまでいる……はっきり言って、異常なスピードだった。
「す、すごいですね。驚きました」
「そうなのですか? まだここら辺の魔物さんでしたら、魔法を使わず苦労なく倒せますが」
さすがに今の発言にはギョッとした。美空を含めたほとんどの攻略者は、ここまで来ると魔法を使わないと魔物は倒せない。
不意に、さっきの光景が頭に浮かんだ。
100匹近くの魔物が、ほぼ同時に灰となった光景……まさかとは思ったが、本当に素手で戦っていたのか。
この強さに加え、中層をたった3日でここまで来たというのが、本当だとすると……。
「ムーランさんって……初めてダンジョンに入ったの、つい最近ですか?」
「はい、半月ほど前に」
「……はい?」
【はんちゅき?】
『は?』
『え』
『は?』
『は?』
『は?』
『何言ってんの?』
『さす嘘やろ』
『え?』
『ごめん聞き間違いか?』
『半月とか嘘だろ』
ムーランの言葉に、コメントもザワついている。
初めてのダンジョン攻略で、魔法も使わずたった半月でここまでやってくる……どう考えても、普通じゃない。
「す、すみません。失礼なのは承知なんですが……攻略者カードを見せてもらってもいいですか?」
「構いませんよ。こちらですわ」
と、カードケースから1枚のカードを取り出した。
攻略者カードとは、能力がいつ覚醒したのか。ダンジョンにいつ入ったのかが刻印されている。
今どきはデジタル化して
見れば見るほど、現代に生きる女性とは思えない。
改めて、ムーランの攻略者カードに目を落とす。
攻略者名:ムーラン
能力覚醒日:2XXX/10/3
攻略開始日:2XXX/10/4
今日の日付が、10月20日。能力の覚醒も、攻略開始日も、ほぼ半月前だ。
信じられないが、顔写真も本人のものだ。何より、カードを不正に改ざんすることは許されないし、改ざんするメリットもない。
つまり……この情報は、本物ということだ。
「す、凄いですねっ、これは……!」
「いやですわ。褒めても何も出ませんよ」
「いやいやいや、本当ですって!」
打算も裏もない。こんな超スピードで中層下部まで降りてくるなんて、凄いとしか言いようがなかった。
「でも、なんでこんなに急いで潜ってるんですか? ここまで焦らなくてもいいと思うんですけど……」
「わたくしとしては、焦っているつもりはないのですが……いえ、焦っているのかもしれません。……噂で聞いたのです。ここに、
「ある方……?」
「はい。わたくしはその方に──」
と……急にムーランが立ち止まり、険しい顔つきでダンジョンの奥に目を向けた。
「ミソラ様。魔物の気配ですわ」
「え? ……あ、ホントだ」
気配探知に集中すると、ほんの僅かに感じ取れる。
と言っても、まだ数十メートルも先だ。いくらなんでも遠すぎるが……この距離でも、ムーランは気配を感じ取れたらしい。とんでもない感知能力だ。
「ミソラ様はお待ちください。わたくしが仕留めます」
「……じゃあ、お願いします」
これはチャンスだ。ムーランの強さを見ることができる。
もう少しだけ洞窟を進む。と、反対側から猛ダッシュで駆け寄ってくる魔物の姿が見えた。
デス・ラプトル。トカゲ型の魔物で、体長は1メートルちょっと。巨大な毒の爪と3つの目が特徴的で、動きも俊敏だ。
果たして、ムーランはどう戦うのか。
ムーランは美空より1歩前に出る。
そして、まるでバランスを崩すように地面に向かい倒れ込み……ぶつかる直前。ほぼ地面と水平になった瞬間、超加速。美空の目でも、追うのがやっとのスピードでデス・ラプトルへ急接近した。
「シャーーーーーーッ!!」
「フッ──!」
デス・ラプトルが、毒の爪を振るう。
だがムーランはどうやったのか、滞空中に身を翻すように爪を華麗に避ける。まるで、舞踏のようなしなやかさだ。
左右から振るわれる凶刃を避け切り、更に加速。
ムーランはデス・ラプトルの顔面を鷲掴みにし──そのまま、握り砕いた。
見た目の可憐さ。美しさ。儚さからは感じられない……野生児のようなワイルドさ溢れる戦い方だった。
『ゴリラやん』
『ゴリラ3号』
『これはゴリラ』
『1と2は誰?』
『モチャとみみみでしょ』
『ゴリラすぎる』
『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラか』
(こいつらいつか泣かす)
コメントにイラッと来ていると、身なりを整えたムーランがこっちへ戻ってきた。
「お待たせしました、ミソラ様」
「い、いえ、待ってないです。ほんと、全然……」
素の身体能力は、間違いなく自分以上だ。いったいどこでこんな力を得たのやら……。
「そんな凄い力を持ってて、ここのダンジョンで会いたい人って……下層にいる誰かですか?」
「さあ、そこまでは……昔からお母様から、いつかその方に会いに行きなさいと教えられているので」
「はぁ……?」
なんか、複雑な家庭事情っぽい。
配信もしているし、これ以上詮索するのは止めておこう。
「すみません、言いづらいことを聞いちゃいました」
「いえ、構いませんわ。それでは、もう少し奥に行きましょう。ピクニック気分で楽しいですわね♪」
ダンジョン攻略をピクニックと呼ぶ人は、後にも先にもこの人だけだろう。
美空は苦笑いを浮かべ、ムーランと共に更に下へ向かうのだった。
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