第25話 緊急警報
(……ぁぁ……なんだろ、体がふわふわしてる……気持ちいい……)
何か言いようのない気持ちよさに、目を閉じたまま全身が脱力するのを感じる。
地に足がつかないというか、揺れているというか……とにかく、不思議な感覚だ。
──……ら……み……!──
(何か……聞こえる……誰だろう……)
遠くの方が騒がしい。もう少しこの気持ちよさを味わっていたいのに、これじゃあゆっくりできない。
──起き……み……そら……ら……美空ッ!!──
「ッ!?」
頬を叩かれた衝撃で、体を覆っていた浮遊感に似た感覚がなくなり、背中に感じる硬い岩石の感覚に痛みを覚えた。
目の前には、心配そうに見下ろしてくる八百音が、安心したように笑った。
「よかった……美空、大丈夫? 立てそう?」
「……うん……大丈夫、だと思う……」
まだ体にだるさは感じるも、起き上がれないほどではない。
見上げると、さっき自分たちが落ちてきたであろう穴が、どこまでも続いていた。多分、この穴を登って戻ることはできない。
八百音に手を貸してもらって体を起こすと、目の前に配信画面とコメント欄が現れた。
「大丈夫。私の方で待機画面にしておいたから、気絶してるところは映ってないよ」
『そろそろ20分か』
『落ちていったけど大丈夫かな……?』
『死んでないよね……?』
『マジで心配』
『ずっとそわそわしてる』
『みみみとヤオたそ、大丈夫?』
『モチャは大丈夫そうか』
「あ、ありがとう、八百音。すぐ切り替える」
美空が画面を操作すると、画面が待機画面から配信画面に切り替わった。
「ご、ごめんみんな。心配かけちゃって。ウチらは無事だから、安心して」
『みみみー!!!!』
『よかったぁ……!』
『めちゃめちゃ心配した!』
『死ななくてよかった……』
『ヤオたそも元気そうでよかったマジで』
『力抜けた』
『そこどこ? 落ちたってことは、中層?』
「あ……確かに、ここどこだろ」
途中で気絶したけど、かなりの距離を落ちてきた気がする。
となると、中層への近道なのだろうか。近道と言うには、危険すぎる近道だが。
「いやぁ〜、違うみたいだよ」
「え? あ、モチャさん」
声の方を見ると、モチャが洞窟の奥から戻ってきた。
「ここ、魔物の気配がないからおかしいと思って、少し見て回ってきた」
「魔物の気配がない……?」
「ダンジョンでそんなことありえるの?」
「わかんない。モチャも、こんなこと初めてだから。で、探索してたら面白いもの見つけたよ。こっち来て」
モチャが、今来た道を戻っていく。
美空と八百音は顔を見合わせると、モチャの後ろをついて行った。
さっきと同じで、一直線の道を進む。
確かに、魔物の気配はない。でも……。
「嫌な気配がするのは、ウチだけじゃないよね」
「奇遇だね。私もめっちゃ嫌な感じがする」
「お、成長してるねぃ、2人とも。そう、少し嫌なものがこの先にあるよ」
「「え」」
モチャの言葉に、2人は足を止めた。
下層攻略者のモチャが、嫌なものがあるなんて口にする。ということは、まだまだ弱い自分たちにとっては、かなり嫌なものってことなのだが。
「あー、大丈夫大丈夫。魔物とかじゃないから、安心してよ」
「ほ、本当ですか?」
「嘘ついたら許さない」
「嘘じゃないってぇ。ほら、見えてきた」
モチャが指さす先を見ると、薄らと灯りが見えてきた。
こんな場所に灯りがあるとは思えないが、ダンジョン内ではありえないことはありえない。何があろうと、不思議ではないのだ。
見ると、さっきの広場をはるかに凌ぐほど広く、縦に長い広場が現れた。
──否、広場ではない。左右に均等に並ぶ巨大な柱と、壁に刻まれた彫刻の数々は、まるで西洋の城にある広間を想起させるほど、厳かで堅牢な印象を与えた。
『なんだこれ』
『ダンジョン内に人工物なんてあるのか?』
『いやありえないでしょ』
『ダンジョンに住もうとして小屋を建てたDTuberが、小屋ごとダンジョンに飲み込まれた動画見たとある』
『俺も』
『壁を削っても元に戻るぞ』
『え、じゃあこれ何?』
『さあ』
『わからんな』
『教えて有識者ニキネキ』
コメント欄もザワついている。
いつの間にか美空とモチャの同時視聴数が、合計で500万を超えていた。
登録者数も、エグい伸び方をしている。
それもそうだ。こんな誰も見たことがない場所を配信してるんだから、ダンジョン配信ファンが観ないわけがない。
「モチャさん、これ……」
「少なくとも人工物じゃないにゃ〜。多分、ダンジョンが作ったものだよ」
サラッと言うが、そんなこと本当にありえるのだろうか。
「それに、あれ見てみ。奥の扉」
「え。……でっか……」
「何、あれ。でかすぎ……?」
ここから反対側までは、多分100メートルくらい。
そんな距離なのに、距離感が歪むほど巨大な扉が、そこにあった。
いや、扉ではなく、門と形容した方がいいかもしれない。
中央に刻まれている髑髏と、それを両手で掲げている悪魔の彫刻。それらを封じるようにクロスしている超巨大な2つの鎖が、門を開かないようにしている。
モチャは好戦的に口角を上げ、門を見つめて呟いた。
「間違いない。……最下層への門だよ」
◆◆◆
都内某所。とあるビルの一室にてけたたましくサイレンが鳴り、待機中の鬼さん、赤魔警備長、氷星は揃ってスピーカーを見上げた。
「こいつァ珍しい。ダンジョン緊急警報だ」
「自分、緊急警報初めて聞いたっす」
「しっ」
テンションが上がってる赤魔と氷星に、鬼さんは指を立てて静かにするようジェスチャーした。
『本社より警報。本社より警報。横浜ダンジョン内にて、攻略者が最下層へ続く通路を発見。担当警備は、迅速に対処せよ。繰り返す。横浜ダンジョン内にて、攻略者が最下層へ続く通路を発見。担当警備は──』
「おいおい、マジかよ。あそこ見つかったのか」
「数年前にも1度見つかったんすよね。今回は誰が……んっ!?」
氷星がSNSを開くと、目を見開いて立ち上がった。
「氷星さん、どうかしました?」
「やっ、やばいっす! 今回見つけたの、モチャとみみみチャンネルっすよ!」
「────」
氷星の言葉に鬼さんは立ち上がると、2人に目を向けず転送装置へ向かった。
さすがの赤魔も険しい顔で、氷星に命令を下す。
「氷星、お前も行け」
「え、でも……」
「お前の業務は岩鉄に引き継ぐ。それに、鬼原の戦いを間近で見るのも、いい勉強になるぞ」
「……うす。行ってきます」
敬礼し、鬼さんを追って転送装置に入る。
赤魔は深く息を吐くと、まずは斬島所長へと電話を掛けた。
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