第31話 凌駕

 美空の呟きは、騒音の中でも3人の耳に届く。

 八百音は目を見開き、モチャは眉をひそめ、氷さんは首を傾げた。



「パパママ? どうしたっすか、みみみ。恋しくなったっすか?」



 ──ゴスッ



「ほげっ!? も、モチャ、何するっすか……!」

「馬鹿、空気読め。……みみみお嬢ちゃん。今のって、まさか……」



 モチャが気遣うように、美空に話しかける。

 美空は唇を噛み、小さく頷いた。



「た、多分、ですけど……あいつから、懐かしい気配がしたんです。それに、今の諦めない心って言葉……ウチが、両親からもらった言葉で……」

「確かお嬢ちゃんのご両親、4年前にダンジョンに向かって帰って来なかったって……ぁ……」



 何かに気付いたモチャは、騎士と美空を交互に見た。



「まさか……いや、そんな、こと……」

「──ありえるっすよ」



 さすがの氷さんも今のやり取りで気付いたらしく、渋い顔で口を開いた。



「魔物の中には、対象を吸収する奴がいるっす。吸収した対象の記憶、技、魔法を自分のものにする、恐ろしい魔物が。それに……自分も噂で、数年前に男女の攻略者がここを見つけたと聞いたことがあるっす。つまり……あいつがみみみの両親を吸収した可能性は、十分あります」



 突きつけられる現実に、美空は拳を握って画面を見つめる。

 肌や髪の色も、両親とは異なるが……よく見れば、面影がある。優しかったあの時の、両親の面影が。

 つまり……本当にあれは、両親なのだろう。

 美空の悲しみ、辛さ、苦しみをずっと見てきた八百音は、口を手で押えてへたりこんでしまった。

 歳頃の2人の少女には重すぎる現実に、モチャは氷さんに鋭い眼光を向けた。



「あんた、大人ならもっと言葉を選んで……!」

「言葉を選べば、現実は変わるっすか? ……事実を受け入れる覚悟がなければ、ダンジョン攻略者なんて続けられませんよ。モチャだって、わかってるっすよね」

「ッ……」



 氷さんの意見が真っ当すぎて、モチャは反論できずに顔を逸らした。



「みみみ。ここから先は、見続けるのは辛いと思うから、退避を提案するっす。吸収されてしまったとは言え、奴にはご両親の面影がある。このまま行けば、鬼さんが……」



 殺してしまう。最後まで言わなかったが、そう言いたいのだと察した。

 尊敬し、密かな乙女心を抱いている鬼さんが、両親を殺す。

 本当ならやめてと言いたい。鬼さんを止めたい。まだ、あの中に両親の意識がほんの少しでも残っているなら……けど、それは願望だ。夢だ。

 あいつの中に2人の記憶があるのは、吸収されてしまったから。

 もう……この世に、両親はいない。

 あれは、魔物。ダンジョンに巣食う……敵だ。



「大丈夫です。ウチ……最後まで、見届けます」

「……っすか。強いっすね、みみみは」



 氷さんはニカッと歯を見せて笑うと、これ以上は何も言うまいと視線を外す。

 モチャは乱雑に美空の頭を撫で、鬼さんの方を見た。



「美空……私が、支えるから。絶対に」

「八百音……うん、ありがとう」



 2人は手を繋ぎ、まだ戦いを繰り広げている画面へ目を向けた。






【【おおおおおおおおおおおッッッ!!!!】】



 連撃。連撃。連撃。

 魔法付与エンチャントで強化され、息付く暇もない連撃の嵐だが、鬼さんは余裕の笑みを崩さない。

 だが騎士の方は、武器も肉体も悲鳴をあげている。いつ壊れてもおかしくない。

 不思議な感覚だ。絶対終わる戦いで、鬼さんの勝利は揺るがないのに……ずっと見ていたいという気持ちにさせられる。


 まるで、舞踊。

 最高の強者が2人で作る舞いに、ここにいる自分たちだけじゃなく……カメラを通じて、世界中が魅入られているだろう。

 まだ見ぬ強者も。これから強くなるであろう弱者も。大人も。子供も。男も。女も。純粋な者も。捻くれ者も。みな等しく、今は最強に魅入られている。


 連撃の応酬の最中、鬼さんは楽しそうに口角を上げた。



「ふふ。気合いが入っていいですね。ですが……これ以上時間を割くと、上司に叱られてしまいます。叱られたくはないですし……」



 刹那。鬼さんの攻撃が、騎士の武器を粉々に砕いた。



「ここで、幕引きと致しましょう」


【ッ! やれるものなら!!】

【やってみるがいい!!】



 白炎の翼を羽ばたかせ、上空へ逃げる騎士。

 砕かれた武器をすべて放り捨て、不可思議な印を結んだ。

 1つは指を絡ませて丸を描くように。もう1つは、逆さまに合掌するように。

 印を結ぶと、白炎の翼が更に燃え上がり、巨大な魔法陣を作り出した。

 本来魔法陣とは、魔力で構成し、魔法へ変換するもの。魔法そのもので魔法陣を作るなんて、聞いたこともない。



【天穿つ死の一撃──】

【神をす最古の聖炎──】

【我が身を贄に現れるは、悪を滅する者なり──】

【破壊の王、死の抱擁、滅の番犬──】

【どうか、無力なる敵に断罪の鉄槌を──】



 詠唱が完了した瞬間、魔法陣が変形し、砲塔のような筒状の炎になる。

 筒先は鬼さんに狙いを定め、その背後にいる自分たちの方も向いていた。



【汝、誇るがいい】

【この魔法は必殺の一撃】

【当たる者すべてに平等なる死をもたらす】

【もはや逃げられる術など】

【【ない】】


「確かに……これは、ちょっとまずいですね」



 鬼さんが少しだけ後ろを振り返り、こっちに目を向ける。

 避けたら、あの魔法はこっちへ来る。避けなくても、鬼さんでさえあれを受けるのは難しい。

 それほどの恐怖が、あれからは伝わってきた。

 が、それ以上に……鬼さんの柔らかな笑みで、大丈夫だと安心できる。


 鬼さんはゆっくり頷き、左手を開手で前に。右手を手刀で腰に。左脚を踏み出し、半身の構えを取った。



「よろしい。掛かってきなさい」


【ほざけ!】

【人間風情がァ!】

【【《聖なる断罪の閃炎コンヴィクション》!!】】



 筒先の炎がより白く、より明るく、より渦巻き、鬼さんへ向かい圧縮された白炎が放たれる。

 でかい。その上速い。さすがの鬼さんでも、この距離とこのタイミングは避けられないだろう。

 しかし、鬼さんの頭の中には避けるという選択肢はないのか、兵服の上からでもわかるほど筋肉を隆起させた。

 そして……。



「警備術七式──無刀・表裏ひょうり断ち」



 手刀を、放った。

 魔法を極めた者のみが会得できる、詠唱魔法VSただの手刀。

 本来なら比べる必要もなく詠唱魔法に軍配が上がるが──スパッッッ。手刀から放たれた飛ぶ斬撃が、白炎の砲撃を真っ二つに斬り裂き、向こう側にいる騎士の胴体を左右へ両断した。



【──ぁ……?】

【ば……か……な……?】

【魔法が……素手に……】

【負け……】


魔法の弱点、、、、、を見極める目と断ち斬る技量があれば、難しいことはありませんよ。皆さんは勘違いしているようですが、魔法は万能ではありません。最近は魔法に目が向かれがちで、肉体を疎かにする人もいますが……使い方次第で、肉体は魔法をも凌駕する力がある。よい勉強になりましたね」


【【この……バケ……もの……め】】



 崩れ落ちた騎士が、灰になって消える。

 灰の中に2つの魔石と、1つのロケットが残される。

 魔石には目を向けず、鬼さんは大切にロケットを拾うと、ボタンを押して蓋を開いた。



「……やはり、彼女のご両親でしたか。あとで謝罪しないといけませんね」



 ロケットに大切に収められている、小さい写真。

 そこには、満面の笑みでピースをしている、幼き頃の美空の姿があった──。


 ────────────────────


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

 ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!

 よろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る