第15話 豹変
◆◆◆
「おらおらおらー!! 雑魚共、道を開けーい!!」
モチャがトールハンマーを片手に、魔物たちを吹き飛ばす。
一撃の威力が段違いだ。一撃で10体……いや、衝撃波や風圧も入れれば、20体は屠っている。
それに加えて無駄な動きしかしていないのに、疲れる様子がまったくない。むしろもっとパワフルに、もっと激しくなっていく。
本当に、自分が憧れていたモチャだ。アーカイブを初期からすべて見たことがあるけど、配信とリアルが変わらない。
モチャみみのモンスターハウス攻略配信と言っても、ほとんどの魔物をモチャが倒していた。
攻撃に参加しようにも、美空が魔物に近付くより速くモチャが殲滅してしまう。今美空は、ただモチャの快進撃を見ているだけだった。
「すご……はは。ウチ、今何もできてないや……」
『モチャ、やっぱやべぇな』
『かわいい』
『よくまあ、あんな戦い方で体力がもつよな……』
『モチャLove』
『みみみ、あんま落ち込まないでね』
『あれを人間とは思ってはいけない』
『【投げ銭:10000円】みみみはよく頑張ってるよ』
『【投げ銭:5000円】死ななくて偉い』
『【投げ銭:15000円】正直今回ばかりはダメかと思った』
『【投げ銭:20000円】命があるなら、次があるよ』
コメント欄は、優しい言葉で溢れている。
だが、美空の心は晴れない。
今まで憧れていた人が、自分のために戦ってくれている。それは嬉しい。……が、目の前で戦われているから、わかる。
あれが、自分の目指す場所。
あの強さが、自分の目標を果たすために必要な力。
文字通り格の違いに、美空の心は折れかけていた。
モチャが来てから、たった20分。見渡す限りいた魔物は全滅。地面も壁もめくれ上がり、地形が変わったモンスターハウスに、鬼さんが言った通り脱出用の階段が現れた。
モチャは軽快に。美空は重い脚を上げ、モンスターハウスから脱出。ようやく安心でき、美空は地面に座り込んだ。
「にゃはははっ、手応えないにゃ〜。やっぱ上層はこんなもん……はっ! ごごごごごごごめん、みみみお嬢ちゃんっ!! 決してお嬢ちゃんが弱っちいとか言ってるわけじゃ……!!」
「だ、大丈夫です。気にしては……ぁ……」
あ、ダメだ。溢れる。止めなきゃ。
そう思ったが、時すでに遅し。
──美空の目から、大粒の涙が零れた。
「ぎゃああああああああ!?!?」
『泣かせた!』
『モチャが泣かせた!』
『女の子をなんだと思ってんだ!』
『あーあ』
『モチャ最低』
『人間の気持ちを考えろ』
『ゴリラ』
「誰がゴリラだ!!」
自分の配信のコメント欄から、辛辣な言葉を投げられるモチャ。
ちゃんと大丈夫って言わなきゃいけないのに、気持ちが昂ってしまい言葉が出ない。
何度も騙される自分のバカさ、愚かさ。
推しに迷惑を掛けた恥ずかしさ。会えた嬉しさ。
自分の弱さ。情けなさ。
いろんなものが合わさり、混ざり、感情のコントロールができなくなっていた。
おろおろしたモチャは、何を思ったのか美空を抱き締め、頭をゆっくり撫でた。
宥めるように。慈しむように。まるで、母のように。
「おーよしよしっ。お嬢ちゃん、泣かないで。よーしよし」
「ぅ……ぅぅ……ぅぁぁん……!」
溢れる涙を止められず、美空は無意識のうちにモチャにしがみつく。
配信のことも忘れ、子供のように泣いた。
「あの、本当にごめんなさいでした……」
「い、いえっ。私の方こそ、突然泣いちゃってごめんなさい……!」
ようやく落ち着いたのは、それから10分ほど経った頃。
自分でもコントロールできないくらい泣いたのはいつぶりだろうか。配信で……しかも推しを前にして。
今は気持ちはスッキリしている分、恥ずかしさで顔が真っ赤だ。
「えっと……あ、改めてモチャさん、ありがとうございます。危ないところを助けてもらっちゃって」
「ううん、気にしないで。可愛い推しのピンチなら、モチャはどこでも駆け付けるからっ」
「はい、ありが……推し?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、思わず聞き返してしまった。
「え。モチャさん、ウチのこと知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、今いっっっっちばん熱いDTuberじゃん!! 可愛い! 美人! おっぱい! の三拍子!! 推さない理由がない!!」
「最後のは余計です」
嬉しいやら、恥ずかしいやらで、軽く混乱していた。
推しが自分を推している。DTuberオタクなら誰もが夢見ることが実際に起こると、思いの外困惑してしまう。嬉しいのだが。
『みみみ、知らんかったの?』
『最近のモチャの雑談配信、基本みみみの熱弁だよ』
『配信する度に満額投げ銭してるみたいだし』
「し……知らなかった……最近、忙しくて配信見れてなくて」
「あっはー! 仕方なし!! DTuberってバズるまでは意外と時間あるけど、バズってからは自分のことで手一杯だからね!! モチャも、最初はビックリするくらい忙しかったから!!」
確かに、初期の配信を見ると、今より余裕はなかったような気がする。今の環境に慣れたら、自分にも余裕が出てくるのだろうか。
なんて漠然と考えていると、「だからこそ!!」とモチャが美空の頬を両手で包んだ。ちょっとだけ、ビンタする勢いで。
美空の目を覗き込むモチャは、真剣そのもの。いや、少し怒っているように見えた。
「あんな無茶、絶対にダメ。──死ぬよ、お嬢ちゃん」
「ぅ……はい。もう、絶対にしません……」
「にゃはーっ、よろしい!」
推しに怒られてしまった。これは結構効く。本当、反省しよう。
「ちゅーわけで、ここからは乙女の時間!! リスナーちゃんたち、またモチャの配信を見に来てねっ。おつモチャ!!」
『おつモチャ〜』
『ごゆっくり』
『おつモチャ』
『お疲れ様でした!』
『おつー』
「う、ウチも配信閉めます。みんな、ウチのバカな行動に呆れず、最後まで観てくれてありがとう。ホント、反省してます。良ければまた観に来てねっ。おつみみ!」
『おつみみー』
『なんだかんだ神回』
『楽しかったよ』
『死なずに済んで良かった』
『もう無茶すんなよ』
『おつみみー』
『おつみみ』
2人揃って配信を閉じると、コメント画面も消して辺りが静かになった。
なんとなく、気まずい。こんな事態に遭遇したことがないから、この後どうすればいいのかわからない。
「えっと……モチャさん──」
「こんのッッッ……あっぶねェだろォがあああああああああああああああああ!!!!!!」
「ほぎゅあ!?!?」
唐突に、脳天に衝撃が来た。
目の前がチカチカと明滅する。この衝撃、小さい頃父に殴られたのを思い出す。
……殴られた? 誰に?
他でもない。モチャにだ。
痛みで腰を抜かした美空は、モチャを見上げた。
が……そこにいたのは、さっきまでの天真爛漫で優しいモチャではない。
修羅のような、悪鬼のような……憤怒の表情を浮かべている、怒髪天のモチャだった。
「おいコラお嬢、そこに座れ!」
「す、座ってます」
「ならいい! お前なァ、もしアタシがあそこで来なかったら、マジで死んでたんだぞ! 防御シールドだァ? そんな無敵なもん存在してたら、ダンジョンなんてとっっっっくの昔に攻略されてるわ! もっと考えて行動しやがれ!」
そんなこと、自分が1番わかっている。わかっているけど、正論すぎて反論もできない。
ちょっとだけムスッとしていると、モチャが美空の頭を両側から掴み、無理やり目を覗き込んできた。
その目には、怒りと……悲しみの色が映っていた。
「お前が死んだらアタシは死ぬほど泣くぞ!! 毎日毎日わずーーーーーーーっとお前の配信を楽しみにしてるんだ!! 上層であんなに楽しそうに配信してる奴、他にいない!! お前……し、死んだら……ダメだよぉ……!!」
泣いた。ダンジョン攻略者としても、DTuberとしても格上で、憧れの人が……自分のために、泣いてくれた。
「……あの……信じて貰えないかもしれないですけど……もう、無茶しません。1人で突っ走りません。何かあったら、誰かに相談します。だから、その……」
「……ほんと、か……? ぜったい、か?」
「……はい。絶対に」
「……わかった、しんじる」
モチャは袖で涙を拭くと、ニカッと笑って立ち上がった。
「えへへ。急に怒っちゃってごめんね。アタシ、我慢できないことがあると周りが見えなくなっちゃって……」
「いえ、ウチのために怒ってくれたって、わかってますから」
「そう言ってくれると有り難し! ねー、みみみお嬢ちゃんっ。せっかく会ったんだしこれからご飯行こ!!」
「は、はいっ、是非!」
「おーしっ、そんじゃあ地上に戻ろっか!!」
モチャがいつもの笑顔を見せ、地上に向かっていく。美空も後について行き、その場には誰もいなく……否、
「…………」
2人に視界にすら入らなかったレビウスは、誰の目に留まることもなく、この場から去っていった。
────────────────────
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!
よろしくお願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます