第39話 かつての好敵手

 粗方の説明をすると、鬼さんはやれやれと肩を竦めた。



「まったく、その程度で喧嘩していたのですか、あなた方がは」

「お、鬼さんにはわからないんですよ。ウチだって譲れないものもあります」

「アタシだって。ひまが平和に暮らせるなら、なんだってやるし」



 初日はあれだけ面倒を見るのも嫌がっていたのに、今では身を呈してまで守ろうとしている。向日葵の可愛さにメロメロだ。

 鬼さんは2人に目を向けると、ようやく落ち着いてきた向日葵の涙をハンカチで拭った。



「向日葵さん。美空お姉さんとモチャお姉さんは、あなたが心配で喧嘩をしてしまったようです。どうか、許してあげてはくれませんか?」

「……も、しなぃ……?」



 向日葵の懇願するような目に、2人は急いで首を縦に振る。それはもう、首が取れるんじゃないかってくらい。

 ようやく安心したのか、向日葵は鼻水をすすってやっと笑顔を見せた。

 向日葵を美空に預けると、モチャが「じゃあ……」と口を開いた。



「公言はやめるとして、これからどうするのさ。このままじゃ、絶対公安が動くよ」

「動いていますよ」

「「……へ?」」



 鬼さんの言葉に、2人は目を見開いた。



「もう何人かは、攻略者の中に紛れています。全フロアを確認しなければならないので、まだ時間は掛かるでしょうが」

「待って待って。センパイ、公安の人間を見抜いたのっ? 本気を出した公安の潜入を……!?」



 なんでもない事のように言う鬼さんに、モチャは愕然とした顔を向ける。どうやら、本来なら有り得ないことらしい。



「はぁ〜……センパイが化け物とは知ってたけど、まさかここまでとは……」

「ふふ。まだまだ青いですから。私の目を欺ける公安の人間は、師匠と局長と……野良で2人くらいですよ」



 逆に、鬼さんの目でさえ欺く人間が4人もいることに驚きだ。そのうちの2人は野良だと言う。いったい、どんな人物なのか……。



「現在各フロアに2人ずつ公安の人間が配置されています。3日は滞在するでしょうし、今は動かないこと。特に美空さんは、ここから出ては行けません」

「な、なんでですか?」

「美空さんから、少しでも情報を聞き出そうとするでしょうから。深雷さんも、今はできるだけダンジョンから離れていた方がいいですよ。向こうは、美空さんとあなたが知り合いだと知っています。あなたから美空さんの場所を聞き出そうとするかもしれません」

「あーい。ま、誰が来てもアタシは負けないけどね」



 公安が狙ってきているというのに、挑発的な笑みを見せるモチャ。くぐり抜けてきた修羅場の数が違う。



「では、深雷さんは直ぐにダンジョンを出て、八百音さんの所に向かってください。彼女もここに連れてくる方がいいのですが、それよりあなたが傍で護った方がいいでしょう」

「了解。じゃあ、みみみお嬢ちゃん、ひま。またね」



 モチャは2人に手を振ると、出入り口を一瞬で粉砕して駆けていった。



「さて、私も仕事に戻ります。こちら、追加の食料と簡易シャワー、簡易トイレ、着替えです」

「う……ありがとうございます……」



 鬼さんにいろいろと注文した身とは言え、いざ持ってきてもらうと恥ずかしい。

 そそくさと受け取ると、後ろ手にそれを背中に隠した。

 鬼さんも気を使ってくれたのか、それではと軽く頭を下げて、出入り口に向かう。


 後に残されたのは、まだ少し顔が熱くなってる美空と、不思議そうに首を傾げている向日葵だけだった。



   ◆◆◆



 隠し通路から出た鬼原は、ひとまず仕事に戻る。

 今日の自分の担当は、上層から中層に掛けてだ。下層は今、岩鉄が担当している。

 本来ならすべて自分の担当なのだが、実は斬島所長から、美空と向日葵を捜せという命令が出ているのだ。隅々まで捜せるよう、担当範囲を絞らされている。



(さて、どうしたものか……)



 あそこに匿っていることは、今のところバレていない。だが動き方を間違えると、絶対バレてしまう。そんなヘマはしないが。

 まさか、精霊を匿うことになるとは思ってもみなかった。昔の自分を知る者が見たら、目を丸くして驚くだろう。



(私としては、処分できるものなら今すぐにでも処分したいというのが本音ですが……皆さん、向日葵さんに骨抜きにされているようですし、急に消えたら悲しむでしょうね)



 精霊は単体では危険はない。戦闘力もないし、相手を傷付けることもない。

 やはり、精霊を吸収した魔物の凶暴化が問題だ。

 精霊は魔物の一種。魔物である以上、ダンジョンの外に出すことはできない。魔物は、ダンジョンでしか生きられないからだ。

 かと言って、ずっとあそこに匿うこともできない。

 過去に、精霊を保護してずっと観察する実験が行われたことがあるらしい。


 結果、精霊の内なる力に勘づいた魔物が、我先に吸収しようと押し寄せて来て、大混乱に陥った。


 長く生かせば生かすだけ、ダンジョン内を混乱させてしまう。元公安としても、現ダンジョン警備員としても、それだは避けたいところだ。



(皆さんを悲しませず、ダンジョン内を混乱させず、世間に不安を与えない……まだ、最下層ボスを相手にする方が楽ですね)

 


 立ちはだかる壁の数々に、鬼原は珍しく弱音を吐いた。

 とにかく、今はどうするかを考えるしかない。

 ダンジョン内を巡回しながら思考を巡らせていると、奥から攻略者の1人がこっちへ向かってきた。



「お疲れ様です」

「……ども」



 鬼原は普段から、すれ違う攻略者には挨拶をするようにしている。コミュニケーションの一環だ。

 元気よく返してくれる人もいれば、この人のように小さく頷く人もいる。

 それだけは問題ないのだが──



(ふむ。公安の人間ですか)



 ──この人は、違う。ただの攻略者じゃない。

 普通の攻略者を装い、強者特有の圧や存在感を完全に消し、上層で手こずっている風に見せているだけの、実力者だ。

 と言っても、執行人レベルではない。情報収集の尖兵だろう。

 問題は、鬼原が把握している人間以外の人間ということだ。



(公安も、情報収集部隊の人間を増やしてきましたか……どうやら本気で、向日葵さんが処分された証拠を見つけるつもりみたいですね。相変わらず、生真面目な組織です)



 こうなると、他のフロアにも尖兵が増えていると思っていいかもしれない。余計、美空を外に出すのは難しくなった。

 ここで彼を消すのは簡単だ。証拠も一切残さない自信はある。

 が、殺してしまったら最後、何らかの予兆として執行人が動くだろう。そっちの方が面倒だ。



(ふむ……お2人を止めた手前ですが、やはり私の方で死を公言する方が手っ取り早いですか。……あ)



 と、ある方法を思いついた。

 解決はできないが、現状を先延ばしにすることはできる。といっても、数週間かそこらだが。

 その間に、すべてを解決できるうまい手段を探せばいい。


 鬼原は周囲に人の気配がないことを確認してから、腕時計ビィ・ウォッチを操作する。

 通話する相手は、自分が唯一尊敬する相手であり、好敵手。

 コールすること2つ。画面に、懐かしい相手が出てきた。

 禿げあがった頭に、皺の目立つ顔。優しげに笑う老人は、鬼原を見て懐かしそうに目を細めた。



『久しいな、小僧。元気しとったか?』

「はい。局長も、お変わりないようで」

『ほっほ。当たり前じゃ。まだまだケツの青いガキ共には負けんよ』



 彼は公安0課のトップ。鬼原が今まで、唯一負け越している相手。番匠院ばんしょういん局長だ。

 確か今年で75歳だったはず。なのに、画面越しにつたわる圧は、まったく衰えていない。



『して、小僧。何か用かな?』

「はい。例の精霊についてです」

『──ほう?』



 番匠院の目が鋭さを帯びる。

 鬼原は怯まず、その目を受け止めた。



『やはり把握しておるのじゃな』

「はい。横浜ダンジョンは、私の警備管轄内ですから」

『ほっほ、そうじゃったの。確か、美空ちゃんの配信にも出ておったな』

「友人です」

『……撃滅の鬼と恐れられた小僧から、友人という言葉が出るとはのぅ。余程、俗世が気に入っておるようだ。……で、精霊は処分したのか?』

「はい。今後の危険を鑑み、迅速に対応しました」



 鬼原の言葉に、番匠院は無言で見つめてくる。

 並の人間なら、この目を前に萎縮してしまい、真実を話してしまう。それほど、彼の無言の圧は本物だった。

 しばらく圧をかけられるも、番匠院はそっと息を吐き、圧を弱めた。



『ふむ。お主が言うなら、間違いはないだろう』

「ありがとうございます」

『……小僧。美空ちゃんは、泣いていたか?』



 番匠院の気遣う言葉に、つい目を見開いた。自分の知るこの男は、他人のことなんて一切気にしないはずだが。



「……はい。彼女には、悪いことをしました」

『そうか……よく、ケアをしてやるのじゃぞ』

「心得ています」

『彼女が配信をしなくなってしまっては、儂の楽しみがなくなってしまうからのぅ』

「はい。わかり……ん?」



 なんか妙な反応に、鬼原は引っ掛かりを覚えた。



「……まさか局長。美空さんの配信を見ていらっしゃるので?」

『おー見とるぞ。歳に見合わずたわわな胸、安産型の腰つき、可愛くも美しさもある美貌。弱いのに健気に頑張る姿を見たら……もう儂、大ファン』



 どこから取り出したのか、美空のブロマイドや『I♡美空』のタオルを見せつけてきた。どう反応すればいいのだろう。



『おおそうじゃ! 小僧、お主美空ちゃんと友達なら、少しでいいから会わせて──』

「失礼します」



 面倒なことになる前に即切りした。

 あれだけ歳を取っておきながら、まだまだ元気すぎる。150歳まで生きそうな勢いだ。

 とにかく、連絡は入れた。あとは数日もすれば、公安の人間も去るだろう。


 鬼原は妙な倦怠感を覚え、警備巡回へ戻って行った。


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