太陽の子
第34話 迷子
◆1年後◆
横浜ダンジョン──中層。
その中を、炎を身にまとう少女が軽やかに駆け抜ける。まるで自分のナワバリの中を縦横無尽に駆ける、獣のように。
炎の軌跡が大蛇の如く踊り、すれ違う魔物の尽くを燃やし尽くしていた。
少女──美空は余裕そうな笑みで、中層を探索していく。その姿は、炎の踊り子のようだ。
「〜〜〜〜♪ 〜〜♪」
本来ダンジョンの中層は、攻略者として10年ほど鍛錬した者(ベテラン勢)が狩場としている層だ。
が、美空はたった1年で上層ボスを単独討伐し、今は鼻歌を口ずさんで中層を蹂躙している。
例の下層ボスの一件で、美空は通常の攻略者が経験する数十年分の経験をした。
本来、生で見ることのできない、
肉体を極限まで極めた人間の動き。
それらを目で見て、肌で感じた結果、美空は急激に成長した。
「よしっと。これでノルマは達成かな」
腰に下げている袋には、結構な数の魔石が詰まっている。これだけあれば、問題ないだろう。
袋をかばんにしまい、配信のコメント欄を開いた。
ディスプレイ上に表示されている視聴人数は、『102,231』。登録者数は『1530万』。1年前とは比べ物にならないくらい、上がっている。
同接も、登録者数も、今や全世界を見てもトップ10には食い込むほど、美空の配信は人気を博していた。
コメントがかなりのスピードで流れていく。
技術の発展のおかげで、外国人の打ったコメントも日本語に即翻訳してくれるから、ありがたい。
『みみみ、おつー』
『【投げ銭:50000円】愛してる』
『おつおつ』
『満額で愛を囁くの強すぎる』
『相変わらず動きが中層のそれじゃない』
『ゆれるパイオツが眼福なんじゃ』
『下層はまだ行かんの?』
「みんなありがとー。そだね、まだ実力的には中層で十分かな……下層の怖さは、ウチがよーく知ってるから」
『ゆっくりでええよ』
『むしろ早すぎるくらい』
『てか中層で活躍してる10代って、みみみ以外おる?』
『このおっぱいで10代は嘘でしょ』
『あんま無理しないでー』
『この1年で鍛えられてむっちり感増してるよな』
『わかる』
「うん。ゆっくり進んでくね、ありがとう。……あと体だけじゃなくて動体視力も鍛えられてるから、大体のコメは目に留まるからな! むっちりとか言うな!」
『やべ』
『あ』
『草』
『あ』
『やべ』
『ばれた』
『許して』
『じゃあもっちり感』
『ごめんね』
『もちもちしてそう』
『ふとましい太もも大好きです』
『胸もケツも太ももも育ってるよね』
『でも腹筋に綺麗に縦線が入ってるの、叡智です』
「この……開き直りやがって、ゴミどもめ……!」
『【投げ銭:1500円】助かる』
『【投げ銭:2000円】ゴミ呼びありがとう』
『これで今日も生きていける』
『生きる糧です』
『【投げ銭:300円】粗大ゴミ回収代』
こんな発言をしたら普通は炎上ものだが、美空がゴミ発言をするとコメントは更に盛り上がった。なぜ自分の配信には
と、不意にとあるコメントが目に飛び込んできた。
『なんでリスナーをゴミ呼ばわりしてるの? 調子乗ってんの?』
(あー、またか)
あの配信以来、こういうコメントが増えた。
最初は気にしたし、自分の配信スタイルを見直した方がいいとは思ったけど、こんなのを相手していたらキリがない。
苦笑いを浮かべていると、そのコメントが削除され、アカウントもブロックされた。
これをしてくれたのは、他でもない。
(ありがとう、八百音)
現在八百音は、裏方という形で美空を手伝ってくれている。
あの事件以来、ダンジョンに恐怖心を覚えた攻略者は少なくない。八百音も、その1人だ。
最初は頑張ろうとしてくれていた。でも、どうしても恐怖心には勝てず、むしろ危険に晒されてしまうことも多くなった。
残念ながら攻略者としては引退してしまったが、今は美空のマネージャーとして、一緒に頑張っている。
「さてと、そろそろ中層にも慣れてきたし、もう少し奥まで行ってみようかな」
剣に流している魔力を止めると、炎が消えて綺麗な黄金色の刀身が現れた。
これは、レーヴァテイン・レプリカではない。
モチャに紹介してもらった世界最高峰の鍛冶屋で制作を依頼した、一級品。
レーヴァテイン・真打。
刀身はヒヒイロカネや
神器レーヴァテインには及ばないが、それでも、現存するレーヴァテインの中では最も神器に近いだろう。
もちろん安くはない買い物だったけど、これからずっと愛用すると考えると、コスパ的にはいいくらいだ。
レーヴァテインを鞘に収め、コメント欄を横目に中層を奥まで進んでいく。
中層の分厚さは、上層を遥かに凌ぐ。ここはまだ中層でも上辺。下に行けば行くほど、魔物の凶暴さや強さはより怖いものになっていく。
下層に行くには、まずはここでしっかり力を付けること。それが今の目標だ。
ダンジョン内に自然発生した階段を下り、次のエリアへ入った。
ここから、5つの道に別れている。大体の攻略者は、真ん中を選ぶらしい。そこが一応最短の攻略ルートになっているから。
もちろん、美空も先人に倣って真ん中に行こうとした……その時。
「──ん?」
『ん?』
『どしたん?』
『みみみ、何かあった?』
「あ、いや……なんかお花の香りがすると思って」
『花?』
『こんな場所で?』
『誰かの香水の残り香とかじゃね?』
『いやいやダンジョンで匂いのきついものはNGだって』
『ああ、どっかの誰かさんのサンマ事件か』
『あれは悲しい事件だったね』
「そのこと掘り返すのやめな?」
顔が真っ赤になるくらい熱くなるのを感じ、カメラを睨む。
当時はまだダンジョンに詳しくなかったのだ。そろそろ時効だと思って、許して欲しい。
花をひくつかせて、匂いの元を辿る。
香りがするのは、ひとつ左隣の道。
確かこの先は入り組んでいるが行き止まりになっていたはずだ。攻略ルートが確立されている今、攻略者はこの道は選ばない。
けど、自然なんてない洞窟の中で、花の香りがするのは……どう考えも、おかしい。
それに、自分はDTuberだ。何かあったら、それを配信に収めるのが仕事。見慣れたルートを通っても、リスナーはつまらないだろう。
「……行こう」
気を引き締め、匂いのする方へ脚を進める。
思った通り、洞窟の向こうから花の香りが漂ってくる。けど、洞窟内に充満している感じではない。ただ、奥から漂ってくる感じだ。
(花……嗅いだことのない香りだけど、バラやチューリップ……いろんなのが混ざってる? もしかして、環境型の罠?)
美空も、この1年で様々な経験をしてきた。環境型の罠にハマったのも、1度や2度じゃない。
その度に自力で乗り越えてきた。ちょっとやそっとの罠じゃ、今更危険に陥ることはない。
でも油断は禁物だ。それも、この1年で学んでいる。
うねる洞窟を左に、右に。上に、下に向かう。
たまに現れる魔物以外、特に何もない。この先が行き止まりとわかっているなら、攻略者も誰も入らないだろう。
と……曲がり角の向こうから、少しだけ光が漏れているのが見えた。
人の気配もないこんな場所に光、とは思うが、ダンジョンではこんなことは日常茶飯事だ。
レーヴァテインに手をかけ、壁を背にしてゆっくり顔だけ覗かせる。
ドローンカメラも、美空の視線を追うように曲がり角の向こうを映すと……。
「……え?」
洞窟の突き当たり。誰もいないはずのそこに、膝を抱えてうずくまっている少女が1人いた。
『ん?』
『え?』
『誰だ?』
『人?』
『おにゃのこだ!』
『ロリだ!』
『いや、小さすぎるような』
『なんでここに?』
『迷った?』
『迷って中層とか意味不』
人の気配じゃない。けど、魔物の気配でもない。
美空は警戒しつつも、少女近づいていく。
「君、大丈夫?」
「ッ……ぅ……?」
声を掛けた美空に驚きつつ、少女は不思議そうに首を傾げた。
幼いのに整った顔立ち。緑がかったフワフワの髪と、黄金を思わせる瞳。オシャレなのか、胸元に大きめの向日葵の飾りを付けている。
それに、この花の香り……どうやら少女から漂っているみたいだ。
見れば見るほど人間だが……なぜここにいるのかがわからない。
「えっと……日本語、わかるかな? ウチは美空。あなたは誰?」
「……ぅ……ぅぇぇん……ぅぅ〜……」
「ちょっ……!?」
泣いた。泣いてしまった。何もしてないのに。……多分。
『あーあ』
『泣かした』
『みみみ最低』
『あーあ』
『事案』
「う、うっさい、茶化すな……!」
けど、話を聞こうにもこうも泣かれてしまっては何もできない。見つけたからには、無視も放置もできないし。
美空は一瞬だけ考えると、そっとため息をついて少女の隣に座った。
とりあえずは、泣き止むまで待つことにしよう。
────────────────────
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!
よろしくお願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます