第49話 もう1つの約束

 吹き荒れる灼熱の気流が、橙色の球体を内側から破壊する。

 美空自身が発光しているから、ダンジョン内が明るく照らされている。

 薄暗いダンジョンの向こうには、こちらを見て目を見開いている鬼さんとレビウスの姿があった。



「な、なんだ、アレは……!?」

「……美空さん、ですか?」



 2人の声がどこか遠くに感じる。自分に話し掛けられているのに、まるで他人事みたいに聞こえた。

 両手を握り、開き。膝を曲げ、伸ばす。

 大丈夫。いつもの自分だ。

 ただ……内側から溢れ出る灼熱のパワーが、自分のものとは思えない。



「美空!」

「おい、アンタお嬢か!?」



 名前を呼ばれて反対側を向くと、八百音とモチャが魔物と戦いながらこっちを見ていた。

 魔物はまだ興奮気味で、次から次へとやって来ている。あれじゃあ、落ち着いて話もできない。

 まずは、魔物を倒す。



(けど、初めて使う力……うまく行くかな……?)


【──だいじょーぶだよ、みしょら】

「ッ……ひまちゃん……?」



 頭の中に響く、向日葵の声。

 その声で吹き荒れていた炎が安定し、ガントレットに集中した。

 そうだ。向日葵は消えた訳じゃない……自分の中に、いる。間違いなく、いる。



【このちから、ひまの。つかいかた、ひまが教えるね】

「……うん、ありがとう」



 頭に直接、力の使い方が流れ込んでくる。

 美空は両手を左右に大きく広げ、右手を鬼さんたちの方に。左手を八百音たちの方に向けた。


 太陽は安らぎと豊穣を与える。

 一方で……度の過ぎた熱は、破壊をもたらす。



「《神の烈炎ミスラ・ソル》」



 直後、ガントレットから放たれたのは膨大な黄金の炎。

 ダンジョンの洞窟を埋め尽くすほどの灼熱の炎は、どこにも逃げ場はない。

 炎は問答無用で魔物たちを飲み込み……同時に、鬼さんや八百音たちも同時に飲み込んだ。

 でも、大丈夫。大丈夫だと、確信している。

 放つこと数秒。炎は弱まり、先細りになり……ついに消えた。

 横目で確認すると、魔物たちは一匹残らず殲滅。鬼さんたちは、直撃したのにも関わらずまったくの無傷でそこに立っていた。



「な……何、今の。まったく熱くなかったけど……?」

「あ、アタシも……むしろめっちゃぽかぽかして、ちょー眠くなった……ふあぁ〜」

「師父、今のはなんでしょうか……?」

「ふむ……驚きましたね。対象を選び、感じる熱を変えたということですか」



 鬼さんの言う通りだ。

 この太陽の力は、むやみやたらに周りを破壊する力じゃない。

 破壊したいものには、太陽の如き灼熱を。護りたいものには、包み込む暖かさを与える。

 仲間を無駄に傷つけずに済む……まさに、向日葵の優しさを体現したかのような力だ。


 魔物がいなくなり、辺りに静寂が訪れる。

 ふと、足腰に力が入らなくなり、美空はその場に座り込んでしまった。

 瞬時に鬼さんが駆け寄り、倒れそうになる美空を抱き留める。



「美空さん、大丈夫ですか?」

「は……はい。なんとか……」



 気が抜けたからか、《精霊武装》の魔法が解除され、元の姿に戻る。

 でも、内にある向日葵の力までなくなったわけじゃない。胸の奥に暖かいものがずっとあるような感覚だ。

 ほっと息を吐くと、八百音もこっちに駆け寄ってきた。



「み、美空っ、無事? 怪我はない?」

「あ、うん。どこにも何もないよ」

「よ……よがっだぁ〜……!」

「わっ」



 飛びついて来た八百音を抱き留め、背中を擦る。かなり心配を掛けてしまったみたいだ。反省。



「お嬢ちゃん、今の魔法、まさか……」

「あ……はい。ひまちゃんの魔法です」

「ってことは……吸収したの? 精霊を?」

「うーん、吸収したというより、ひまちゃんがウチの中に入ってきてくれたというか……」

「に、人間と精霊の融合……? そんなことが……?」



 美空の説明に、モチャは困惑気味だ。

 確かに、言われてみたらその通りかもしれない。けど、人間と精霊の融合なんて聞いたこともなかった。

 今の説明に、鬼さんは「いえ」と首を振った。



「理論上は可能だと思いますよ。精霊とは、魔物と人間の特徴をどちらも持っている存在です。魔物が吸収できるなら、人間も吸収できるはずです」

「けど、魔物が吸収する時は捕食するじゃないっすか。じゃあお嬢ちゃんは……」

「そんな訳ないじゃないですか!?」



 ゾッとする発想に、思わず強めに反論してしまった。こんな発想をするモチャが悪い。

 他のみんなも引く中、鬼さんだけは落ち着かせるように背中を擦った。



「先程の話の続きですが……正確には、精霊の中にある人間の要素は、人間の思いです。つまり人と融合するには、思いをひとつにすればよいはずですよ」

「そ、そうっ、その通り! ウチとひまちゃんは、ずっと一緒にいたいって気持ちをひとつにして、融合したの! 変なこと考えないで!」

「ご、ごめんちゃん。本気で言ったわけじゃないからさ。機嫌直しておくれよぅ」



 モチャは苦笑いを浮かべて、美空に抱きつき頬ずりする。

 と、様子を見ていたレビウスはそっと息を吐き、刀を鞘に収めた。



「おや、月影さん。もういいのですか?」

「ええ、まあ。精霊が彼女と融合し、エネルギーが流出せず循環しているみたいなので、精霊を始末する必要はなくなりました」

「おや、確かにその通りですね」



 強者にのみ感じるのか、2人は虚空を見つめている。エネルギーの流出なんて、自分にはさっぱりだ。

 刀を収めると、迸っていたレビウスの圧が収まり、ふと笑みを零した。



「それにしても……まさか、こんな風に解決するとは思いませんでした」

「上には報告するので?」

「はい。無駄な殺生をしなくて済むので」



 それでは、とレビウスは頭を下げ、この場を後にする。

 美空はなんとなく今の言葉の真意を聞きたくなり、レビウスを呼び止めた。



「あの、レビウスさん。もしかして、ひまちゃんを処分することに抵抗があったんですか……?」

「……私は国の犬。上が決め、やれと命じたことを遂行するのみ。……怖がらせて、済まなかった。後日、改めて謝罪させてもらう」



 そう言い残し、今度こそ去っていった。

 ようやくすべてが解決し、ほっとひと息ついていると、八百音が何かに気づいたように慌てて美空を見た。



「そ、そうだっ。向日葵ちゃん……向日葵ちゃんは、もういないの……!?」

「あ、それはね」






【いるー!!】






 と、美空の胸のあたりが黄金色に輝き……ポンッ、と光の玉が飛び出してきた。

 光の玉は歪み、人の形になると……元気いっぱいの満面の笑みを浮かべた、向日葵が姿を現した。



「ひ、向日葵ちゃん!?」

【うい!】



 飛び出してきた向日葵を、八百音が抱き留める。

 まさかの事態にモチャはもちろん、鬼さんも目を見開いた。



「な、え、な……?」

「ほう、これは……」

「あはは……実は、ウチが吸収したのはひまちゃんの力のほとんどでして。まだ、形を保つ分だけの力は残してたんですよ。魔物にも気付かれないくらいの小さい力ですし、ウチの近くじゃないと力の流出は止められないので、1人だけで行動はさせられませんけど」

【ぶい!】



 美空の説明を肯定するように、向日葵は笑顔でピースを向けた。



「……よ、よかったぁ。もう会えないかと思ったぁ……」

「ご、ごめん黙ってて。ほら、レビウスさんが近くにいたら、なんとなく出しづらくて」



 向日葵を見て、また処分処分と言われたらたまったもんじゃない。

 配信でもこの子の姿は見せられない……けど、美空とずっと一緒にいれば、いつでも外界に出れる。約束通り、ずっと一緒にいれる。

 それに、もう1つの約束も。



「ね、ひまちゃん」

【う?】



「遊園地、行こっか!」


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