第38話 真っ二つの世論

 向日葵を保護して、既に3日が過ぎた。

 その間、美空と八百音とモチャが持ち回りで向日葵の相手をし、外からの差し入れに関しては鬼さんが定期的にしてくれている。

 今は時間があるから、モチャと美空の2人で向日葵と遊んでいる。

 そのお陰か、向日葵も随分とモチャに心を開くようになった。



「もちゃしゃ! おにごこ!」

「あーはいはい。じゃあ10秒数えるから、逃げるんだよ〜」

「うー!」



 縮こまって震えていた少女の面影はなく、今は天真爛漫な笑顔で走り回っている。

 それを見ながら、美空は持って来ていたガスコンロと食材を使い、料理をしていた。

 と言っても、肉や野菜を焼くくらいしかできない。いくら一人暮らしと言っても、今は惣菜が格安で手に入るし、無人配達の弁当もある。自分だけ食べる分には困らない。

 が、向日葵を保護してから、なんとなく料理を作ろうという気持ちになっていた。

 いくら技術の発展が目覚ましいとは言え、惣菜には添加物が入っている。それを向日葵に食べさせるのは、なんとなく嫌だった。

 鬼さん曰く、精霊には食事は必要ないみたいだが、決して食べないことはない。むしろ作ってあげた料理は、全部美味しそうに食べてくれるから、料理素人の美空でも面倒くささより嬉しさが勝る。



「これが母性、なのかねぇ……」



 まさか、彼氏どころかキスすらまだなのに、こんな気持ちが芽生えるなんて思ってもみなかった。

 野菜炒めに適当に調味料を入れていく。たまに味見をして、しょっぱくない程度に味を調えて、完成だ。

 遠くでがおーと追いかけているモチャと、キャッキャと楽しそうにはしゃいでいる向日葵に目を向ける。



「モチャさん、ひまちゃん。ご飯できたよー」

「あーい。ひま、ご飯だってさ」

「ごはー!」



 遊びはそこそこに、2人は手を繋いでこっちへやって来た。

 こうして見ると、姉妹みたいに見える。……モチャって、本当にいくつなのだろうか。鬼さんの後輩だから、自分より結構年上……まさかさんじゅ――



「みみみお嬢ちゃん、何考えてる?」

「ナニモカンガエテマセン」



 モチャに向けられた眼光、下層ボス戦を彷彿とさせる圧があった。

 このことを話題に出すのはやめよう……というより、なぜわかったのだろうか。謎だ。

 3人分の紙皿に、肉野菜炒めとレトルトのご飯を乗せる。シンプルで簡単だが、これはこれで結構いける。



「ごは!」

「おぉ、いい匂い……! 推しにご飯作ってもらえるアタシ、実は勝ち組なのでは……?」

「もう、そんなこと真面目に言わないでください、はずいですから。さ、冷める前に食べちゃいましょう」



 美空とモチャの2人が手を合わせると、向日葵も見様見真似で手を合わせる。



「「いただきます」」

「いーたーきましゅ!」



 向日葵が、子供用の先割れスプーンを使って肉を頬張る。

 気に入ってくれたのか、満面の笑みでもきゅもきゅと食べた。



「おいしい?」

「ん!」

「よかった。おかわりもあるからね」



 精霊だろうと人間だろうと変わらない。これくらいの子は、いっぱい食べてこそだ。

 モチャも気に入ったみたいで、掻き込むように自分の分を食べる。

 こうして見ると、2人姉妹のお母さんになったみたいだ。



(となると、相手は鬼さんで……なんてね)



 こんな妄想、モチャにバレたら何を言われるかわかったもんじゃない。

 2人が美味しそうに食べているのを見て、美空もご飯を口にしようとすると……不意に、腕時計ビィ・ウォッチが震えた。



「ん? ……八百音?」



 通話ではなく、珍しくメッセージだ。

 一旦皿を置いてメッセージを開くと、どこかのスレッドのURLが貼られていた。



「……んなっ!?」

「ん? お嬢ちゃん、どうしたん?」

「ま、まずいですよ、モチャさんっ。これ……!」



 慌てて、八百音から送られてきたサイトを見せる。

『【速報】大人気DTuberみみみダンジョンチャンネル、精霊を発見か』

 というスレと共に、向日葵の写真もばっちり載っていた。



「あー、やっぱり出まわっちゃったか」

「や、やっぱりって……?」

「配信してから非公開にするまで、少し時間あったよね。その間に、ひまのスクショを撮られたんだよ。精霊は姿かたちは人間だけど、厳密には人間離れした特徴を持ってるし、見る人が見ればわかるから」



 確かに、その通りかもしれない。

 向日葵は見た目年齢以上に美人だし、緑がかった髪も、神々しい黄金の瞳も、ある意味では人間離れしている。

 けどまさか、精霊ということまで特定されるとは思っていなかった。

 呆然としている間も、モチャは向日葵に関する記事やSNSを高速で検索していく。この辺りの手際は、さすが元公安0課と言ったところだ。



「ほむほむ……なーほーね。ざっくり言うと、世論は真っ二つ。片方は、可愛いは正義だから、生かすべき。もう片方は、精霊を取り込んだ魔物が狂暴化するのを恐れて、殺すべき」

「そ、そんな……」

「まあ、これは仕方ないよねぃ。精霊は見つけたら処分するべしというのが、鉄則だから。世論が割れるのは、ある程度予想はつくよ」



 モチャは腕を組み、目を閉じる。

 不安になったのか、向日葵は皿を置いて美空に抱き着いた。



「みしょら……」

「だ、大丈夫。大丈夫だよ」



 向日葵の頭を撫でて慰めるが、これは半分、自分にも言い聞かせている。

 大丈夫と言わないと、どうしたらいいかわからないから。

 モチャが考えること数分。何かを思い付いたのか、膝を打って目を開いた。



「よし、アタシに任せてよ」



 モチャは立ち上がると、トールハンマーを担いで出口に向かう。

 いったい、何をするつもりなのだろうか。



「モチャさん、何を……?」

「アタシが、精霊を殺したことにする。アタシが配信で大々的に公言すれば、それが事実だってことになるでしょ~し」

「え……だ、ダメですよ! そんなことしたら、モチャさん……!」

「ま、ちょっと炎上するかもね」



 ちょっとどころではないだろう。世論が真っ二つに割れているということは、可愛いは正義だから生かすべきという人たちも結構な人数いるということだ。

 その人たちが、精霊を処分したというモチャの配信を見たら、どうなるか……想像に難くない。

 下手をすれば、モチャが世間の敵になってしまう。



「え、炎上したらどうなるか、モチャさんわかりますよねっ? 下手したら、名前とか住所とか、過去にしてきたことも曝し上げられるんですよ!?」

「その辺は心配ないよ。アタシ、元公安だからさ。昔のこととか全部抹消してるんだよね。名前も住所も素性も、全部。パンピーは、DTuberのモチャとしてのアタシしか知らないんだよ。だから曝される心配はナッシング。メンタル激強だから、暴言とかアタシには効かないし。むしろ訴えて金をむしり取ってやんよ」



 快活に笑い、モチャは鼻歌を口ずさみながら出口に向かっていく。

 嘘だ。どれだけメンタルが強くても、ずっと攻撃に晒されてたら、心が疲弊してしまう。心の傷は、体の傷とは違って治りにくいのだ。

 ここで行かせたら、モチャは間違いなく配信で言ってしまうだろう。

 そうなる前に、止めなければ。

 向日葵を置いて、急いでモチャの前に回り込む。



「お嬢ちゃん、どいて」

「ど、どきません」



 鋭い眼光で睨まれるが、美空は一歩も引かない。

 モチャにとって美空が推しのように、美空にとってもモチャが推しなのだ。推しが危険な目にあってるのに、送り出すファンはいない。



「あのね……今世論は、ひまが生きているか死んでいるかわからず、もしかしたら魔物が吸収しちゃったかもしれないって、不安になってる。ここで生きてるなんて言ったら、確実に討伐隊が結成される。言わなくても、生きている可能性を考えて公安が動く。アタシが処分したって公言すれば、少なくともひまを処分しようって動きはなくなるの。そうすれば、ひまには少しの安寧が訪れる。……わかってくれる?」



 諭すような言葉に、唇を噛み締めた。

 モチャの言いたいことはわかる。わかるが、だからってモチャが犠牲になっていいはずがない。



「な、なら、ウチが言います。もともと、ウチがひまちゃんを見つけたんですから」

「駄目に決まってんでしょ。若い君が前に出る必要はない」

「……譲りませんか?」

「お嬢こそ」



 2人の間の空気が歪む。

 向日葵はどうしたらいいかわからず、涙目でたじたじだが……ここは譲れない。向日葵のことも大切だが、モチャのことも大切なのだ。

 一触即発の緊張感が充満する。

 果たして、今の自分にモチャを止めらるかわからないが……やるしかない。


 美空はレーヴァテインに手をかけ、モチャはトールハンマーを担ぐ。

 緊張の糸が、今か今かと張り詰め……切れた。



「ふッ……!」

「シッ──!」



 振り下ろされるトールハンマーと、居合で抜かれるレーヴァテイン。

 2つの攻撃が、今──






「はい、ストップ」






 ──ピタッ。衝突する前に、割り込んできた第三者に止められた。

 レーヴァテインを、人差し指と中指で。トールハンマーを、手の平で……やれやれと首を振った、鬼さんに。

 衝撃はどこに行ったのか。2人の攻撃がぶつかったのに、地面に亀裂一つ入っていない。



「まったく……何をしているんですか、2人して」

「だ、だってセンパイ、お嬢が……あう」

「モチャさんが……えぅっ」



 2人が相手に責任を擦り付けていると、軽くチョップされた。チョップとは思えないくらい痛いが。



「だってもでももありません。小さい女の子を泣かせて振りかざしていい正義なんて、あるわけないでしょう」



 鬼さんの視線を追って振り向くと、向日葵がワンピースを強く握って、大粒の涙を流していた。



「っ! ひひひひひまっ。ご、ごめんね、怖かったよね……!」

「だ、大丈夫だよ、ひまちゃん。もう怖がらなくていいからね……!」



 慌てて向日葵に駆け寄るが、向日葵は2人を避けて鬼さんの脚に抱き着いた。

 鬼さんは向日葵を軽く抱っこすると、背中を優しく叩きながら2人に呆れた目を向けた。



「やれやれ……事情を話してください」

「「……はい……」」


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