第35話 名無し

 しばらくはコメントを見つつ雑談がてらのレスバを繰り広げる。この子を放っておくこともできないし、他にやることもないから。

 図らずも雑談配信みたいになってるけど、喋れるものだ。ほとんどやったことないから、意外な発見だ。

 すると、隣で泣いていた少女は次第に泣きやみ、美空がやっていることに興味があるのか、ちらちらとこっちを見てきた。



「……?」

「気になる?」

「……ぅ」



 美空の言葉がわかるのか、小さく頷く。

 それなら話が早い。美空は少女を軽く抱っこすると、あぐらをかいている自分の上に座らせた。

 軽い。年齢的には10歳にも満たないだろうけど、それでも軽すぎる。


 少女はドローンカメラが珍しいのか、手を伸ばしてぺしぺしと叩く。

 この程度じゃバランスは崩れないし、墜落もしない。好きにさせてあげよう。



『いたっ!』

『いたい!w』

『やめて叩かないで!』

『【投げ銭:10000円】ロリのビンタありがとうございます』

『なんだご褒美か』

『もっと叩いてください』

『ナイスビンタ』


「やめろやめろ変態どもっ」



 いくらなんでも、幼い子に欲情するのはやめてほしい。チャンネルがバンされる。

 少女の手を優しく抑えると、くりくりの目で美空を見上げた。



「ぅ……?」

「カメラさんが、いたいいたいって。だーめ」

「……めんしゃぃ……」



 今度は優しくカメラを撫でて、小さく謝罪した。どうやら話せるらしい。まあ、この歳なら当たり前なのかもしれないが。



『ええんやで』

『謝れて偉い』

『いいよ』

『かわいい』

『よしよしいい子でちゅね〜』

『こんな子供が欲しい』

『みみみそこ変わって』

『美少女+美幼女とか俺得すぎ』



 リスナーもめろめろだ。思えば、10万人以上のリスナーに素人の少女を見せていいのだろうか。

 と考えたが、時すでに遅し。もう隠しても無駄だ。



「えっと……あなた、お名前は?」

「ぉな……?」

「名前だよ。な、ま、え。あ、ウチは美空ね。美空って呼んでよ」

「……み、そ、ら……」



 一言一言を噛み締めるように、美空の名前を呟く。

 見た目は10歳に満たないくらいなのに、どこか日本語がたどたどしいのは気のせいだろうか。もしかしたら虐待や育児放棄か思ったが、肉付きはいいし、怪我はしていなさそうだ。

 じゃあ、なぜここに小さな女の子がいるのか……わからない。謎は深まるばかりだ。



「みそら……なまえ……?」

「そう。ウチの名前。あなたのお名前は?」

「……なぃ……」

「ナイ? ナイちゃん?」

「……なまえ、わか……らなぃ……知らなぃ……」



 まさかの言葉に目を見張る。

 コメントもかなりザワついていて、ちょっとした放送事故状態だ。

 美空は慌てて締めの挨拶をすると、配信を閉じてカメラの電源を切る。これ以上はいけないと、なんとなく悟った。



(も、もしかして……記憶喪失……?)



 ダンジョンで強い魔物と戦った結果、記憶が混濁したり一部が欠損することは、ままあることだ。

 けど、この子には魔物と戦った形跡がない。

 じゃあ、いったい何が……?



「えっと……じゃあ、どこから来たのかとか、覚えてない? パパとママと一緒に来たとか……」

「……わからなぃ……暗い場所、くらいしか……覚えてない……」



 暗い場所という情報だけじゃ何もわからない。さすがに、美空だけじゃ手詰まりだ。

 このまま連れて行ってもいいんだろうか。もしかしたら、親が迎えに来るかもしれない。

 いや……そもそも、ダンジョン内に子供を連れてくることなんてできるのだろうか。ダンジョンには、能力が覚醒した人しか入れない決まりになっている。こんな小さい子が覚醒した記録は、確かなかったはずだ。



「うーむ……よし」

「う?」



 こういう時に頼りになる人は、あの人しかいない。

 美空は腕時計ビィ・ウォッチを操作して、とある人に通話を繋いだ。

 待つこと3コール。繋がると、相手の顔が画面に映った。

 いつものように兵服と兵帽を身にまとい、出会ったときから変わらない優しい笑みを見せている、美空の想い人……鬼さんである。



『もしもし、美空さん? どうかしましたか?』

「あ、鬼さん。すみません、お仕事中に……」

『構いませんよ。あなたからのお電話なら、いつでも対応しますから』


(ずっっっっっっっる。本当にズルすぎる)



 あの一件以降、こういうやり取りをすると、鬼さんは思わせぶりな言葉を言ってくる。顔が熱くなってたまらない。

 嬉しさもあるが、これが心配に裏打ちされたものだというのは百も承知だ。

 暴漢に襲われかけたり、サンマを焼こうとしたり、無謀にもモンスターハウスに突っ込んだり、弱いくせに下層ボスに挑んだり……。

 そう言った無茶を繰り返した結果がこれだ。子供扱いされていると言っていいだろう。


 仕方ない。自業自得だ。

 美空は頭を降ると、カメラを下げて少女の姿を見せた。



『おや、その子は?』

「実はこの子、中層で見つけたんです。名前も、どこから来たのかもわからないそうで……」

「ぅ……?」



 不安そうな顔をして、少女は美空の服にしがみつく。なんとなく母性がくすぐられるような感じがした。



『ふむ……今、そちらに向かいます。マップを共有していただけますか?』

「わかりました」



 今自分たちがいる場所を鬼さんに送ると、『中層ですか……10分で行きます』という言葉を最後に通話を切る。

 なら、10分はここでじっとしていよう。



「だぁれ……?」

「え? んー……ウチの大切な人、かな」

「たぃせちゅ……?」



 そう、大切な人だ。本人を前にしたら言えないけど、鬼さんのいないこういう時くらいは、伝えてもいいだろう。……恥ずかしいけど。






 待つこと10分弱。ようやく鬼さんがやって来てくれた。



「美空さん、お待たせしました。……その子が、中層にいたという?」

「そうです。日本語は話せるみたいなんですけど、どうも自分のことがわからないみたいで……」



 鬼さんが少し怖いのか、少女は美空の腕の中で小さくなっている。

 少し申し訳ないと思ったが、少女を体から離し、鬼さんに顔が見えるように抱っこした。



「──なるほど。そういうことですか……」



 たった一瞬見ただけで、鬼さんは顔をしかめる。



「も、もうわかったんですか?」

「ええ、まあ。横浜ダンジョンでは少ないのですが、他のダンジョンでは度々報告されています。と言っても、ここ数年はなかったことですが」



 ということは、子供がダンジョンに迷い込むことは、割と頻繁に起こっているのだろうか。

 首を傾げていると……次の鬼さんの言葉に、目を見開いた。



「彼女は人間ではありません。──精霊です」



 …………。



「…………へっ!?」


 ────────────────────


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

 ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!

 よろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る