第16話 個室にて
「ほんれ? お嬢ちゃんはなんれあんなほとひはん?」
連れてきてもらった、行きつけの中華料理屋の個室。モチャは料理を口に詰め込み、美空に質問を投げかけた。
聞き取りづらかったが、なんであんなことしたのか、と聞かれたのだろう。
美空は箸と皿をテーブルに起き、気まずそうに頬をかいた。
「いや、その……一刻も早く、下層に行きたいと思いまして……」
「下層? なんで?」
「……父と母に、会いたくて」
「どゆこと?」
理解できず、首を傾げるモチャ。
それもそうだ。こんな説明じゃ、わかってくれるわけがない。
1つずつ、言葉を選ぶように、話し始める。
「えっと……ウチの両親、2人ともダンジョン攻略者だったんです。2人でチームを組んでいて、下層で活動していました」
「え、そうなん? なんて名前?」
「攻略者名はちょっとわからなくて……でも、写真はあります」
スマホを取り出し、写真をモチャに見せる。
そこには、柔和な笑みを浮かべている母と、いつもは優しいのに、緊張で厳しい顔を見せている父。2人の間で、なぜか腕を組んでドヤ顔を見せている、当時小学6年生の美空。
今美空の持っている、1番新しい両親の写真だ。
「これは4年前の写真。これを撮った年に……両親は下層から帰ってきませんでした」
思わず、拳に力が入る。
いつもは長くても3日で帰ってくるのに、それが1週間、2週間……1ヶ月。そして……4年、帰って来なかった。
寂しさ、悲しさは、今でも覚えている。幸い、当時は2人がダンジョンに向かう時、祖父母の家に預けられていたから、慰めてくれる人はいた。
でも、小学6年生なら、わかってしまう事実。
父と母は、ダンジョンで死んだ。それしか、考えられない。
それが辛くて、辛くて……とても、耐えられなかった。じっとしていられなかった。
「ウチの能力が覚醒したのは、半年前。それから、下層に向かうため……父と母が、最後にいた場所に向かうため、頑張ってきたんです」
「なるほど……でもごめん。アタシが下層に入って2年だから、この2人のことは……」
「だ、大丈夫です。ウチ、モチャさんの動画は全部見たから、知ってます」
下層以下は、長くその場で活動すればするほど、死の確率が上がる。
4年前に活躍していた下層攻略者も、今生き残っているのは1人か2人。それほど、下層の環境は過酷なのだ。
「それで、会いたいってどういうこと? 辛いようだけど、下層に潜って4年も帰ってこないなら、もう……」
「はい、それはわかっています。でも、見てみたいんです。パパとママが見ていた世界を、この目で。そうすれば……少しでも、2人に会える……そんな気がするから……」
これは、わがままだ。本当に会えるわけじゃない。それは、わかってる。
でも、じっとしていられないのだ。能力が開花して、行ける可能性が出てきて……我慢できるわけがない。
「だから、行きたい……行くんです、下層に。どれだけ時間が掛かっても、無茶だとわかっていても、絶対に」
「……そか。みみみお嬢ちゃんの覚悟はよくわかった。……なら、アタシが連れて行ってあげようか?」
「……え?」
モチャの言葉に、耳を疑った。
お茶をすすり、少し憂いのあるような目で、美空を見つめる。
「お嬢ちゃんの気持ちはわかる。どうしても、理性じゃなくて、感情で動きたくなることってあるよね。昔はアタシもそうだったから」
「そ、そうだったんですか」
「そりゃあ、相当無茶したよん。じゃなきゃ、あんなパワーとか手に入れるなんて無理無理ぃ。にゃははは!!」
納得してしまった。自分より歳上とは言え、モチャはまだ若い。あのパワーは、並の訓練じゃ手に入らないだろう。
いつも天真爛漫なモチャにも、いろいろな過去があるのか。と考えていると、モチャは続きを口にした。
「アタシは下層攻略者。お嬢ちゃんが望むなら、下層に連れていくこともできる。……どうする?」
その提案に、美空の脳裏にいろんな考えが過ぎる。
両親のこと。ダンジョンのこと。これまでのこと。……鬼さんのこと。
なぜここで、鬼さんのことを思い出したのかはわからない。
けど、これだけは言える。
「……ありがとうございます。……申し訳ありませんが、お断りします」
「……いいの? チャンスだと思うけど」
「あはは……確かにモチャさんなら、連れて行ってくれると思います。……だけど、もう無茶はしないって……ゆっくりでも、自分のペースで下層に向かうって、決めたから」
それが何年かかっても、絶対に。
この覚悟は変わらない。自分の力で下層に向かう。
「……にゃはは!! あーよかったぁ、断ってくれて」
「え?」
「みみみお嬢ちゃん、中層でもギリなくらいのクソザコナメクジだからにゃ〜。さすがのモチャ様と言えど、守りながら戦うのは辛い!!」
「た、試したんですかっ?」
「もちろん、頷いてたら連れていったよ。命の保証はないけど」
頷かなくてよかった。本当に。
「けど、お嬢ちゃんの気持ちはよーくわかった。覚悟も伝わってきた。──アタシが、鍛えてやる」
「……はい?」
モチャはゆっくり立ち上がり、机を回ってこっち側にやって来た。
小柄な体なのに、伝わってくる圧の質と大きさが計り知れない。まるで、大型の魔物と対峙している気分になった。
「アタシも忙しいから、週に1、2回くらいしか面倒は見られない。でも、お嬢が強くなるために、アタシが鍛えてやる。全面的にバックアップしてやる。とうすりゃ、少しだけど早く強くなれると思うんだ。……どう? いい案だと思うけど」
「そ、それは……ありがたいですけど、どうして……」
「ふふん、お嬢ちゃんもDヲタならわかるでしょ。推しが頑張ってるなら、応援したいってのがファンなわけ。アタシ、みみみ最推しだからさ。応援したくなるのよん」
モチャは自信満々に胸を張って、恥ずかしげもなく断言する。
美空にとっても、モチャは最推しだ。
最推しに最推しと言われる快感に、脳が甘い汁を出した。……ような気がした。
「……ウチ、強くなれますか?」
「みみみお嬢ちゃん次第だね」
「下層に、行けますか?」
「頑張れば叶わない願いはないよ」
モチャの真っ直ぐな目と、嘘のない言葉。
美空の気持ちは、固まった。
「なら、お願いします。……ウチを、強くしてください」
「おけ!! アタシに任せなさい!!」
にぱっと笑い、美空に手を差し伸べる。
「改めまして、モチャだよ。よろしく!」
「美空です。よろしくお願いします!」
2人は硬い握手をして、嬉しいような、気恥しいような笑みを浮かべる。
最推し同士の師弟関係が、完成した瞬間だった。
(にゃあーーーーーー!!
モチャの不純な気持ちを、美空は知る由もなかった。
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