第48話 共に歩む

(な……何これ……なんなの……?)



 辺りがオレンジ色の光に包まれている。眩しくはないが、向日葵から発せられる灼熱は今なお美空の体を灼いていた。

 熱い。あつい。アツい。あづい。熱い。

 今にも向日葵を離したくなるが……美空は気合いで、自身に炎を付与エンチャントした。

 そのおかげで、僅かだが熱に対する耐性が強くなった。が、向日葵から発せられる熱はそれ以上で、まだ体を焼いている。



「ひっ……ま……! ひま、ちゃん……!!」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!?」



 自分自身を燃やす炎で、向日葵は苦しそうに叫ぶ。

 全身の肌が爛れ、痛々しく焦がしていた。



(このままじゃ、ひまちゃんが……!)



 燃え盛る向日葵を抱き締める。強く、離さないように。

 今の自分にできることは、それしかない。



「ひまちゃんっ、落ち着いて……! 大丈夫っ、ウチはここにいる! あなたの隣にいる!」

「いだい゙ッ! い゙たい゙いいぃいぃいいいぃ!!」

「ひまちゃんは1人じゃない! 気持ちを鎮めて! ウチの声を聞いて!」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?!?」



 今の向日葵に、美空の声は届かない。

 でも美空は諦めず叫び続けた。

 向日葵の心に届くように。ずっとずっと、声を掛け続けた。



   ◆◆◆



「くそッ、くそッ……!! 砕けねェ……!!」



 美空と向日葵が中に入った橙色の球体を壊そうと、モチャが全力で攻撃を続ける。

 だが壊すどころか、ヒビすら入っていない。いや、この場から動きすらしない。

 重いとか、そんな次元の話ではない。まるで空間に固定されているみたいに、ミリも動かせない。


 鬼さんとレビウスは一旦休戦し、今は向かってくる魔物を片手間で倒しつつ、球体に目を向けていた。



「師父。モチャの攻撃力は如何程ですか?」

「私のお墨付きです」

「……その攻撃で砕けないとなると、かなりの強度か。あれを砕けないと、精霊の始末は難しいな」

「諦めたらどうですか? あとはこちらでなんとかしますから」

「はは、ご冗談を。代理執行人として、成すべきことを成すのみです」



 レビウスは一瞬の隙をついて球体に向かって急接近。二刀を大きく真上に掲げ……。



「月魔法──《無常断ち・偃月えんげつ》!」



 真っ直ぐ、振り下ろした。

 球体と月魔法の斬撃が衝突し、爆発的な衝撃波が周囲に広がる。

 ……それだけだ。動きもしない。力を吸収しているのか、それとも高強度すぎるのか。今の攻撃でもビクともしない。



「《無振・十六夜》──!」



 間髪入れず、無数の月の斬撃が球体へ襲いかかる。

 だが手応えを感じないのか、レビウスは顔をしかめて球体から離れた。



「なんて硬さ……ここまで手応えがないのは、初めてです」

「なら、しばらく見守りましょう」

「良いのですか? アレの中には、民間人も入っているのですよ」

「美空さんなら、大丈夫です。……直感ですがね」

「……師父の直感は当たりますからね……わかりました。どうなるか、この目で見届けます」



 襲いかかってくる魔物の群れを殲滅しつつ、2人は球体を注視する。

 八百音とモチャも、不安そうな顔でそれを見守るのだった。



   ◆◆◆



 いったい、どれ程の時間が経ったのだろう。

 熱すぎて肺が焼け、視界もおぼろげ。向日葵を抱き締めている感覚もなくなってきている。



(……このままじゃ……死ぬ……間違いなく、死ぬ……)



 もう思考も、死に繋がることしか浮かばない。

 地獄の業火のような炎と熱に、心が挫けそうになった。

 なんで自分はこんなことをしているのか。

 なんでこんな辛い思いをしなきゃならないのか。

 なんで、なんで、なんで……。

 思考が、負のスパイラルに落ちていく。

 向日葵を助けようとしたから? なんで助けようとした? 会ったばかりの子を、どうして助けようだなんて……。



(もう……離してしまいたい。楽になりたい……)



 心が、折れかける。

 気持ちが、途切れる。

 覚悟が、揺らぐ。


 あぁ、もう……いいかな──






「た……しゅ……けて……みしょ、ら……」






「……ッ!」



 向日葵から漏れ出た、助けを求める声。

 なんで助ける? 当たり前だ。



(小さい子が助けを求めてるのに、助けない大人はいないでしょ……!!)



 力を振り絞り、離しかけていた向日葵を再度抱き締める。

 もう折れない。途切れない。揺らがない。

 絶対に、なんとかしてみせる……!

 けど策がない。助けるにも、この状況を打破する術がない。

 これだけ時間が経っているのに外からの助けもないとなると、多分自分たちを包んでいるこれを破壊できないのだろう。

 じゃあ……なんとか知恵を振り絞るしか、ない……!



「よ……し、よし……ひまちゃん……美空は、ここですよ……ずっとずっと、一緒だよ……」

「ぅぅぅ……っ。ぐるじ、ぃ……いだい、よぉ……!」

「うん。苦しいね……いたいね……でも、大丈夫……ひまちゃんの苦しみも、痛みも、孤独も、寂しさも……全部、ウチと半分こにしよう」

「────」



 その言葉に、向日葵は目を見開いて見上げてくる。

 美空も真っ直ぐに向日葵を見つめて微笑み、ゆっくり頷いた。



「1人で抱え込まないで。あなたの辛いこと、全部ウチに預けて」

「……みしょら……みしょら、みしょらっ、みしょら……!」



 何度も美空の名前を叫び、涙を流す。

 苦しみや、悲しみからくる涙ではないのは、すぐにわかった。

 向日葵の涙は熱く、灼熱よりも熱く、美空の手に流れ落ちた。


 ──その時。向日葵の胸のブローチが黄金色の光を帯び、橙色の光を押しのけて輝く。


 不思議と、恐怖心はない。むしろ……これが、向日葵自身の出した答えなのだと、瞬時に察した。



「みしょら、ずっといっしょ」

「うん、ずっと一緒だよ」

「えへへ。すっっっっっっっっごく、うれしっ……!」



 まさに、太陽のような天真爛漫な笑みを見せ……向日葵の体が、黄金色の光に包まれる。



「みしょら、あのね」

「ん?」

「だいしゅき。にへ」



 笑顔を見せると、向日葵の体は光の粒子となり、美空の体へと入って来た。

 馴染むように、溶け込むように……まるで、最初から1つであることが当たり前のように、体中に向日葵の意思が流れる。


 そして──脳裏に、ある呪文が浮かび上がった。



(ひまちゃん……ありがとう……)


「高天原に君臨するは孤高なる空の王──

 日輪を手に、瞬き、万象を照らす──

 豊穣と破滅──

 安寧をもたらすは一雫の日脚ひあし──

 ああ、我願う。今この瞬間ときだけは──

 日神の名のもとに、下界のすべて照らすことを──」



 直後。体中に駆け巡る膨大なエネルギーが迸り、美空の姿を変容させていく。

 髪は燃え盛る橙色の炎へと変わり、瞳が黄金色になる。

 焼け焦げていた傷に炎が灯り、瞬く間に修復。

 纏っていた炎は橙と黄金が入り交じった防具へと変化し、ガントレットへと姿を変えた。



「《精霊武装・向日葵スピリット・オブ・ソレイユ》──!!」


 ────────────────────


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