第50話 誇り

   ◆◆◆



「「【キャーーーーーーーッ♪】」」

「ぎゃあああああああああ!?!?」



 決められたコースを動き回るジェットコースターから、愉しそうな悲鳴と断末魔のような叫び声が聞こえてくる。

 現代のジェットコースターは、ダンジョンから受けた恩恵のおかげで、多少の無理でも問題なく稼働するような作りになっていた。

 その結果……断末魔を上げていたのは、モチャだった。


 ジェットコースターから降りた4人は、下で待っていた鬼さんの元へ戻る。美空、八百音、向日葵の3人は楽しそうだが、モチャは既にダウナー状態だった。



「皆さん、お帰りなさい。楽しかったですか?」

「すっごく! 久々に乗ったけど、最高!」

「ウチは初めて乗った! めっちゃ面白い!」

【ひまもねっ。たのしっ、たのしっ!】



 まるで下で待っていたお父さんに、無邪気に報告する娘たちのようだ。



「ふふ、そうですか。私は待っているので、もっと遊んで来ていいですよ」

「あ、ちょっとアタシも休憩……しんどい……」



 モチャはだいぶしんどいのか、青ざめた顔でベンチに座った。



【もちゃ、だいじょーぶ……?】

「ごめんねひまぁ。少し休憩するだけだからさ」

「彼女のことは私が見ています。向日葵さんは、思う存分楽しんできてください」

【……あい】



 向日葵はモチャの手をギュッと握ると、美空たちと一緒に別のアトラクションへ向かった。

 ほっと一息つくモチャに、鬼さんはペットボトルのジュースを手渡す。



「ご苦労様です、深雷さん」

「ども。ありがとうございます」



 新品のジュースだが、モチャは天を仰ぐように口をつけ、500ミリの水分を一気に飲み干した。相当喉が渇いてたらしい。



「それにしても意外でした。あなた、絶叫系が苦手なのですね」

「苦手なのもありますけど、アタシさっきまで死にかけてましたからね。どっかのアホのせいで」



 そう言えばそうだった。脇腹を刀で貫かれ、自身の電撃で感電し、肉は焼け爛れ……いくら回復薬で完治しても、常人ならしばらく休みたいほどの重症だったはずだ。



「すみません、無理に連れて来てしまって」

「センパイは気にしないでよ。……アタシが、ひまと遊びたかったんだからさ」



 モチャの視線を追うと、3人がティーカップに乗ってぐるぐる回っているのが見えた。

 楽しそうに笑う3人に、つい笑みが零れてしまう。



「ベタ惚れですね、向日葵さんに」

「あんな可愛い子に惚れない奴はいないって。もちろん、手は出さないけど」

「手を出したら、私の鉄拳制裁が待っていますので」

「はい絶対しません」



 鬼さんの本気を感じ取ったのか、別の意味で顔が青ざめたモチャだった。

 互いに無言で、3人が遊び回る姿を見つめる。

 特に沈黙が辛いことはない。自分もモチャも、そんなことを気にする年齢ではない。

 半ばぼーっとしていると、不意にモチャが「それにしても」と口を開いた。



「まさか人間と精霊の融合なんてねぇ……お嬢ちゃんの力も爆発的に伸びたみたいだし、アタシもうかうかしてられないかな」

「あの姿でレーヴァテインを手にしたら、下層でも十分に戦えそうですね。あとは経験を積んで、あなたと一緒に下層ボスを突破できれば……」

「最下層かぁ〜。どんだけの化け物がいるのやら……センパイは知ってるんだよね、最下層。どうなの? やっぱ強い?」

「ふむ、そうですね……」



 どう説明するのが伝わりやすいのか。

 缶コーヒーに口をつけ、少しの間熟考する。



「……私が知っているのは、別ダンジョンですが……どこのダンジョンにも、下層ボスはいますよね?」

「うん、いるね」


「あれが中雑魚程度でゴロゴロいます」


「……ガチ?」

「ガチです。中層ボス雑魚下層ボス中雑魚下層ボス以上の魔物上雑魚……それらが跋扈ばっこしている、魔窟。それが、最下層です」



 現実を突きつけると、モチャの顔色は更に青白くなった。

 それもそうだ。中層ボスでさえ、並の……いや、並以上の攻略者でも倒せない。下層攻略者が少ないのも、中層ボスという壁が立ちはだかっているのが理由だ。



「それらを難なく倒せるようになっても、最下層ボスは更にその上……大変ですねぇ。はっはっは」

「笑いごとじゃないんだけど」

「まあ、安心なさい。最下層に行けるようになったら、ちゃんと私が警備してあげますから」

「…………」



 鬼さんの言葉に、モチャはジト目で見上げてくる。文句を言いたくても、相手が先輩だから言えない、といった感じだ。



「どうぞ。気にせず言葉にしてください」

「じゃあ、お言葉に甘えて。……それだけの化け物の巣窟なのに、ちゃんと護りながら戦えるの? センパイの強さは知ってるけど……」



 徐々に声が尻すぼんでいき、最後には気まずそうに顔を逸らした。

 そんなに気にしなくてもいいのに、と笑みを浮かべて、空を見上げる。



「月影さん……DTuberとして、レビウスと名乗っている彼ですが……7年前に、私と一緒に最下層へ入ったことがあります」

「えっ!?」

「横浜ダンジョンではなく、別のダンジョンですがね。彼はその時から、代理執行人の候補。いずれは最下層へ通うことになりますから、早い方がいいかと思いまして。彼は下層では負けなしの猛者でしたが……最下層では、完膚なきまでに打ち砕かれました」



 モチャの目が丸く見開かれる。

 それもそうだ。今は化け物の中の化け物である代理執行人。下層では負けなしだった彼が、最下層には歯が立たない。事実、モチャ自身も彼に苦渋を舐めさせられている。

 そんなこと言われて、信じろという方が無理だろう。



「そんな彼を、無傷で生還させたのが私です。どうです? 大丈夫だって気持ちになりましたか?」

「むしろ、アタシら程度じゃ無理だって気持ちになりましたが」

「……おかしいですね。勇気づけたつもりですが」

「どこがじゃ」



 ジト目を向けられてしまった。解せぬ。

 肩を竦めて視線を受け流すと、モチャはため息をついて膝に肘をつけた。



「アタシ、執行人として誇りを持ってたんだ」

「良いことではないですか」

「その誇りも揺らぎそうだよ。下層ボスにも勝てない。レビウスにも負ける。その上、歳下で後輩のお嬢ちゃんにも追い付かれそうだし……はぁ〜、心折れそう」



 かなり精神的に来ているのか、モチベーションが下がっているようだ。

 こういう時に、なんて声を掛けるのが正解なのか……。



「これは、お世辞でもなく本気なのですが……私が見てきた方の中で、1番潜在能力が高いのは、あなただと思っています」

「……ふぇ?」



 まさかの言葉だったのか、モチャは唖然とした顔をした。



「そ、そんな、何を言って……」

「考えてもみてください。美空さんは、潜在能力だけで見れば下層でギリギリ……強くなったのも、向日葵さんと融合したからです。月影さんも、私という師の下で修行をし、強くなりました。ですが、あなたは違います。誰にも師事せず、独力と潜在能力だけで下層へたどり着き、今なお我流で強くなり続けている」



 呆然と、しかし一言一句聞き逃さないように、モチャは黙って鬼さんの言葉を聞く。



「……本当……?」

「ええ、本当です」

「嘘じゃない……?」

「私は嘘なんてつきません。現に……あなた、美空さんたちと一緒に過ごすようになってから、強くなっていますよ。きっと、護る者ができると強くなるタイプなのでしょうね」



 最後に、鬼さんはモチャの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でた。

 甘やかすように。慈しむように。励ますように。






「誇ってください。あなたは、誰よりも強くなる」






「──もう、ずるいよ、センパイ」

「何がですか?」

「ばーか」



 なぜばかと言われなければならないのか。乙女心は複雑怪奇である。

 首を傾げていると、ひとしきり遊んできた3人が、こっちへやって来た。



「もちゃっ、おにしゃっ! おかしたべりゅ!」

「チュロスを買ってきたんです。みんなで食べましょ」

「うまいんだよ、ここのチュロス」



 満面の笑みを見せる3人をみ見て、モチャも微笑んで鬼さんに目を向けた。



「センパイ、愚痴聞いてくれてありがと。……強くなるよ、アタシ。護るべき大切な人が、沢山できたからね」

「ええ、期待しています」



 2人はベンチから立ち上がり、3人の元に向かう。

 今は平和な、この時を噛み締めるように。


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 これにて、【太陽の子編】は終わりです!

 いかがでしたでしょうか?

 美空たちの物語はまだ続きますので、応援のほどよろしくお願いします!!

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