第29話 正体

【【────】】



 鬼さんの圧によるものか、大きく飛び退く騎士。

 その隙をついてか、鬼さんではない別の男がモチャの体を抱き上げた。



「氷さん、皆様をお願いします」

「おけっす。鬼さん、頼んますッ」



 氷さんと呼ばれた男も、鬼さんと同じ兵服を着ている。どうやら鬼さんの同僚らしい。

 彼はモチャを優しく扱い、ひとっ飛びで美空の隣に立った。



「おわ、本物のみみみ可愛い……じゃなくて、ここ危ないんで、逃げるっすよ」

「は、はいっ」



 急いで前線から離れ、八百音を連れて入口付近へ戻る。入口の門は無理にこじ開けたのか、粉々に砕け散っていた。

 その間にモチャに回復薬を飲ませると、ようやく意識が回復した。



「ぁ……れ。ここ……」

「モチャさん、大丈夫です。鬼さんが来てくれましたからっ」

「鬼……て、センパイ……!?」

「わっ、ちょっ、暴れないでっ。危ないっすよ!」



 十分離れた場所で、氷さんはモチャを下ろした。

 服が破れていろんなところがギリギリだったが、氷さんが自分の兵服を脱ぎモチャに羽織らせる。

 瓦礫をガードにして、モチャは鬼さんのいる方を見た。



「あのー、まずは逃げないっすか? ほら、出口開いてるんで、逃げてから配信で……」

「ダメ。センパイの戦いは、この目で見なくちゃ意味ないの」

「っすか。じゃあ、みみみとヤオたそは……」



 氷さんの目がこっちを向く。

 2人は顔を見合わせると、同時に頷いた。



「見たいです、ウチも」

「あの人を見て、強くなりたい。だから、お願いします」

「……はぁ。まあ、君らを逃がしたら、僕も見に戻る予定だったし……いいっすよ。下がっててくださいっす」



 氷さんが前に出ると、手の平を合わせて魔力を練る。水色の魔力が膜のように手の平を包み、より濃いものに変わった。



「七つの大罪、七つの星、七つの花弁──

 我が守護の真名は、慈愛と抱擁──

 氷の冷たさとは恐ろしく、また美しく──

 冷獄なる庇護下の中で拝み、奉り、敬え──《七つ花弁の氷盾アイアース》」



 詠唱魔法を発動すると、7つの氷の盾が、まるで花びらのように4人の前に現れる。

 一見、薄氷のように頼りなく見えるが、成長した今ならわかる。この盾、モチャの攻撃も余裕で防げるほど、強固なものだと。



「きは……鬼さんの攻撃は防げないっすけど、衝撃波くらいなら防げるっす。これで安全に見学できますけど、危なくなったら抱えてでも逃げるっすからね」

「は、はいっ」

「ありがとうございます」



 氷さんに頭を下げ、2人もモチャ同様瓦礫から顔を出して鬼さんの戦いを見守る。

 遠いけど、攻防の圧がここまで伝わってくる。防御越しにも関わらず、とんでもない迫力だ。

 だがしかし、遠すぎてどんな攻防が繰り広げられているのか見えない。



「うわ……鬼さん、やっぱすごいっすね」

「当然だよ。センパイなんだもん」



 モチャと氷さんは見えているのか、食い入るように戦いを見つめていた。



「八百音、見える?」

「見えない……あ、そうだ。配信なら」

「そ、そうか、その手が……!」



 急いで自分とモチャの配信画面を開くと、頭上からの戦闘映像が流れた。

 衝撃波のせいか、ノイズが酷い。だが映像技術の発展のおかげで、より鮮明に見える。

 そこで繰り広げられていたのは……。



「う、嘘っ……!?」

「これ、マジ……!?」



 騎士の方は剣が1本砕かれているが、半分以上残しているから攻撃力が下がっているとは言えない。それに加え、白炎の攻撃も飛ばしている。手数は無限と言っていい。


 それに対し、鬼さんは──素手ベアナックル

 たった2本の腕で、騎士の攻撃をすべていなし、逸らし、弾き。あまつさえ反撃していた。



【む……】

【うむ……!】


「はは。さすがは下層ボス、お強いですね」


【【ほざけ】】



 険しい顔の騎士に対し、鬼さんは笑顔を崩さない。余裕というほどでもないが、苦戦もしていない。まるで、組手をしているかのような軽やかさだ。



「騎士の右右右、左右左左……」

「はー、今のを捌き切るっすか。あんな基礎も形もない斬撃……うわっ、ここで白炎の刃ッ……!?」

「それを余裕を持って躱した。氷さん、受けられる?」

「どうっすかね。神聖憑依セイクレッド込みで、何発かかすりながらなら反撃も……」

「アタシも同じ意見。なのにセンパイ、通常状態で完璧に読み切ってる」



 猛者たちも感嘆し、2人の攻防から目を逸らさない。

 多分、強者にしかわからないレベルの戦闘なのだろう。正直、美空には目に映るものがすべてだ。

 強者が到達する頂き。強さの結晶。

 それを生で……近くで感じられる。


 ──ゾクッ──


 思わず、身震いした。恐怖ではない初めての感覚に、美空は自分の胸に手を当てる。



(なんだろう、これ……なんだろう、なんだろう……体が、熱い……内側から熱が生まれる。マグマのような熱が……!!)



 もっと……もっと見たい。もっと近くで、このひりつく戦いを見たい。

 でも……今の美空に、それを叶える手段はない。あるのは、このドローンカメラだけだ。



(いつか……ウチも、あの人たちのいる場所まで──)

「あ、動いた」



 モチャの言葉に、現実に引き戻される。

 さっきまで釣り合っていた攻防のバランスが傾いた。

 言わずもがな──鬼さんの方に。



「あまり時間も掛けられません。……本気で掛かります」


【うっ】

【ぐぬぬっ】



 瞬間的に今までよりスピードを上げ、四方八方から打ち下ろしてくる攻撃をすべて弾き、一瞬の間を作った。

 身をかがめ、両腕を退いて腰に手を当てる。



「警備術五式──千手崩拳」



 ──ゴウッッッ!!!!


 まるで千の手に見えるほど速く、どこにも逃げ場のない拳の嵐。

 騎士もなんとか防ぎ、絶対的な急所の攻撃は防ぐが、避けきれないものは受けている。

 が、鬼さんの想像以上のパワーと手数、無限とも思える体力に、騎士の鎧は破壊され、剥がれていく。



「警備術五式? 何言ってんだか、センパイ。どー見ても暗部の技じゃん。若干アレンジしてるみたいだけど」

「いやいや、ちゃんと警備術五式っすよ。まあ、それより圧倒的に手数は多いっすけど」

「因みにアンタ、あれできる?」

「できますけど、あれの半分も打てませんよ。やっぱ鬼さんはバケモンっす」



 化け物2人に化け物と言わしめる鬼さん。いったいどれほど強いのか、今の美空には検討もつかない。

 それよりも、気になることがある。



「あの、モチャさん。さっきからセンパイって……?」

「あ、そうそう。私も気になる」

「あと、暗部の技って言ってたっすよね? もしかしてモチャさんと鬼さん、どこか暗い繋がりがあるっすか?」



 美空の質問を皮切りに、八百音と氷さんもモチャに問いかける。

 モチャは一瞬迷ったような顔をして、チラッとドローンカメラを見上げた。



「まあ、この音とこの距離じゃ、聞こえないか……これ、ここだけの話にしてね。他言無用だから」



 真剣な顔に、3人は頷く。

 そっとため息をつくと、モチャは鬼さんに視線を向けながら、口を開いた。



「……元公安0課、代理執行人、、、、、。撃滅の鬼。それが、センパイの正体だよ」


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