第32話 自問自答

   ◆◆◆



「伝説の警備員鬼さん。肉体のみで下層ボスを圧倒……やーっぱりニュースになってるねぃ」



 事件から3日後。病院のベッドに胡座をかくモチャが、ネットニュースを見てニヤニヤと口角を上げていた。

 同じ病室で入院中の美空と八百音も、SNSや自身のチャンネで事件の反響を確認していた。



「最強すぎる。強すぎて尊敬すらしないレベル。あれはガチ。本気の鬼さんが見てみたい。俺も体鍛えます。嘘っぽい。さすがに演技臭い。鬼さんには一生追いつけない。最強、最強、最強……半信半疑のコメも多いけど、ほとんどは鬼さんの強さは本物だって認めてるね」

「SNSのハッシュタグにも、伝説の警備員ってできてるよ。みんな、鬼さんの正体を知りたがってるみたい」



 もう事件から3日も経ったのに、世間は鬼さんの話題で盛り上がっている。

 肉体は魔法を凌駕する、という鬼さんの発言から、世間では筋トレや武術ブームが来ているらしく、どこのジムや道場もほぼ満員状態らしい。

 が、ダンジョン内は前ほど賑わってはいない。

 どうやら下層ボスの化け物具合を見てしまい、ダンジョン攻略者を引退する人が増えているんだとか。

 あのモチャが圧倒されたのだ。無理もない。

 モチャはネットの記事にも飽きたのか、画面を閉じて寝転んだ。



「んぁ〜……! 検査入院にも飽きたにゃぁ〜っ……!」

「仕方ないよ。特にモチャさんは、神聖憑依セイクリッドまで使ったんだもん」

「もう元気いっぱいだから、暴れてぇんじゃぁ〜」



 両手両足を振ってじたばたするモチャ。

 神聖憑依セイクレッドを使える攻略者は少ない。それに、使えたとしても使う機会もそう多くはない。

 それに、回復薬を使ったとは言え、あれだけ体中がボロボロだったのだ。検査入院が長引くのも当然だろう。

 じゃあなぜ美空と八百音も長引いているのか。

 それは、鬼さんの計らいである。



『しばらくは世間も騒がしいでしょうから、ここでゆっくりして行ってください』



 という訳で、どんな手段を使ったのか最高級の病室を手配してくれたのだ。恐らく、公安関係の人のツテで用意してくれたのだろう。おかげでマスコミにも追われず、快適なお泊まり会をしていた。

 八百音はチョコを口に含みつつ、横目でモチャの方を見る。



「にしても、モチャさんも鬼さんも公安だったなんてねぇ」

「にゃはは、意外かい?」

「正直。もっと堅物な人がなるもんだと思ってた」

「うん。だから現役ん時は、けっこー周りから疎まれてたよん」



 本人は気にしていないのか、あっけらかんと言う。

 これが本心なのかはわからないが、あまり踏み込んで聞かない方がよさそうだ。



「じゃあさ、モチャさん。鬼さん、どうして公安を辞めちゃったの? 警備より断然いいと思うけど。給料面とか」

「あ、思った。事情とかってあるんですか?」

「知らない。アタシも聞いたけど、答えてはくれなかったんだよねぇ。当時の上も、かなり引き止めてたらしいよ」



 直の後輩であるモチャでさえ教えてもらえないとなると、家庭の事情なのか、余程のことなのか。

 何にせよ、鬼さんが幸せそうに仕事をしているなら、問題はないだろう。

 そう思って美空はコーラを飲んでいると、八百音はまだ気になることがあるのか、ニヤニヤと笑みを見せてモチャのベッドに座った。



「ならさぁ、モチャさんはなんで鬼さんを追って辞めたのぉ? やっぱり鬼さんのこと〜……」

「は、はぁ? そんな訳ないしっ。ただ、鬼さんのいなくなった公安とかつまんなくなっただけだしぃ」



 モチャは顔を真っ赤にして、髪の毛をもふもふといじる。この様子からして、鬼さんに対して特別以上の感情があるのは、間違いないだろう。



「ほーん。へぇ〜」

「ヤオたそ、その顔うっざい!」

「別にふつーの顔だけど? うざく思うってことは、心当たりでも?」

「があー! 窓から放り捨てるぞ小娘!」



 2人がキャッキャとはしゃぎながら、病室を駆け回る。ここが個室でよかった。



「わーん、助けて美空〜」

「お嬢ちゃんそこどいてっ、そいつ殺せない!」

「殺しちゃダメ。も〜、2人とも、落ち着きなよ」



 呆れ半分で溜息をつき、美空はネット新聞のとあるページを開いた。

 驚くほど鮮明に、鬼さんが戦っている姿が撮られている。画像保存しておこう。



「……でも、モチャさんが鬼さんのことを想う気持ち、わかります。だって……鬼さん、かっこ──」

「失礼します」

「よーーーーーッ!?!?」



 突如の来訪者鬼さんに、女の子座りのままジャンプするという荒業を見せた。



「え、みみみお嬢ちゃんすご」

「何それどうやったの?」

「わ、わかんない……って、鬼さんっ!?」



 振り返ると、キョトンとした顔の鬼さんが立っていた。手には花束とフルーツ盛り合わせが握られている。



「ど、どうしたんですか?」

「お見舞いです。と言っても、皆さんが元気なのは知っていますが」



 3人にそれぞれ花束を手渡していき、テーブルにフルーツ盛り合わせを置く。

 モチャは嬉しそうにフルーツに手を伸ばし、リンゴを切らずに丸かじりした。



「あ、こら深雷さん。みんなで食べるんですから、1人で食べてはいけませんよ」

「わーかってまーす。んーっ、うまーっ」

「まったく……」



 鬼さんは残っているリンゴを手に取り、果物ナイフで手際よく剥く。



「美空さん、八百音さん、体調はどうですか?」

「う、ウチは大丈夫です。久々にこんなゆっくりしてる気がします」

「私もですね。ずーっとダンジョンとか学校のテストでバタバタしてましたから」

「それはよかった。2週間はこの部屋を取っていますし、学校の方にも説明済みですから、いくらでも休んでいってくださいね」



 学校公認の休みと聞き、八百音は諸手を挙げて喜んだ。

 美空は学校には行っていないから関係ない……が、今後はどうするか迷っている。

 美空は自分の首から下げている、鬼さんから受け取ったロケットの蓋を開く。

 美空の目的は、両親がいたであろう下層へ向かうこと。そして、両親が生きていた痕跡を探すこと。

 だけど、下層ボスと相対してわかった。両親はあれに吸収され、ずっとあそこにいた。

 もう、美空がダンジョンを潜る理由も目標もなくなった。



「ウチ……学校行こうかな……」

「え。お嬢ちゃん、DTuber辞めちゃうの?」

「や、やめませんよ。ただ……前ほど、潜るのも急がなくてもいい気がして……」

「あ……そっか……」



 美空がダンジョン攻略を急ぐ理由を知っているモチャは、少し寂しそうな顔をした。

 八百音は鬼さんに切ってもらったうさぎのリンゴをかじりながら、美空に視線を向けた。



「美空。最下層のボスを倒したら、なんでも願いが叶うアイテムが手に入るらしいけど、それはもういいの?」

「うん……目標の1つは達成したから、JKを謳歌するのも悪くないじゃん? お金にも困らないし」

「……そっか。美空が決めたなら、いいと思うよ」



 美空の苦しみを知っている八百音は、優しげに微笑む。

 先日の配信で投げられた投げ銭の額を自動算出した結果、全世界からトータルで300億円近く投げられていた。

 税金、装備やアイテムの新調で半分以上は削られるけど、それでも120億は残る。

 投げ銭だけでもそれだけ貰ってるし、配信のお金もこれから入るだろう。

 正直、半ば燃え尽きてしまっているのだ。

 少しだけ、充電する時間が欲しい。


 そっと息を吐いて、美空はバスケットに入っているぶどうに手を伸ばし──






「本心ですか?」






 ──止めた。

 ハッと目を見開き、鬼さんを見上げる。



「鬼、さん……?」

「いえ、出すぎた真似をしました。……私は帰ります。まだまだ時間はありますから、ゆっくりして行ってくださいね」



 綺麗なお辞儀をして、鬼さんは病室を後にする。

 モチャは眠くなったのか、大きな欠伸をしてベッドに寝転ぶ。八百音も肩を竦め、SNSの巡回に戻った。

 でも……美空の頭の中には、鬼さんの言葉がずっと残っている。



(本心……ウチの、本心って……?)



 ベッドに寝転び、天井を見つめる。

 幸い、時間はたっぷりある。考えを出すのは、それからでも遅くない。

 美空はそっとため息をつき、内なる声に耳を傾けていった。


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