第30話 継承される思い

「んなっ!?」

「しーっ」

「むぐっ」



 驚き、目を見開く氷さんの口を手で塞ぐモチャ。

 氷さんは事情を知っているのかもしれないが、美空としてはさっぱりだ。



「あの、モチャさん。公安って……?」」

「お嬢ちゃん……もっと社会の勉強をしなさいな」

「美空、あんた……」

「みみみ、マジすか」

「あはは……すみません」



 どうやらかなり世間知らずな質問だったようだ。恥ずかしくなり、つい俯いてしまった。

 モチャはそっとため息をつくと、一つ一つ、丁寧に説明する。



「公安っていうのは、日本の治安を護る組織のこと。もっと言ってしまえば、公共の安全と秩序を維持するのが、公安の仕事なの。国家に仇なす犯罪者やテロの対策とかね」

「なるほど……じゃあ、0課っていうのは?」

「……本来は、0課は存在しない。いわゆる俗称として使われてる。正式には、公安課特異環境対策室暗部。ダンジョン専門の部隊で、潜んでいる超凶悪犯罪者の拿捕やテロ組織の壊滅、国家に仇なす敵の排除が仕事」



 公安課特異環境対策室暗部。特異環境というのは、ダンジョンのことだろう。

 だから鬼さんは、ダンジョンについて誰よりも詳しかったのだ。

 鬼さんの秘密を知り納得していると、氷さんが「ちょ、待ってくださいっす」とモチャの話を遮った。



「そこまではわかったっす。そんな鬼さんをセンパイって言うことは、モチャも公安0課なんすよね?」

「うん。まあ、アタシもセンパイを追って辞めちゃったけど」

「じゃあ……もしかしてモチャも、代理執行人?」



 ひたいから汗を流し、氷さんが問いかける。

 だがモチャは、首を横に振った。



「アタシはただの執行人。とても代理には……」

「っすか……いや、すんません、聞いてしまって」

「大丈夫。これがアタシの実力だってわかってるから……けど、いつかはセンパイに追いつくよ、絶対」



 モチャは説明は終わりと言うように、鬼さんの戦闘に目を向けた。

 だが美空と八百音は置いてけぼりである。2人は顔を見合わせると、代表で八百音が氷さんに話しかけた。



「あの……執行人ってなんですか?」

「簡単に言えば、執行人ってのは公安0課の実働部隊。他にも情報部隊や偵察部隊がいて、その上で実働部隊が執行に動く。モチャはそこの実働部隊で働いてたってことっす」

「じゃあ、代理って? なんか言葉的には微妙ですけど……」

「はは、そう思うのも無理はないっすね」



 氷さんは一瞬だけモチャに視線を向けるが、モチャは気付いていないのか、気付いていて無視をしていているのか、こっちを向かなかった。

 それを後者と受け取った氷さんは、苦笑いを浮かべた。



「えー、モチャの手前、言うのははばかられるんすけど……言葉を選ばずに言えば、代理執行人っていうのは、執行人が対処不能と判断した事案にのみ動く人間……つまり、執行人の代理という意味っす」

「し、執行人が対処できない事案に対処する……!?」

「それは……執行人のレベルが低い、なんて簡単な話じゃないですよね」



 八百音の目がモチャを向く。

 モチャの戦闘力は、さっき見た通りだ。今までの付き合いで、鬼さんに次ぐ化け物というのは知っている。

 そんな人たちだけで構成されている実行部隊でも対処できないものに、対処する。とんでもない化け物だ、代理執行人というのは。



「鬼さんみたいな人が、他にもいるんですね……」

「公安0課でさえ秘匿事項っすから、代理執行人なんて超超超トップクラスの秘匿事項っす。自分も、そういうのがいるらしいって噂をフワッと聞いただけなんで。それがまさか、鬼さんとは思いませんでしたが」



 氷さんも話は終わりというように、戦闘の爆心地へ目を向ける。

 美空は呆然とした気持ちで、画面に映る鬼さんを見た。



【【がああああああッッッ!!!!】】



 攻撃を受けきれないと判断した騎士が、咆哮と共に無数の白炎の弾丸を周囲に放つ。

 さすがの鬼さんも直撃はまずいと判断したのか、瞬時にバックステップで回避。一撃も掠らず、安全圏に下がった。



「攻撃が雑ですよ。攻撃とは無闇にやるものではありません」


【フーッ、フーッ……!】

【黙れッ、矮小な小童がァ……!】



 白炎の翼が巨大化し、双剣双槍の刃にも白炎が灯る。

 騎士から感じる存在感や圧迫感が、より強く、より別次元のものに変わる。

 魔法付与エンチャントだ。間違いない。白炎魔法を使えるからまさかとは思ったが、強化魔法も使えるなんて。



【我に強化させるとは】

【天晴れなり、人の子よ】

【だが、汝の猛追もここまで】

【ここからは戦闘ではない】

【【蹂躙である】】


「そうですか、怖いですね。……なら」



 消えた。鬼さんが、画面から完全に。

 ドローンカメラの性能は、戦っている対象をちゃんと映すために、超高性能のものが使われている。そうじゃないと、今何をしているのかリスナーに見せることができないから。そのスピードは、モチャがトップスピードを出しても追いつくほどだ。

 つまり鬼さんのスピードは、モチャ以上で……。


 と、カメラが鬼さんの軌跡を分析し、動く。

 画面内に騎士が映り、直後──



【【ごぼッ……!?】】



 ──突如現れた鬼さんの拳が、騎士の鎧を砕き腹部へめり込んだ。



「蹂躙される前に、終わらせるとしましょう」



 衝撃をそのままに吹き飛ぶ騎士。青い血を吐き、膝を着く。



「終わらせるつもりだ、センパイ」



 モチャの言葉の通り、鬼さんが人差し指でこめかみを押さえた。

 とん、とん、とん。3回ほど叩くと、鬼さんの体から迸る圧の質が変わった。

 眼光が鋭くなり、首の関節を鳴らす。



「あなた方が相手なら……これくらいかな」


【なんだ……】

【それは……】


「ちょっと戦闘のギアを上げただけです。安心してください。あなた方には、魔法は使いません」


【【舐めるなあああああああああ!!】】


「いえ、舐めてなど」



 消えた、また。

 超スピードで騎士に接近し、連撃を叩き込む。

 右左右左左裏拳回し蹴りかかと落とし。

 1秒にも満たない内に十数発の連撃を入れ、騎士を地面に沈めた。



「彼我の差を考え、必要ないと判断した迄です」


【ぐ……ぞっ……】

【ま……負けん……我らは……負けぬ……!】



 今の攻撃を食らって尚、騎士は立ち上がる。

 鎧は剥がれ、血を流し、武器も剣と槍を1本ずつ残して砕かれている。

 だが倒れない。必死の形相で鬼さんを睨めつける。

 さすがに違和感を感じたのか、鬼さんは訝しげな顔で首を傾げた。



「あなた方ボスは、1度死んでもリスポーンする。確かに自我や思考がある者は珍しいですが、なぜ極端に死を恐れるのです?」


【汝には、わかるまい】

【どれだけの強者が前にいようと】

【【大切なのは──諦めない心であるッ】】



 立ち上がった騎士が、鬼さんへ向かい駆ける。

 戦いが、終焉を迎える。

 が……美空の脳裏には、まるで走馬灯のようにとある光景を思い出していた。

 生前、両親は口癖のように、いつも美空に言い聞かせていた……あの言葉。



『美空。必死に頑張れば、結果は後からついてくるんだ』

『ひっし?』

『ええ、パパの言う通り。何があっても、頑張って、頑張って、頑張れば……絶対、幸せが待ってるから』

『しあわせ……どーしたら、がんばれるの?』






『『諦めない心だよ』』






(……ぁ……そ、か……)



 さっき感じた違和感。そして、騎士の叫んだあの言葉。間違いない、奴は……あの人たちは……。



「パパ……ママ……?」


 ────────────────────


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